あーー。ひっまーー。

6月だというのに、じりじりとした暑さが体を蝕んでいる。

お小遣い稼ぎに、薬局運営している我が家で店番中。

といっても門前薬局でもなければ、小さな我が家の薬局なんて処方箋持った患者さんなんてほとんど来ない。


しょぼくれた我が薬局の効きの悪い空調のせいで、暇なのもあり、室内にいるっていうのに暑さにすっかりへばり気味。


こんな暇な薬局にやって来るのは。目薬やカットバン、胃腸薬や風邪薬を買いに、たまーにやってくる近所のお客さんか。


「お。今日は嬢ちゃんが店番してんのか?親父さんは?」
「私に店番頼んでゴルフ行ってる」
「処方箋来たらどうすんだ」
「そんときは知り合いじゃなかったら別の薬局紹介しろってさ」
「本当、やる気ねぇなぁ」


がははと笑いながら私にいつもの6錠と、ケアップちょうだいという目の前のおっさんのような、とある薬を買いに来る常連客くらいだ。
この羽毛田さんは頭の辺りが最近気になり出したらしい。ケアップは生えはしないけど、抜け毛が減った気がするとのこと。
まだハゲって訳ではないが、少しでも気になったらケアしないと俺の名前でハゲたら悲惨じゃねえか。とのこと。

客商売なんだけど、その言葉に我慢出来ずに笑ってしまった。

いや、このおっさんは笑わせる為にそう言ったに違いない。
多分キャバクラでの鉄板トークにしてるんだ。



うちの薬局はどこまでも適当だから。
本当はバイアグラとかシアリスとか、あとピルとかも。保険外だから自費扱いにはなるけど、処方箋を発行してもらわなきゃダメなんだけど。

そういうのを、よく来る常連さんにはそのまま適当な販売価付けて売ってるわけで。

恥ずかしげもなく花も恥じらう女子高生の私に対してよくもまあ、バイアグラを堂々と買ってくよなぁ。なんて思いながらバイアグラを6錠とって、白い袋に入れた。
えーと、1錠1580円だから…6錠で9,480円か。うわ、私の今日のバイト代より遥かに高い!

そこまでして男の威厳を保ちたいのか。


「はい。羽毛田さん。ケアップと合わせて15200円ね」
「お、どーもな」


嬉しそうな顔で受け取るおっさんは、ついでとばかりに800円もする高麗人参とか入ってる栄養ドリンクも購入した。そのまま蓋を開けてカウンターの目の前の椅子に座り飲み始める。


「いやあ、今日約束してるお姉ちゃんがな、ものすっごい良い女なわけよ」
「へー」

全くどうでもいいんだけど、お客さんなので適当に相槌をうってやる。
すると、羽毛田さんがにやにやと笑ってこちらにぐいっと身をよせた。片手を口元に添えて、内緒話をするかのように語り出す。


「あっちの方も締まりが良くてな?全て搾り取られちまうんじゃねえかってくらいの締め付けがたまんねぇのよ。ーーいいか、嬢ちゃん。女は可愛いだけじゃいけねぇ。ここぞと言う時に締め付けられるようにしとかねぇと」


なぬ。
そんなん自分でコントロール出来るのか。
え、どうやって?どこに力入れればいいの?

思わず前のめりになった私に気を良くしたのか、羽毛田さんがにやりと口角をあげた。

「なんなら俺と特訓してみっか?」

がははと笑うおっさんの提案に、一瞬悩みかけていると。
良く通る爽やかな声が、店内に響いた。


「羽毛田のおっさん。それセクハラギリギリどころか完璧アウト。希夜も、悩むとこじゃねぇだろそこ」


がす、と持っていたなんかの書類で頭をはたかれた。しかもこの鋭い痛みは角だ。角。ひどい。


痛い、と恨みがましく涙目になって上をみやると、呆れたようにこちらに視線を向ける、蒼い瞳の超絶イケメンがそこにいて。

こんな暑い日だっていうのに、ヤリチン先輩は今日も爽やかイケメンで。なんで涼しげな雰囲気漂わせれるんだろう。
こりゃ、モテるよね。


「ヤリーー黒羽先輩、こんにちは」

思わず心の中での呼び名で呼びそうになって、慌てて訂正。いくら私の本性を知ってるヤリチン先輩でも、この呼び方は叱られるだろう。


「オメェ本当、いつかどっかのおっさんにハメられそうですげぇ心配。なんでそんなにアグレッシブなの、エロに」

「そこが嬢ちゃんの可愛いとこじゃねえか」

「おっさん、こいつじゃなかったら通報されてっぞ、まじで」


ちょっとしたコミュニケーションじゃねえか、とおっさんは気にした様子もなくがははと笑って栄養ドリンクを飲みきった。


「さーて。ほんなら、ユリちゃんのとこに行ってくっかなー」

ウキウキとそんな風にひとりごちて、おっさんは自動ドアへと進んでいった。
あっちの締まりがいいお姉さんは、ユリさんというのか。どんな具合だったか今度教えてもらおう。後学のためにも!




おっさんが店を出て行き。店内には私とヤリチン先輩と2人きり。
呆れた顔でこちらを見ている先輩に、えへへと笑っておく。


「…締まりがいいのと濡れやすいのって、男の人的にはどっちが気持ちいいんですか?」


がくり、と先輩が斜めによろけた。なんとまあオーバーリアクション。
ヤリチン先輩の輝かしい戦績なら、どんなんが具合が良いとかよく知ってるかなと思って質問してみたんだけど。


「おま…」

呆れた顔でこちらを見やる先輩は、気を取り直たように居住まいを正した。


「…いや、もう慣れた。希夜だもんな、うん」

何かに納得したようだ。


「処女のくせにそんなこと気にしてんな。どうせ最初は狭えだろ。アホなこと言ってねえで、仕事しろ仕事。親父さんに頼んどいたもん、ある?」
「ああ、はい。ちょっと待ってて下さいね」


ちぇ。先輩がどんなまんこが好きなのか分かれば私も頑張って訓練したのに。

調剤室に入って、お父さんの字で中の見えない白い袋に快斗君へ。と書かれた袋をみつけ、店に戻る。

またなんかエロいグッズでも買われたんだろうか。と期待に胸を膨らませた。

「今日は何をご購入で!?」

私の質問に、ジト目になる先輩。


「オメーの期待してるもんじゃねぇことは確かだから」

「…私の想像を超えるような、凄いモノを」


先輩が無言で私の米神をえぐるように拳でぐりぐりとしてきた。
遠慮のない動きが痛すぎる。
ちょっとした、希夜式ジョークじゃないですか!
まあ、本気で思ったんだけど。


「ったく。おめぇの頭ん中はどーなってんだ。脳みそ真っピンクなんじゃねぇか」
「え。脳みそって皆ピンク色ですよね?」

無言でさらにぐりぐりと抉られた。理不尽!


「初めて会った時はもっとウブで可愛い子だと思ってからかったってのに…」


ひどい言い草だと思う。
ヤリチン先輩はウブなのが好みなのか。ヤリチンチャラ男はウブな子を手篭めにしたいものなのか。
そうならそうと早く言ってくれれば、私も色々本音を隠して接したっていうのに!


私だって、時と場合は考えられる子!




あの時、先輩があんなこと言うから悪いんだ!!











黒羽快斗。
その名前を知らない江古田高生は居ないだろう。

めちゃめちゃイケメンで、可愛い幼馴染居るのに、江古田一美人な小泉先輩までタラし込んで。

しかも色んな女の子と仲良しだとか。去年のチョコの数が凄かったらしい。


頭が良くてスポーツ出来て特技がマジックで。なにそのモテ要素満載なの。



まあ、そんななにかと話題な人物な黒羽先輩は我ら一年の間ではイケメンチャラ男だと有名で。
でもすっごいイケメンだから、たらし込まれたいと密かに思っている女子も多い。



私が初めて黒羽先輩を見たのは、入学式だった。

二階の窓辺から、こちらを見ている先輩達の中で、一際キラキラと輝いて見えた。

柔らかそうな、少し癖毛の黒髪。
綺麗な蒼い瞳。
楽しそうに友達とこちらの方を見ては話す笑顔。


うわあ、イケメンだ。と思って思わず見つめてしまったら、ひらひらと笑顔で手を振られた。



私!?え、手を振り返した方がいいのかな!?
と思ったら私の近くに居た一年女子全員がきゃー!と黄色い声を上げたので、多分皆同じ事を思ったのだろう。


その後可愛い幼馴染の青子先輩に小突かれながら、教室の中へと入っていったけど。


後になって先輩から聞いた話、友達と新入生の女子の顔・スタイルチェック(点数制)を友達としていたらしい。
ヤリチン先輩、流石ろくでもない。



まあそんな遠い存在だった先輩が、私を呆れながら小突いてくれる程の仲になり、私が本性丸出しで先輩に接するようになったのは。

全てあの日が始まりだった。











その日も変わらず店番をしていた私。

おっさんの下ネタに大真面目に反応していたところで、黒羽先輩はやってきた。

「いらっしゃいませ」

曲がりなりにも薬局だから、あんまりこの言葉は使わないんだけど。ご近所さんとか、お父さんの知り合い以外に処方箋を持ってくる人がいないので、基本店内の品物を買われる方用にいらっしゃいませを使っている。

自動ドアが開いたので反射的にそう言葉を発して、驚いた。

江古田高一のイケメンの幻が見える。

こんなしょぼくれた薬局に来るはずがないと、幻だと決めつけたところで、幻がこっちに近づいてきて。



「黒羽だけど。寺井ちゃんから話聞いてる?」



遠くで眺めていただけの存在が、私にそう話しかけてきた。


すごい。江古田のアイドルがなんか近くでしゃべってる…。


ぽーっとなって見ていると、ひょい、と顔を覗かれた。

…ちっか!睫毛長っ!肌綺麗!澄んだ瞳!イケメン!モテそう!唇つやつや!やばい!


頭の中が暴走している。
怪訝そうな顔で、黒羽先輩は私を見つめた。

やめて!見つめ合うと素直におしゃべり出来ません!!


「…聞いてる?」

「はい!私は江古田高校1年松本希夜と申します!不束者ですが末永くよろしくお願いいたします!!」


がた、と席を立ち上がり、敬礼するかのごとくぴしりと背筋を伸ばして。一気にそうまくし立てて一礼すると、目の前のイケメンな先輩は目をぱちぱちと瞬かせた。

ああ、イケメンの睫毛がバサバサしてる…。

そんな感想を持った瞬間、お腹を抱えて爆笑された。


「…おまっ…なんで嫁にくるみてぇな…!」

しかも誰も自己紹介しろって言ってねぇよと、笑い過ぎて所々切れ切れになりながらも突っ込まれ。


頭が真っ白になっていたので、なにやらアホな事を言ってしまったようだと、相手の爆笑でようやっと頭が冷えた。


江古田の有名人にアホなことをしでかしてしまった…明日から江古田でどうやって生きていこう…。
そんな風に笑い声をBGMに遠い目をしていたところで、店の奥の家の方でテレビを見ていたはずのおとんが出てきた。


「随分と騒がしいが、どしたーーって、ああ。もしかして、寺井さんとこの?」
「あ、そうっす。寺井ちゃんの紹介できた、黒羽です」
「おお、こりゃまたイケメンがやってきたなぁ!ってこたぁうちの娘がなんか暴走したか?すまんすまん」
「いえいえ。楽しい娘さんっすね」
「ははっ。だろだろ?アホな子ほど可愛いってやつでな」


いそいそと調剤室へと進み、何やら白い紙袋に用意しておいたっぽいものを持ってきて。

「ほれ。約束のもんだ。今回は5000円でいーわ。寺井さんによろしく伝えてくれな」
「はい。すいません無茶聞いてもらって、助かります」
「はっは!いーってことよ!」


…展開が読めないまま、私を置いてけぼりにして2人の会話は進んで行く。

ん?黒羽先輩、なんかうちで買ったの?


何買ったんだろ。見えない袋ってのが、好奇心を刺激してしまう。
見えたらヤバいものってこと?



黒羽先輩に紙袋を渡して挨拶だけすると、あとの会計はこいつに頼むな、俺今韓流ドラマがいいとこだから!と、とっとと中に入っていくうちのおとん。
自由過ぎるが、いつものことなので気にならない。

そんなことより、何買ったのかが気になる木、と思わず紙袋を注視していると、こちらの視線に気付いたのか、黒羽先輩が五千円札を取りだした。

「はい、会計」
「あ、ありがとうございます。領収書は?」
「あー、いーわ」

そこで、しばしの沈黙が訪れたあと。

ほんじゃ、あんがとなー。とそのまま紙袋を持って立ち去ろうとする黒羽先輩を、思わず呼び止めた。

「あの、先輩!」
「ーーおー。なんか良いね、先輩って」

振り返ってそう、けけけと嬉しそうに笑って立ち止まる。

「俺のこと知ってた?」
「そりゃ、黒羽先輩のことを江古田で知らない人は居ませんよ」
「わーお、俺ってば有名人」

なんやら嬉しそうにしてくれた先輩に、今だ、と訊ねる。

「あの、その。中身って何ですか?」

それ、と紙袋を指差して。
ドキドキと訊ねると、黒羽先輩がにやり、と口角を上げた。

不敵に笑うその笑顔も、半端なくかっこいい。


ちょいちょい、と指で招かれたので、レジからぐ、と身を乗り出した。

黒羽先輩の柔らかな黒髪が、私のこめかみ辺りをふわりとくすぐって。
吐息が耳にかかる程の距離。
一瞬で間合いを詰めた先輩が、耳元で呟いた。


「ーーバ イ ア グ ラ 」


ハートマークでも語尾に付きそうなほど、甘い声でそう言われて。

顔に身体中の熱が集中したんじゃないかってほど、顔がかっと火照った。
私の反応を見て、黒羽先輩は喉を鳴らして笑う。


「好奇心旺盛なのもいーけど、気ぃ付けねぇと悪りぃ男にひっかかっぞ?俺みてぇな、さ」


じゃーなー、と手をひらひらとさせて、黒羽先輩はそのまま去って行った。





…若いのにバイアグラ使うなんて。
あれか。使わないと勃たなくなるくらいいつも色んな女の人とヤりまくってんのかな。
酷使してもまだ、元気になりたいってこと?

イケメンで、ヤリチン…。



そこまで考えた時、私の脳内に稲妻が走った。
ビビビッなんてもんじゃない。



ゴロゴロ、ドッカーン!!だ。



そう。


この瞬間。私はヤリチン先輩に私の処女を捧げようと心に決めたのだ。