#33_K





「桃乃自身には、なんの影響もなくてね。ドジもおこらないし、もちろん、杏のように、再生能力も高くはなかった。その異変に気付いたのは、桃乃が妊娠五か月の時だった。胃の中にあったはずの宝石が、胎盤の方へ移動していたんだから驚愕だったよ。無理に身体から宝石を取り出すことは返って母子ともに危険になるし、どうすることもできなかった」

「──今、信頼出来る医者は?そいつに手術をしてもらうことは?」

「あれから17年も経っているんだ。もちろん、人脈も確保済みだよ」

「だったら!」

「──ピンクバーヴがね。杏の心臓と一体化しているんだよ。取り出せば、杏は間違いなく死ぬだろう」



死ぬ。

その言葉に息が詰まった。
杏が死ぬなんて、考えたくもない。

どうしたら、どうして、そんな言葉ばかりが頭に浮かんできて。


「…じゃあ、杏は、どうなるんだ」

「このままだと、来年のボレー彗星の時。杏は、人としての理から外れてしまうことになる」


吐き気がして思わずヘタリ込む。
杏が1人、孤独に生き続けることになったら──想像しただけで、目の前が暗くなる。


「──どうしたら」


掠れた声で尋ねると、博士が立ち上がり、視線を扉に向けた。

つられてそちらにのろのろと視線を向けるとそこには。


「…母さん」

扉から静かに入ってきた母さんは、ゆっくりと俺を起き上がらせた。
その瞳に涙が浮かんでいる。

「ごめんね、快斗。浅黄さんの家にご迷惑を掛けたのは、全て私が原因なの」

「だから違いますよ、千影さん。これは、僕達4人の戦いだって、あの時話したでしょう?そんな言い方は、桃乃も悲しむ」

「そう、ね。本当そう。わかってるんだけど、つい…」

「…杏の身体にパンドラが入っていることを、周囲に悟られないために、君のお父さんはビックジュエルを盗みつづけた。桃乃も、杏を守るために亡くなった。僕達も、どうなるかわからない。それでも、僕と千影さんは、パンドラを消滅させる為、そして杏を守るために、戦っている。君に全てを話す事を決めたのは、千影さんだ。このまま何も知らずに、深く入り込んでは危険だからね」

母さんは、ゆっくりと俺の頭のシルクハットを外した。

「ねえ、快斗?貴方はまだ高校生。好奇心でここまでやってきたんなら、手を引いて、普通の高校生に戻ってもいいの。私だって、親だもの。本当は貴方に危険な目に遭って欲しくはないの」

そう言いながらも、ふふ、と笑って。

「あんたはでも、盗一さんの息子だもんね。…その顔。もう、決めてるんでしょ?」


手を引け。と言うことは。

まだやれることがあるということだ。




「──杏を、助ける為に、俺にやれることは?」

「──もし、君が杏を守りたいと。…そう思ってくれているのなら」


博士の瞳は、真っ直ぐに俺を捉えている。



「お願いが、あるんだ」


















かたん。
小さな物音がひとつ出てしまった。

今は深夜。

寝ているだろうと思いながらも、だからこそ、きてしまった。
どうしても、あいつの顔がみたくて。

ここは、杏の家のベランダで。


防弾ガラスだけど、鍵はチョロいな…親父さんに言っておこう。
思いながら、からりと窓を開ける。

リビングを通り、目指すは杏の部屋の前。ゆっくりと扉を開けると、ベッドですやすやと眠る杏の姿があった。


そろりと、近づいて。

その髪に、そっと触れた。


「…んん」


身動ぎしつつ、すやすやと寝息を立てて眠ったままで。



──杏。杏。杏っ!



無防備な寝顔に、募りたくなる。
全てが嘘だと言ってくれと。
親父さんの話は、悪い冗談だと。


こいつはだって、ちょっとドジなだけで、普通の女の子じゃねぇか。

そんな目に遭っていいワケがねぇんだ。



笑顔が可愛くて、反応が面白い。

目が、離せない。
そんな、女の子。


誰よりも守りたい。

そう思うようになったのは、いつからだったのか。



いつのまにか、こんなにも。






博士は、あくまでもお願いだと。断ってくれていいと、そう言った。

本当に、息子の君まで巻き込むつもりはなかったと。
これは、俺たち4人の戦いだったんだから。そう、言いながら。


盗んで欲しい、宝石があると。
ピンクバーヴと対となるビックジュエルで、同じく世界最大級のピンクダイヤ。

そいつを使って、杏を救う計画があるのだと。


そいつの保管場所が、一筋縄じゃいかねぇところで。

俺の全てをもってしても、やれるかどうか。


──もし、君が杏を誰よりも守りたいと思うなら。また、ここに来てくれないか。計画はおって報告するよ。

そう、告げられた。











触れていた髪を優しく掬い、そっとその髪に唇を落とす。




「──好きだ」


囁いた言葉に、杏が笑った気がした。






覚悟なんて、とうに決まってる。



──俺が、お前の中のパンドラ、絶対ぇ盗みだしてやる。








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