#129






快斗君が小さくなって戻ってきてから、あっという間に数日が経ち。夏休みに入った。
ピンクアイオニーを快斗君が無事盗み出したことでお父さんはその研究解明に追われ、ほぼほぼお風呂や着替えに戻ってくるくらいで。多分、今まで早めに帰ってきてたのも大分無理してくれていたんだろう。仕事も溜まっていたんじゃないかな。
そうして快斗君と2人でご飯を食べたり、一緒に眠ったり。快斗君の分の洗濯物を洗ったり、2人で干したりして過ごす毎日は本当、頑張ってくれてるお父さんには大変悪いのだけど、新婚さんみたいだよなぁ、なーんて、浮かれた脳みそは思ってしまうわけで。

「──杏、ここ間違ってる。さっき教えたとこだろ?ここは──で、──を当てはめて考えろって。身体に叩き込むまでこの辺りもっかいすっからな」
「ふぁい……」

……浮かれた脳みそをグーパンするようなスパルタモードの快斗君は、小さい分、可愛いし、少しは優しくなったりしないかな、という甘い期待も虚しく。
逆に受験生モードなのか、スパルタっぷりが上がっている気がしなくもないわけで。
脳みそがオーバーヒートをおこしそうになったところで、快斗君が「うし。今日はここまで」と鶴の一声を発した。

「え、いいの?」
「ちゃんと杏用の勉強スケジュール組んでっから大丈夫。高三の夏は一回きりじゃねえか。しっかり遊ぶ時間もとらねぇと。てことで、今からデートしよーぜ」

「やったーー!!」と大喜びする私に、快斗君はハハ、とから笑いひとつ。

「その喜び、デートに対するっちゅーより、絶対今日の勉強おしまいの方のヤツだよな。明日はその分今日よりがっつりすっからなー」
「……ふぁーい」
「返事は短く」
「ふぁい」

全くもって先生みたいだと、思わずぶー垂れていると、快斗君が「これじゃどっちが子供かわかんねぇな」と笑う。

「快斗君は確かにとっても可愛くなってしまいはしましたが、子供だと思った事はないよ?」

快斗君はどんな時でも快斗君だし。何をおっしゃる。
 
「……杏ちゃん、ほんと、そういうとこな」
「へ?」
「ほんと、色々覚悟しといてな、色々」
「イロイロ」

復唱した私の唇に、ちゅ、と柔らかな唇が触れて。
可愛らしい姿に似合わない、どこか大人びた、色を持った蒼い瞳が、私の目の前に。
 
「そ。イロイロ。覚悟しといてな。じゃ、準備しよーぜ」

どこかご機嫌に、快斗君はそう言って片付けを始め出して。
──可愛いのに、こんなにかっこいいなんて。ちょっと私の彼氏ズルすぎませんか。なんて。顔を真っ赤にしながら思うのであった。





「大人と子供一枚、と」
「どこ行きたいって聞いたのは俺だけど、映画かよ」
「だって、かい──り、龍憲君の部屋でみた映画、続編この前からやってるってCMで見てて気になって!」

快斗君、と呼びそうになったところで、慌てて仮の名前に呼び直す。キャップを目深に被った快斗君が、ふーん、とあまり興味なさそうにデカデカと載っているポスターを見上げていた。
小さくなった快斗君は、外出するときは基本、キャップを被っていて。隣にいるときは、何も変わらないんだけど、少し距離を置くとそれだけでなんだか、気配が薄れて。こんなにかっこかわいい男の子がうろうろしてれば、そこそこ周りの注目をあびるだろうと思うところだけど、しっかりと周囲に溶け込んでる。本人はしれっと「これくらいは怪盗の基本だし」なんて笑っていた。怪盗キッドは、派手な怪盗なイメージだったけれど、その裏側を知った気分でなんだかドキドキしてしまったり。

「あの大人子供探偵ね──まずもって探偵モノっちゅーのがなー。どーにもなー。あっちの女スパイモノのが楽しそうじゃね?あの女優さん乳が不二子さんくらいあるし」
「あれはPG12だからね。──ねえ。不二子さんって?」

やべ。という顔をした快斗君に、ジト目を向ける。
あの女優さんめっちゃめちゃ豊満なお胸持ってらっしゃいますが。どなたとお比べになっているのでしょうか。

「ち、ちげーんだってマジで。ドバイん時に協力して貰ったルパン一味の……!」
「ふーん。ほら、チケット発券されたし早くいこ。次の人待たせちゃ悪いよ」
 
「ちょ……、マジで!俺にとって杏のおっぱいが唯一のおっぱいだから!」


──しん、と辺りが静かになった気がした。

ひそひそとした声が辺りから聞こえ、なんなら指もさしてる人が。あれれ。溶け込んでたはずの快斗君、しっかり目立っておりますけど!?
──どう考えても子供な姿の快斗君がいう言葉じゃないですよね!というかまずもって、お外で言うセリフじゃない!

「も、もー!り、龍憲君ったら!この前みたドラマの台詞真似しちゃだめだって言ってるでしょー?」
「アハ、ハハハ!だって面白かったんだもーん」

もー!アハハ!と笑い合いながら必死でその場を離れた。
 

 
「面白かったね!」
「まあまあだったな。あの今回のヒロインが妙に哀ちゃんに似てたのが気になった」
「それ思ったー!あの『バカね』って探偵君に言うとことかね!」
「それな。どっかの2人がよくやってるやりとりにしか見えなかった」
 
そう、感想を言い合いながら、映画館を出て。
この後どっかで軽く茶でもしばくか、なんて快斗君が言った言葉にハイハイ!と挙手をする。

「この辺りに気になるドーナツ屋さんがありまして」
「さすが杏さん。そういったリサーチは完璧っすな」
「ふふふ。お任せください」

ふふふと笑う私に、けけ、と快斗君が笑い返して。
ああ。楽しいなぁ、なんて。
多分、浮かれてしまったのだろう。これでも気をつけていたんだけど。
その一瞬の隙を、この身体は見逃さないよな、なんて思う。
 
「杏っ」
「わ、」

なぜ、アスファルトがここだけ削れているのか。なんてもう、考えるだけ無駄なんだけど。
必死に手を取ってくれた快斗君は、私を支えられるわけもなく、私の引力に引っ張り込んでしまう。
──、快斗君を、潰しちゃいかん!と、火事場の馬鹿力か、どうにか私が快斗君の上に転ぶことを避け、引っ張り込んだ力のまま、なんとか快斗君を私の身体で支えることが出来た。

「ごめ、快斗君、怪我してない?」
「──っ、くっそ……」

私の腕の中で、快斗君は顔を上げることなく小さく悔しそうな声を出した。
──今、小さな身体のせいで。私を支えれなかったことが多分、すごく悔しかったのだろう。
そんなこと、気にする必要なんてないのに。
私が、気にしないでと言ったところで、快斗君の気が晴れることはないんだろうなぁと、ふむ、と考える。

「──いつかと、逆みたいだね!」
「え?」
「──やっぱ、新手のお誘い?」

私が全く似てない快斗君のモノマネを披露すると、快斗君は蒼い瞳をぱちりと瞬かせた。

あの時は、快斗君の上に私が乗っかっちゃったわけで。
私の言いたいことに合点が言ったのだろう、快斗君がふは、と笑った。

「──お詫びにお茶でも、と言って貰えなかったら成功しないような確率の低い行動をするほどギャンブラーじゃないです」

……さす快だ。私の声だ。ビデオで話している、自分の声を聞いてる感じ。えー、私そんなこと言った?

「言った言った」

私の考えてることがわかったのであろう。快斗君がそう言って笑う。
そうしてぽすり、と私の胸元へと頭を寄せた。

「ほんっと、俺、中身までクソガキじゃんかよ……変に凹んで気使わせるし。杏は脚、血出てっし……」
「血って言っても、ほんのちょっとだよ?」

──まあ、いまの間にほんのちょっとになってしまったといった方が、正しいのだけど。
本当に、治る速さが早くなった。
──そして、少し、危ないことが増えた。快斗君にバレないように、こっそりと、ガラスの破片を端に隠す。多分、今私を支えれなかったショックでそこまで気付いていない……ハズ。
気付いてない事を祈ろう。

──この前の検査の日の緑水さんの言葉が、脳内を巡る。

 

* * *
 

「──黒っち、すっかり金魚のフンと化したねぇ」
「はぁ?」
「とうとう定期検査にまで、こうしてのこのこ付いてくるとはねぇ。家でいつも一緒だろうに。杏ちゃん、たまにはひとりになりたいんじゃない?」
「いや、私は嬉しいからいいけど」
「俺は嬉しくないねぇ。折角の杏ちゃんとの逢瀬が」
「ただの検査を妙な言い方すんじゃねぇっつの!」
「ホラホラ、そのただの検査、キミもするんだから」
「へ」

ほれ行った行った、と緑水さんにCTスキャンの場所へ連れて行かれる快斗君を、苦笑して見送っていると、緑水さんがすぐに戻ってきた。

「あれ。緑水さんがチェックするんじゃないの?」
「スキャンデータこっちに送れるから。俺がいると黒っちも心身落ち着いて機械の中入れないだろーしねぇ。黒っちの次、杏ちゃんね」
「はーい」
「あと」
「ん?」
「なんか俺に聞きたいことでもあるんじゃないかと思って」

さす緑と言うべきか。……聞いて、いいのだろうか。
私の逡巡に気付いたのだろう、「まあ、俺が黒っちにしばかれるかもしんないけどね」なんて言いながら、緑水さんは切れ長の瞳をこちらに向けた。その、瞳に押されるように、口を切る。

「この前の、ことなんだけど」
「うん」
「なんで、哀ちゃんと快斗君を、並ばせたの?その後明らかに──」

哀ちゃんの様子が、ちょっとおかしかった。快斗君が、何やら可愛く嫉妬っぽくしてきたので、ついついそちらに意識がいってしまったのだけど。心のどこかで、気になっていた。
 
「黒っちの身体が哀ちゃんより小さいの、気付いた?」
「……言われて、みれば……?」

並んでた時そういえば快斗君の方が小さかったかな。あまり深く考えなかった。

「──で、まあその理由が」

そう、私の方を見る。
ああ。そうか。だからか。だから快斗君は、私の気を逸らすように、あんな態度をとったのか。

「──私、なのか」
「まあ、正確には杏ちゃんの中にあるパンドラだけどねぇ。それが黒っちの身体にまで、影響を及ぼしてるっぽくて。まあ、そんなわけで、今の黒っちの身体に、薬がどう作用するかわかんないから、簡単に解毒剤も作れないんだよねぇ」

そう、緑水さんが話している言葉が、耳をすり抜けていくみたいだ。黙り込む私に、緑水さんがどこか酷薄に笑う。
 
「……俺は、我慢せず、悲劇のヒロインになっちゃっても良いと思うけど?私のせいで、私が快斗君の側にいなければ、とかさ。思わずにいれるわけ、ないよねぇ」

まあ、泣きたくなったらいつでも連絡しておいで。大事なお話してあげる。
そう、ぽすりと頭を撫でられた。




* * *



 
いつ元に戻れるかわからないとは快斗君から聞いていた。
でも、その原因が私にあるなんて、貴方はひとつも悟らせないんだよね。

私の胸元でなんだか気持ちよさそうに頬をすりすりしてる快斗君のふわふわの髪を、よしよしと撫でる。
 
──本当に、真綿に包むように、私を守りたいんだよなこの人は。何も言わずに、1人で覚悟決めて、納得して。
私を悲劇のヒロインにもさせてやくれない。
悲しむ隙を与えさせないくらい、大事にされてることくらい、わかるよ。
だから、こういう心配事はできるだけ気付かないでいて貰いたいし。
私も、快斗君がそう望むなら。知らないふりして、笑っていようと思うのだ。
 
「あんときより、おめぇが痛い思いすんの、ほんと嫌なんだよ」
「あはは。どんどん過保護になってるもんね、か、龍憲君。ねえ、絆創膏出せる?」
「マジシャンはド○えもんみてぇに何でも出せるわけじゃねぇかんな」

どーせ過保護だよ、と文句言いつつも、ワンツースリー、と、ポンっとどこからともなく手のひらに絆創膏を出して。わあ、と思わず喜んでしまう。

「あーもう。くそ。もう何その可愛い顔」

ぐりぐりと、胸の辺りにさらに快斗君が頭を寄せて。そんなことをしながらなのに、いつの間にやら私の脚には絆創膏が貼られていた。さすが凄ワザ早技だ。というか、ぐりぐりでやっと気付いた。快斗君の帽子が落ちてる。

「あ、帽子が──」
「あ、本当だな。……うん」

そう、少しの間と共にキャップを拾った快斗君が、私と快斗君の顔を隠すようにキャップを寄せて。
──ちゅ、と唇を攫って行った。

「〜〜っ!!?」

そうして帽子をくるりと回して、ぽすりと自分の頭に被せた快斗君はそのまま立ち上がり。
イタズラな蒼い瞳を、楽しげに細ませた。

「さ、お嬢さんお詫びにお茶でもいかがですか?ここのお礼に、なんかマジックしてやるよ」

どこか、出会った時のような事を言いながら。
そう、『ここ』と、人の指を唇に寄せて可愛かっこよく言い放つ快斗君。どれだけ人をたらし込むのだと、顔に熱が集まっていく。

 

どんな快斗君でも、貴方がそばにいれば、それで良い。
だって、快斗君も、私がそう思ってるのを、望んでるじゃないか。これで、良いんだ。

だって、快斗君は、ここに。今、私の横で、笑ってる。



そんな自分勝手な独占欲が首をもたげる中。

焦げ付くような罪悪感に、気付かないふりをして蓋をするのだ。



 







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