#閑話




{emj_ip_0847}sideK18のちょっと後。江古田高校にて{emj_ip_0847}




「なあ黒羽。最近お前ぜんっぜんスカートめくりとかしなくなったのな」


お前が派手に動かねぇと、おこぼれがもらえねぇこっちが困んだけど。
頼むよ戦犯。

そんな思いを言外にこめて、教室で机に座りながら携帯をいじっていた黒羽の元へと近付いた。


更衣室の鍵を開けたり、登校中の女子のスカートをそのマジックで一斉に風を起こして舞い上がらせたり。

そういうのが江古田名物だとまで言わしめた、黒羽快斗ともあろう者が。
ここんとこぱったりそういうスケベイベントをご無沙汰にしている。

俺らの楽しみが。
江古田のオアシスが。
ラッキースケベが。


おい黒羽、一体全体どうしたんだ。という大勢の男子生徒の声を代弁して、俺が勇敢にも黒羽に問いかけてやったというわけだ。

周りの男どもが俺に注目したのがわかる。勇者よ!と尊敬の眼差しで見る奴らに、図が高い、控えおろうとでも言いたくなる。


それもそうだろ。
だってこんな会話、女子に聞かれたら俺だけが総スカンだ。

黒羽はイケメンだから、ちょっとスケベなことしても怒られたりしてるが笑って許されている。

もー!黒羽君ったら!

ってくらいで。


俺がやったとしたら

は?あんた何やってくれてんの?

ってすげえ冷たい視線をくらうであろう。


イケメンずるい。



妙に落ち着き払った態度に、なんだか嫌な予感がひしひしと音を立てて俺に忍びよっている。


おい。
もしかしてだけど。
お前…。


携帯から視線を俺に向けた黒羽はなんでもないような様子で俺の言葉に答える。
その落ち着き払った様も、俺の嫌な予感を助長する。


「あんなのは、キッズのすることだよ、性少年」

「──てめぇ、まさか…」


唇がわなわなと震える。
嫌だ。この先を聞いてはならないと俺の本能が訴える。


そんな俺の様子を物ともせずに、黒羽はにやりと不敵に笑った。


「わりぃな、お先に失礼」

「…裏切り者ーー!!」


俺の叫び声を合図に、俺たちの様子に聞き耳を立てていたお仲間が一斉に黒羽をもみくちゃにした。

くっそ!こんなスケベ野郎のどこがいいんだ!
イケメンだからか!!

イケメン滅びろ!バルス!


この騒ぎに参加しねぇ奴はブルータスだ。


皆の者ー!一斉に奴を血祭りだ!







遠くで白馬が呆れたようにこちらを見ていた。


あいつもブルータスか。なんだ、イギリスの姉ちゃんとかとアバンチュールな夜過ごしてんのか!
くっそ何それ羨ましい!
奴も処刑だ!


周りの奴らに目配せして、白馬にも軍団を向かわせる。
白馬がえ?と慌てていた。ざまあみろ。


2-Bの騒ぎを聞きつけた他のクラスの男子も混ざって大騒ぎだ。




裏切り者の首取ったりー!全部吐かせてやるぜ!
くそ、どんなんだったんだ!気持ちいい??
最初って上手くいくの!?ちゃんと入んのか??そこんとこ詳しく教えて黒羽先生!!


そんな思いを込めてもみくちゃの中から黒羽を見つけ羽交い締めにすると、妙にぼよんと弾力を感じた。



もしやと思うと、それは黒羽を模したバルーン人形で。


あいつ…!とキョロキョロと視線を動かすと。

当の黒羽は、悠々と教壇の上に立っていた。騒然とした教室内でその立ち姿が妙に様になっている。

革命。なんてタイトルがつきそうな雰囲気。
重々しく黒羽がその口を開く。


「仕方ねぇ。卒業土産だ。お前ら、しっかり目に焼き付けろ!」


その言葉を合図に。
騒ぎをなんのこっちゃと傍観していた女子の、大事な場所を守っている紺色のプリーツが一斉に天高く吊り上がった。



響き渡る甲高い悲鳴と、湧き上がる野太い歓声。




その日。黒羽快斗は伝説となった。





















{emj_ip_0847}旧拍手サルベージ 〜とある男の子の画策〜{emj_ip_0847}



それは、よくある情報誌に載っていた文章。


『ピンチの状態のときに、助けられたら、女は落ちる。』


んなドラマや漫画みてぇな話そーそーねぇだろって思って、その時はけっ、と立ち読みしていた雑誌を投げ捨てた。


今になって、そんな文章を思い出したのは、他ならない。


──初めて落としたいと思った女が、ものすごいドジだったからだ。





気になったきっかけは今から一年以上も前の、入学式の時。
部活をやってた俺は、練習と、入学式後の部員募集の為に学校へと向かっていた。


ふぁーあ、とあくびを一つ。
昨日は野郎四人で徹マンしてたから、朝の光が目にしみるぜ。

昨日は負けっぱなしで、今日の俺は心も体も丸裸だ。
まぁ学生の賭け事なんて可愛いもんで。一週間分の昼食代、とかだけども。


学生だからこそ、手痛い出費だ。
あそこでチーワンさえくりゃ、九連宝燈で一発逆転だったってのに・・・!!
あーくそっ、と昨日の惨劇を思い出してだらだらと足を進めていると、後ろから風を感じた。


「溝にはまって入学式遅れるなんて、ありえな、いっ・・・!!」


少し高めの声に、華奢な体。肩近くの髪の毛が走る姿と共に跳ねるように動いている。
右足が濡れているのは、どういうこった。

独り言だろう。聞こえた声と、その真新しい水色の制服から察するに、新入生だと思われる。

自分を通りこしていった後姿からそんな風に察し、若いもんは元気だねぇ。なんておっさんくさい事を思った。
たった一つ違うだけが。

セーラー服のスカートが、走るたびに軽く上に捲くれ。
太ももがちらちらと見える姿がこう、男子高校生としては素直に、ご馳走様です。と思い、どんどんと自分から遠ざかって行くのを、見つめていたわけで。


「うぎゃっ!」


ずべっ!という音が聞こえるんじゃねぇかってくらいの潔いコケっぷりを見て、俺は苦笑して脚を早めた。


「・・・大丈夫か?」
「・・っ、はい・・・。」


あーもう、完全遅刻だ・・・そうぼやいた女の子は、すみません、と俺が差し出した手をとった。

ぐいっと持ち上げようと力を入れたが、思いのほか軽くて驚く。











なんかふわふわした綿菓子みてぇだなこの子。マスコットみたいにぎゅっとしたくなる感じってーの?

思わずじっと見つめていると。
視線に気付いたのか、面を上げて。


「ありがとう、ございましたっ」


・・・そん時の笑顔が、半端ねぇくらいの衝撃だったんだよ、な。




その後。
じゃ、私急ぐんでっ!と走り去って行った彼女は、案の定うちのガッコの新入生で。


ばったり会ったときに再び礼を言われ、そっから廊下で偶然会ったときには軽く話す、くらいの仲だ。


接点もそうそうねぇし。こっちからなんか仕掛けるっても、生まれてこの方野郎とばっかりつるんできた俺には、どうもこうも動き出せずにいたわけで。


これといって何もないまま、一年が過ぎ。
このままじゃいけねぇと焦りつつ。

ふと、以前見た雑誌の文章を思い出し、今に至るというわけだ。

そう。
今、俺の手には。


バナナの皮が一つ。



そうだ。相手はドジっ子。漫画みてぇな出会いなんて、こっちから作っちまえばいいんだ。



俺の綿密な調査に寄れば、浅黄は帰り道にこっちの道を通る筈で。

道の真ん中にバナナの皮を置いときゃ、見事にずっこけれるのなんざ、浅黄ぐらいのもんだろう。

そこを偶然その通りに居合わせた俺が浅黄がコケる寸前にカッコ良く助ける・・・完璧だ。

はっはっはっ。

勝ち誇ったように笑う俺を、行きかう人は怪しい顔して見ていたが気にしねぇ。
無事、道路にバナナの皮を設置し終えた俺は、時が来るのをそこで怪しい人物みたいにうろうろしながら、待った。



「馨ちゃん馨ちゃん、昨日のキッドの生放送、見た??」
「あー。あの泥棒?昨日のK1あいつの所為で中継なくなったんだよね」
「ちょ、馨ちゃん空き缶手で握りつぶすのやめてぇ!怖いから!」
「あ?んで、そのコソドロがなんだって?」
「・・・いや、かっこよか──ナンデモナイデス」

狙い通り、浅黄と・・・浅黄といつも絡んでいるえらいべっぴんさんな女が来た。

今日は二人で帰ってんのか。
ちょっと計画と違うが、仕方がない。もう後には引けねぇ。


きっと、誰と歩いていようがあのバナナの皮にあいつは引っかかる筈だ・・・!
浅黄はそういう女だ・・・!!







「──うわっ…!」


──来たっ!!


俺は浅黄に向かって必死に走り出した。

口元が緩むのは仕方がないという事にしてほしい。
浅黄、今助けるぜ・・・!


今にも尻餅を着きそうな浅黄に手を伸ばそうとしたその瞬間──



──足に何か違和感を感じた。



どったーん!!



「──っぶな」
「・・・あ、ありがとっ」


寸でのところで、がし、と腰を掴まれた浅黄は尻餅を着かずにすんだようだ。

あの明るい声は、きっと、ふわりとあの微笑を見せているに違いない。




・・・どうして、予想形なのかというと。


先ほどの擬音語を華々しく鳴らしたのは、自分だからとしか言いようがない。

助けようと手を伸ばしたその瞬間、足に違和感を感じ、走っていた俺はそのまま勢い良く、アスファルトとご対面したのだ。


つまるところ。
がし、と浅黄を助けたのは、あのえらいべっぴんの女に他ならず。


こんなはずじゃ・・・と二人を見やると、頬を赤くしてべっぴんに礼を言っている浅黄と、杏はあぶなっかしいんだから、と笑うべっぴんの姿があった。


くそ、今頃は俺があの表情を向けられるはずだったのに…!!

おかしい。こんなはずでは。

そう思った矢先に、べっぴんと目が合った。


──はッ。



蔑む様な瞳で、鼻で笑われた。・・・勝ち誇ったように。

そのまま、二人が遠ざかっていくのを、アスファルトと抱き合いながら見送った俺はというと。


あのべっぴんに敵う気がせず、しばらく浅黄を見つけても、さける日々を送ることを心に決めたのだった。



ヘタレ?
ほっとけっ!!あのべっぴん超怖かったんだよっ!!




















{emj_ip_0847}オウハマベイホテル後の平日。学校にて{emj_ip_0847}





「あれ。快斗、手袋なんてしてたっけ?」

教室に入ってきた快斗が、なんとなくいつもと何かが違う気がして思わず尋ねた。そうだ。手袋なんて今まで付けてきてなかったと思う。
焦げ茶色の、スエード素材だろうか。肌触りの良さそうな手袋だ。


どさりと机にカバンを置いた快斗は青子に「よっ」と挨拶してこちらに視線を向けた。


「んあ?──ああ、これ?」


そうして自分の手を大事そうに掲げて。


「かっけーだろ?」


ドキリとした。

今まで見た事もないような表情で、快斗が笑ったから。


「まあ、悪くはないとおもうよ」


ドギマギした気持ちを誤魔化そうと、そっけなく答える。
そんな青子の様子なんてお構いなしに、快斗は妙に嬉しそうな声色で話を続けた。


「俺の手は、魔法を生み出すんだってよ」

「へ?」



何馬鹿言ってんの?と真顔で返そうとしたところで、よく快斗と馬鹿話してるメンバーの1人で、前髪にメッシュ入れてるメガネの三澤君が間に入ってきた。
ちなみに、快斗談によると、モテたい一心でメッシュ入れてるらしい。そして効果は今のところないらしい。


「テメェ、もしかしてそれ、彼女からのクリスマスプレゼントなのか!?」

「あ、わかる?わかっちゃう?」

けけけ、と嬉しそうに返してる快斗と、くそー!リア充死ね!!と快斗にヘッドロックかけている三澤君を横目に、見えないように溜め息を吐いた。



つまりは、彼女がそう言ったのか。


ふーん。


まあ、別にいいんだけど。青子には関係ないことだ。




なーんて。思えれば良かったんだけど。
ちょっと悔しい。
青子の知らない快斗がいることが。



ちょっと前までは、快斗のことは何でも知ってると思ってた。


今はちょっと、知らない男の人みたい。
こうして男友達と馬鹿やってる時はただの快斗なんだけどさ。


さっきの表情も、彼女には見せてるのかな。



「あーくそ!どんなだよ彼女!いい加減見せろよ!ブサイクだったら笑ってやっから!」

「ばっかオメェ、すげえ可愛いっつーの!だが断る」

「はぁ!?いいじゃねぇか写真くらい」

「やだ。減る。色々減る」

「げ。おま、本当腹立つ!」


どうどうと惚気やがって!!とぐいぐいと首を締めているが、残念ながら三澤君、その首は快斗の人形だ。

いつのまにか快斗は逆立ちになって足を手に見立ててる。
その首締めてもダメージ1つないやつだよ。三澤君、誠に残念ですが。

三澤君の首締めの勢いに乗って、快斗人形の首がポロリと落ちた。

ぎゃー!と叫ぶ三澤君。


よ、っと元の体制に戻った快斗をみて、涙目で「生きてて良かった…」とか呟いてる。
なんていうか、単純でいいよね、三澤君。

そんな三澤君に快斗はけけっと笑いながら続けた。




「まあ、あれだ。あいつは俺にとって、誰にも見せたくねぇ、とっておきの宝物みてぇなもんでさ。そう簡単にお披露目するわけにゃいかねぇの」




そう言って最後、笑った顔が。やっぱり青子が見たことない顔してた。





…。

思わず、青子も三澤君も絶句中。

目を見合わせて、ね、と頷きあう。



「宝物だってよ。──さっぶ!」
「今日、氷点下だね」


「おい、オメェら」


ジト目の快斗に、あーさぶさぶ、と2人して言いながら自らの席に着いた。



たまにこういうことやらかすよね、快斗って。




にしても。
なんて顔で笑うんだろ。

愛しくて仕方ないって、その顔が何より物語ってた。








全部、わかってたつもりだった。




青子達はただの幼馴染で。
それ以上でも以下でもなくて。



今年のクリスマスパーティーに快斗が来なかったこと。
ほとんど一緒に帰ることがなくなったこと。


快斗に好きな人が出来たってこと。
いつの間にか、その人が彼女になってたってこと。




あんな笑顔を、彼女に向けてるんだ。





わかってたのに。






なんでだろう。
今少し、胸が痛いや。