「杏ー。おはよーさん。そろそろ起きなきゃ、学校遅刻するぞ?」
「んぅ……」
──幻聴だろうか。快斗君の声が、聞こえた気がする。なんだかいつもより少し高めで、可愛い声だけど。夢うつつで聞くには、ずっと聞いていたい声。ああ。脳みそが、まだ寝ていたいと訴えている。こんなにちゃんと寝たのはどれくらいぶりだっけ。そう、快斗君からもらったネックレスが切れちゃった時からだ。そうそう、それで小さな快斗君が直してくれ──って快斗、君!!
がばり、と起き上がった私に「うお、」と小さくなった快斗君が、少しよろけていた。
「──夢じゃなかった」
「ちゃんと現実だっつの。はよ」
そう、私の目元に唇を落とす。
とんでもない可愛さに、あっという間に目が覚めた。寝たいという欲求は身体の回復力とは関係ないのか、まだ脳みそは少し重いけれど。寝不足だったことを、快斗君が心配してはいけないので、「どのモーニングコールよりも強力でばっちり目覚めました!」と出来るだけ元気におはようの挨拶を返す。
「──杏からのおはようのちゅーは?」
ぐは、と心臓に刺さるきゅるんな蒼い瞳でそう訴えられて。思わずぎゅーっ!と快斗君を抱きしめた。
「これはおはようのぎゅーだな。まあ良いけどよ」
「快斗君は今の自分のカッコ可愛さを自覚した方が良いよ。こんなことばかりして。私心臓麻痺で死ぬかもしんないよ」
「まあ、杏の反応がおもしれぇから狙ってやってる部分もあるっちゅーのは否めねぇな」
「くっ……あざと可愛いいとわかってても心臓鷲掴みにされる!」
「いいからそろそろベッドから出るぞー」
朝ごはん適当に作っておいたから。と快斗君に言われ、がばり、と身体を起こした。
「え!」
「大したことはしてねえぞ?コーヒー入れて、目玉焼きやいて、パン焼いてるとこ」
台ありゃ出来んだよ、とは快斗君。
なんてこった。私と一緒に暮らす意味が。
「ま、いーからいーから」
そう私の背中を後ろから押す快斗君。身長的に、背中の下の方で、手伸ばすの疲れると、お尻を揉まれた。
──快斗君は小さくなっても快斗君だな、と実感した瞬間である。
目玉焼きは綺麗な半熟で。さすが快斗君だと感心しきりです、はい。
「今週末、とりあえず快斗君の家行こうよ」
「んー?」
「お部屋の換気と、掃除もしないと」
「あー。そだな。ごめん一緒に手伝ってくれるか?」
「もちろん!」
「んで、来週終われば夏休みか」
「まあ、夏休みと言えは聞こえは良いけど……」
「ん?」
「……進学コースだから夏期講習が、びっしりなの」
ついついヤケになって全部参加に丸つけてしまった。
がくりと肩を落とす私に、身を乗り出した快斗君がよいしょと手を伸ばして頭をポンポンしてくれる。ああ、可愛さに癒されるっ。
「馨さんも?」
「馨ちゃんは家の用事とか、ジムの夏季合宿?もあるらしいから、私ほどは補講とってないよ」
「ほんなら、杏もそこらへんはやっぱ不参加でって言っとけ言っとけ。俺が勉強見てやるし。どこぞの夏期講習よりしっかり教えてやるよ」
にっこり、と整った小さなお顔が笑みを作る。
かわわ。そしてさす快。一度くらい言ってみたいセリフだ。私が勉強みてあげるよ、って。
こくこくこくと頷いた後に、そういや快斗君の教えはスパルタだったと思い出す。
「お手柔らかに、お願い、シマス」
にっこりと、さらに綺麗に笑みを作ったお顔にハハ、とから笑いひとつ。休み明けのテストの結果は期待出来そうデス……。
「おはよーっ」
「はよ──って、どした?どっか行ったっきり、なんの連絡も寄越さない筆不精男から連絡でもきた?」
さす馨である。それか私がそんなにわかりやすいのか。
思わず、帰ってきたんだよ!!と馨ちゃんに嬉しい報告と共に抱きつきたくなったんだけれど。快斗君が小さくなって戻ってきたこともあり、「へへ、うん、まあそんな感じで」と微妙に濁して返事をしてしまった。そんな私に、馨ちゃんが両手を広げた。
「ほれ」
「へ」
「いや、抱きつきたそうな顔してたから」
「……っ、馨ちゃん!好きぃーーーー!!」
「うむうむ。ま、何はともあれ、あんたが元気になったならよかったわ」
がばりと抱きついた身体は、あいも変わらず馨ちゃんの良い匂いのする香水がふんわりと香って。何も聞かずにこうして喜びをわかちあってくれる馨ちゃんがもう、本当になんて美人で格好良い親友を持ったんだと、思わず泣きそうになった。
早く快斗君に会いたいなぁと、授業も気もそぞろで受けてしまったのは、仕方ないことだと自分に言い聞かせ。
馨ちゃんと話をしながら玄関の門を出たところで、「お疲れさん」と声がかかった。ん。この声は!
「え!かっ……!?」
あっぶな!名前呼んじゃうとこだった!なぜここに??
「え、なんで……!?」
「今日買い物行くかなぁーと思って。買い物付き合おうと思って迎えに来た」
「何この子供──えらくクロバに似てるけど」
そう、キャップを目深に被っている快斗君を覗き込む馨ちゃんは、明らかに怪訝な顔をしていて。そんな馨ちゃんに、快斗君は帽子のつばを軽く上げて、にっこりと微笑んだ。
「Hello, attractive lady!俺、仙間龍賢ってんだ。よろしく!黒羽快斗お兄ちゃんとは、親戚なんだ。俺の家アメリカにあるんだけど、そこで今、快斗お兄ちゃんホームステイしてて。俺、日本に興味あったから、1人でこっち来てさ。昨日から快斗お兄ちゃんの彼女のとこにお邪魔させてもらってんだ」
そう、ポンって花を渡している。ぐぅかわ過ぎる。何アレ何アレ私もお花欲しい!
いやいやいや!違う違う!私もフォロー入れないと!
にしても快斗君ってばさらさらと設定思いつくもんだなぁ。念のためにあらかじめ考えておいたりしたのだろうか。
「えと、そうなの!それで、えと、りゅーけん、君に、快斗君のことを色々教えてもらって……うん。元気にしてるって、わかったから」
本当、無事で良かったと、まだ昨日のことなので思わず感極まりそうになる。ダメだなぁ、快斗君がいると、あっという間に涙腺が弱弱だ。
私の様子に、快斗君がぎゅ、と私の制服の裾を引っ張って。安心させるかのように、ふわりと笑った。うん、そうだね、と私も一緒になって微笑んで。
そんな様子を見てか、馨ちゃんが少し低めの声を出した。
「──ふーん。こんな子供1人海外来させるなんて、さすがアメリカってとこか知らんけど。──で、結局のところ、クロバはまだ帰れないってこと?」
「そ。あっちでまだ頑張りたいらしいよ?」
そう、小首を傾げながら伝える快斗君のあざと可愛さに、鼻血を出すのを必死で堪える。なんていう威力!馨ちゃん正面でくらって平気なんて凄い。むしろ、なんか眉が心なしか寄っているような……?
「──あっそ。ずいぶんとまあ、ご自由な身分なもんで。じゃあま、杏、もうすぐ夏休みだし?帰っても来ない男なんぞ放っておいて、今度海でも行って良い男でもひっかけに行く?いくらなんでも、海ん中さえ入んなきゃあんたも大丈夫でしょ」
「それはダメ」
私が返事をする前に、快斗君がそう言って、私の腕を取り。にっこりと、整った綺麗な顔で笑みをひとつ。
「俺、杏お姉ちゃんのこと気に入っちゃったから」
ぐは、と掴まれてない方の手で心臓を押さえていると、馨ちゃんから呆れたような声が届いた。
「──杏、あんたショタもいけたのね。まあ、顔はクロバに似てるし……そばに居ない男よりかはマシか」
「ちょ、ま、馨ちゃん」
「くれぐれも通報されないようにね。とりあえずまあ、ショタであれなんであれ、今のあんたの近くに誰かいるのは良い事だから。どっかのあんたを放置しっぱなしの男よりはよっぽどソコの生意気そうなガキのがいいわ。ま、くれぐれも通報されないようにね」
大事なことだからか、2回繰り返し念を押され、私をショタ認定した馨ちゃんは、邪魔しないように帰るわ、と手を振って去って行って。
「ショタか……」
「さ、買い物いこーぜ」
さっきのあざと可愛さはどこへやら、そう言ってニカ、と笑う快斗君はただただ普通にカッコ可愛くて。
「──もうショタ認定でもいいかも」
「俺以外の子供に性的な目、向けちゃいけねーんだぞー」
「せ……っ!」
性的!!性的って言ったよこの人!そうかショタってそうなのか!?
「ん?どした?」
驚きの声をあげたものの、何の悪気もないような、きゅるんとした蒼い瞳がこちらを見上げてきて。
……くぅ。かっわい……!いやいやいや毎回こんな状態だといくらなんでもいかんいかん。そろそろ平静に受け答えくらいできるようにならねば。
なんとか気を取り直して、「そういえば、どうしてここに?」と尋ねてみる。
「買い物するだろーから付き合おうと思ってって言ったろ?」
「あ、そっか。あ、あとさ、あまりにもぺらぺら設定がでててびっくりしたんだけどさ。仙間龍賢って、どっから出た名前なの?誰か知り合いの人?」
「あー。それね。いや、彼のアルセーヌルパンが日本で最初に広められた時の、日本名から頂戴しました」
「なんと」
さすが怪盗キッドだ。
「……つーか、昨日の今日だし。早く会いてぇって、思ってたの、俺だけ?」
だから迎えに来たんだっつの。
そう、少し拗ねたような顔で言われた日には。
平静さなんてあっという間に瓦解するわけでありまして。
──すいませんお父さん天国のお母さん。
私、彼氏に性癖、歪まされたかもしれません。
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