ピンポンとなるインターホンに、慌てて揚げていた串カツを一旦ザルにあげて、手を洗ってエプロンを外した。


ドアホン越しに入口のロックを解いて。しばらくするとドアのインターホンがもう一度鳴って。



「ちわーす」


扉を開けると、体育会系の大学生くらいのお兄さんが、風呂敷片手にぺこりとご挨拶をしてくれた。


「ごめんなさい、わざわざありがとうございます!」




つい揚げ物に熱中して忘れかけてしまっていたけれど。

馨ちゃんから、5時半にうちの門下生が蕎麦もってくから。とLineが入っていた。


馨ちゃんのお父さんは、趣味で蕎麦を手打ちしていて。
毎年こうしてうちの家にもお裾分けをくれるのだ。

大体門下生の人が毎年うちまでこうして配達してくれる。
いいのかな、こんな風に使って。とも毎回思ってしまうんだけど。


「馨さんの命令を年の最後に聞けるなんて、むしろご褒美なんで!」


と、白い歯がきらめくいい笑顔で言われるので。
なら良いか、と毎回納得していたりする。


馨ちゃんの信者は奥が深い。




馨ちゃん自身はこの日は家族皆で、団欒…といっていいのか。
年末恒例の格闘技のアノ番組を見るのが馨家恒例らしいので。


この時間だと、もうあとちょっとしたらLineすら既読にならなくなっちゃう。
急いでLineでお礼しないとな、と受け取ったお蕎麦をキッチンに運ぼうとしたところで、再びインターホンが鳴った。



快斗君だ!とパタパタと駆け出したい気持ちになったけど、いかんせん今の私は蕎麦持ちだ。落としたら今年の年越しが悲しいことになる。
そう、慎重に蕎麦を玄関先の廊下に下ろした後、意気揚々とドアを開いた。



「いらっしゃい!」

「…名前ちゃん。いきなりドア開けたら危ねぇって、いつになったらわかんのかね」



快斗君こそ、早く会いたくて扉開けちゃう乙女心をいつになったらわかってくれるのか。
満面の笑みで迎えた私に相反して、快斗君はどこか不機嫌そうな顔で、共用廊下に視線を向けている。


「ところで。さっき共用廊下ですれ違ったヤツ、誰?」


角部屋だし、ここ来てたんだろ?と聞いてくる快斗君は、どこかいつもより声のトーンが低く。

?と首を傾げながらも、馨ちゃん家の門下生さんで、蕎麦を届けに来てくれたのだと説明した。


ほらほら。馨家特製のお蕎麦、貴方の視線をちょっと下に移せばありますよー?



「ふーん。にしては、やけにご機嫌に廊下歩いてたけどな」


心なしか、唇がとんがっている。

なんだ。
これは。

スネ夫だ。イケメンスネ夫がいる!

快斗君は拗ね方まで可愛い。ずるい。
思わずキュンとしてしまうじゃないか。



「馨ちゃん家の門下生さんは、皆大体揃いも揃って馨ちゃん信者だから。命令遂行出来て幸せって、蕎麦持って来た時、そんなこと言って良い顔で笑ってたよ」

と説明しながらも。折角なのでスネてる顔をじろじろと下から覗き込んだ。
唇が微妙にとんがってるのが絶妙に可愛い。
なんだこれ、写メ撮りたい。永久保存版だよ。


「へー…」


外に目線を向けてた快斗君がそこでようやっとこちらを向いた。
じろじろと見ていた私と視線が絡むと、ぐしゃり、と髪をかき混ぜられて。


「そんな、キラキラしたお目目で覗き込むのやめて。わーったわーった。よぉっくわかったから」


くっそ、かっこわり。


と、ひとりごちた快斗君は、足元の蕎麦を持って、お邪魔します、とすたすたとリビングへと向かっていった。

後ろから見えるその耳元はどこか赤くなっていて。



──なんだ、なんなんだ黒羽快斗。可愛いすぎるぞ。


うう。今年の最後の日まで心臓鷲掴みにされてる…!


どたばたと足を地団駄させていた私を、何やってんの。と呆れた様子で快斗君が振り返って見ていた。

毎度すいません。





オードブル代わりの串揚げと、頂いた年越し蕎麦は、折角手打ちなのでかけ蕎麦では無く、ざる蕎麦で。

蕎麦には天ぷらかな?と思ってエビだけはフライじゃなくて天ぷらにして。


そうして年を越す用意をしながら、笑ったらケツバットされる年末恒例の特番を見て、笑いながら一緒に過ごす。


大体年末は1人で過ごすことも多かったので、なんだか嬉しい。


串揚げ片手にげらげらとお腹を抱えて笑う快斗君は、こういうバラエティ番組がけっこう好きらしい。


それは良いんだ。楽しそうで何よりですよ。


ええ。それは良いんだけど。


…あの、クリスマスデートの。
なんというか、まあ、その。
──未遂に終わった、アレから、初めてのお家デートだというのに。


…なんというか。

当たり前のように、快斗君は平常通りだ。


…もうちょっと甘い雰囲気になるかと思ったんだけど。

というか。もしかして、と、下着も可愛いの着けてるんだけど。


全くもって、そんな空気は無い。


これじゃあ今日の為にとおろした下着も泣いている。



はい。そんな和やか過ぎる空気で。

もう、9時になりましたよ。






なんなんだ、まったく。と少しやさぐれそうになった所で、けたけたと笑っていた快斗君が、こちらに気付いて視線を向けてきた。



「やっべ、じみーちゃんまじウケる…って、名前?なんか顔が怖くなってっけど、どうかしたか?」



蒼い瞳に笑いすぎて光るものを見つけた時には、人の気も知らないで…!と思わずその頬を抓りたくなったけどね。

私ばっかり、その気になってたとか!
無性に恥ずかしい。

もう、今日は考えないでおこう。快斗君のあほ。鈍感!普段すけべな癖に!





そんなこんなで、お蕎麦もしっかり食べ終えて。

妙な期待を諦めた後は、私も快斗君の隣で一緒になって、けたけたと笑いながらお尻が大変なことになっちゃう大物芸人達を見ていた。個人的には、引き出しネタが本当に好きだ。

そうしていると、除夜の鐘が外から聞こえ始め。

ああ、もうすぐ、今年も終わるんだな、としんみり思った。



「──じゃ、そろそろ行くか」


そう、大笑いしてた快斗君がゆっくりと腰を上げて。


「初詣。寒ぃから、ちゃんとあったかい格好しろよー」



そんな風に、変わらず過保護に言ってくる快斗君は、短めの丈のダウンを羽織って、私がクリスマスにあげた手袋をつけ始めた。

あ。ちゃんと使ってくれてるんだ。


その事実に、じんわりと心があったまった。




コートを羽織り、マフラーと手袋をつけて。
これでばっちしだろうと、リビングで待つ快斗君の所へ急ぐ。

どうでしょうか。と完全防備姿をお見せしようと両手を広げてアピールすると。快斗君は、じろじろと私の姿を確認した後、どこからともなく取り出したふわふわの耳あてを私の耳に着けて。

「良し」

と満足そうに呟いた。


…過保護だ。


「…あんだよ」


私の心の声がわかったのか、文句あんのか、とジト目の快斗君に、ふるふると首を振る。
もちろん文句なんてございませんよ!お耳もあったかいです、はい。


そうして、除夜の鐘が聞こえる中、玄関を出た。





「寒い!」


マンションを出ると。身を切るような冷たさが肌を刺した。
本当、耳あて様々の寒さだ。快斗君ありがとう。

快斗君も、はーっと白い息を吐いている。やっぱりお昼時とは気温が全然違う。


にしても。夜中だというのに、人気があるなぁ。日が変わる瞬間の初詣なんて、お母さんが亡くなってから、久しぶりにするけれど。

こんな近所の神社でも、行く人は多いんだなぁ、としみじみ思う。



「流石に冷えるな。ほら、道滑るかもしんねぇから」



当たり前のように差し出される手に、嬉しくなりながらその手を握って、歩き出した。







手袋越しでも、繋いだ手はどこか暖かい。
なんて乙女チックに浸っていると、快斗君が隣で携帯を確認していて。



「──ん。日付変わった。名前」

「うん?」

「明けましておめでとう」

「…明けましておめでとう!」



にこりと笑いながら新年の挨拶を年明け早々に交わすのは、なんだかこそばゆい感じで。えへへと頬が緩んでしまう。



「あ!甘酒!」
「おー。飲む?」
「飲む!」


神社に着いて。
配っていた甘酒を貰うと、甘酒特有の米の甘い香りが鼻に広がった。
白い湯気が立つその甘酒をこくりと飲むと、ほっと胸の内から温まる。


「あったかーい」
「一口ちょーだい」


自分の貰えば良かったのに。

思いながらも、いいよ、と快斗君の方を向くと、紙コップを持つ私の手のひらごと、口元に寄せられて。


「おー。あったまるな」


にかっと笑うその顔に、甘酒以上に顔が火照った。
相変わらず快斗君は私の心臓クラッシャーだ。





年明けに映画でも見に行こう、何が見たい、とか話をしていると、並んでいた順番があっという間にやってくる。


10円玉を入れて、ぱんぱん、と両手を打って。
ぎゅ、と瞳を閉じた。


お父さんの健康とか、テストが上手くいくように、とか。お願い事はたくさんあるけど。



やっぱり、一番に願うのは。



快斗君とずっと一緒にいたいな。



なんて、そんな贅沢な願いだ。





そんなバカップルじみた浮かれたお願いごとを、わりと真剣に神様にしながら。
ちらりと瞳を開けて、横目で隣をみると。


意外にも、快斗君が真剣にお参りしていた。


どこか、大人びたその顔は。なんだか快斗君じゃないみたい。

たまに感じる、よくわからない不安。

それは、快斗君がこんな表情をしている時に、私の心に巣食う。



そう。

お母さんが、亡くなった日のステージに上がる前も、こんな表情をしていた。




どうしてか、ざわりと胸が騒ぐ。

考えすぎなんだよ。と、こんな私を馨ちゃんは笑うだろうな。




私が見ていることに気づくと、快斗君がその瞳を和らげて、こちらに振り向いた。
その表情は、もういつもの快斗君で。
ほっと息をつく。


すると、頭にぽすん、と手が置かれた。




「来年も、一緒に年越ししよーな」

「…うんっ」






来年も。

そう言ってくれることが、とても嬉しい。





その言葉の重みも、決意も。

何も知らずに私は笑って頷いた。










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