#4






良い、天気だなぁ。


暗号にしか聞こえない魔の数学の授業中。
しかも四限目ともあれば、心は既にお昼休みへと移行している。
現実逃避に窓へと視線を向けると、真っ青な空が浮かんでいた。


外は、雲ひとつない快晴で。こんな日は外に出てお昼寝でもしたいなぁと思う。
うん。お昼は屋上でご飯だ。馨ちゃんを誘って屋上に行こう。


そう、ぼんやりと空を眺めていた私は、空の青さに、ふと、彼の瞳を思い出した。


「……ぅぁ」


思わず出てしまった声は、先生の声と、数人の生徒の話し声にかき消されて。

注目を浴びるようなことはなかったので、ほ、と息をつく。


頭に浮かんだ彼に、いきなり出てくるのは卑怯だと、理不尽にも憤り。

うぅ、重症だ。
そう、心の中で唸って、赤い顔を隠すように教科書を持ち上げ顔を埋めた。


頭に浮かんできた彼、黒羽君とはあの初電話以来、ちょくちょく電話とLINEでやりとりしている。

内容は他愛のないことばかりだけど。
すけべな話が多い気がするのは、気のせいではないだろう。


──杏の今日のパンツは、水玉、かな?


とかとか!なんでわかるの!とか思わず言っちゃった時もある。
ほんと、マジシャンだけでなく、エスパーなんじゃないか。

あ、あと、一回は私の体を心配した内容が入ってくるな。
いやもう、黒羽君はどれだけ私が転ぶと思っているのだろうか。あってるから否定も出来ないけど!


日に日に私の意識を侵食している。

まさか空の青さでまで、彼を思い出してしまうとは思わなかった。
初めて会ったときに、まずその蒼い瞳に目を奪われたからかもしれない。


綺麗な、澄んだ色だった。
そう、まるで引き込まれるような。



「でも、空の色よりはもうちょっと蒼くって──」

「そうか。例えば?」

「うーん、どっちかっていうと深い深い海の蒼って感じ。思わず吸い込まれちゃう!みたいな?」

「ほー。この公式がか?」



え、公式?

はたと気づくと、目の前にはスーツの襟元を正しながら、ひくりと笑う先生が居て。


しまった。うん。忘れていた。
今が数学の授業中だったなんてこと。


「浅黄、お前がぼーっと出来るくらいに次のテスト余裕なんだってんなら先生は嬉しい。よし、この問題解いてみろ」
「えええ!」


くすくすと笑ったり、浅黄さすが!と囃し立てるクラスメートの中。
「ばーか」と呆れたように言う馨ちゃんの声だけが、嫌に鮮明に聞こえた。

くそぅ。四面楚歌だ。


渋々黒板まで進むと、何やら難解記号にしか見えない文字の羅列がそこにはあって。
なんでXが何個もちっちゃい数字付きで並んでるの。Xってそんなに偉いの?
私がXに何したって言うの?


「え、エックスデイ?」
「浅黄、放課後職員室な」


厄日だ。


私はがくりと首を垂らした。






「とうとう体質だけじゃなくて頭もドジったか?」
「うぅ……」


お昼休み。


地獄(職員室)逝きが決まり、悲しみに机の上に突っ伏していた私を馨ちゃんが「杏、屋上いくよ」とずるずると私の制服の襟を引っ張って、屋上まで連れて来られた。

本当に馨ちゃんは力の上に馬鹿がつくほどの怪力だ。その細腕からは想像付かない。
というか、馨ちゃんも屋上に行こうと思ってたんだ、私たち以心伝心じゃね?と思うと地獄(職員室)ショックからも少し立ち直った。

基本私の脳みそは単純なので。

そんなわけで、無事屋上でお昼を食べている所で、先ほどの言葉を食べていた焼きそばパンを私の方へ向けながら言い放ったのだ。思わず、食べようとしていた玉子焼きが箸から落ちる。
それを馨ちゃんがすかさず手で摘んで食べる。

くそう。いつも馨ちゃんに玉子焼き取られているな。思うが、お詫びとばかりに食べていた焼きそばパンをほれ、と向けられたので良しとした。


うん。焼きそばパン最高。


「で」
「ん?」

「ぼーっと思わずナニ思い浮かべてたわけ?」


にやにやと笑う馨ちゃん。
確実に楽しんでます!という表情で。
思わず味わっていた焼きそばパンをごくりと飲み込む。


「……黙秘権を行使します」
「どうせクロバっちゅーマジシャンのことでも考えてたんでしょーが」
「え、なんで分かるの!?」
「あんたが授業中に気持ち悪いくらいニヤニヤしてたから。モリチョーに当てられるのも自業自得なくらいね」
「うそ!?」
「何、立派に青春ちゅー?」
「そんなんじゃ!!…ない、はず」


肘でつつかれながらも(軽くつついてても馨ちゃんのは地味に痛い)否定してみる。

だってあの日会っただけだし。LINEや電話はしてるけど。そんな青春送っちゃえる関係ではないのだ。


ただあんなに格好いい人と知り合いになれただけで、幸せなわけで。


「ふーん。つまらん」


即座に否定した私に、馨ちゃんは不服そうだ。


「まあどこの馬のホネかもわからん奴に、うちの杏は易々とはやれないけどね。ちゃんと付き合う前には私の許可をとってもらわないと」

「お嬢さんを僕に下さい、的な?」

「そーそー。せめて私より強いやつじゃなきゃ」

「いやいやそんな人なかなかいないから!!」

「軟弱な奴には杏はやらん!!」


そう、笑いながら言う馨ちゃんに、一緒になって笑った。



ちょっとだけ、青春的関係じゃないのを、本当にちょっとだけど、残念に思いながら。










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