もっと望んでほしいのに


「……ドレスコード?」

今日は朝から嫌な予感がしていた。今までの経験から、たいていこういう勘は当たる。ライブラ本部の扉を開けるなり、朝も早くからメンバー全員が一堂に会しているということからして、おかしい状況だったのだ。

「何で急にドレスコードなんです……?」
「それは、まあ、色々と事情があってねえ……」

心底疲れた顔をしながら、我らが番頭― スティーブン・A・スターフェイズ氏は一通の封筒をこちらに手渡す。そこには、煌びやかな金の文字で「招待状」とだけ書いてあった。番頭の表情から察するに、要は非常に面倒で、かつやっかいな「仕事」と言うわけだ。

「依頼主は、何故だか君をボディーガードにご指名だ」
「なんで、私?」
「さあ? ただこのパーティの主催者の一人にいつだったか君が護衛をした依頼主がいるねえ」
「リピーターは有り難いけれど、ドレスコードなんて着たこともないし、そもそも持ってない」
「ええっそうなの? セシルっち!」

だってそんな高価なものを買うお金もないし、そんなものを着ていく機会もないし、そんなものを持つ理由が私にはない。ドレスコードを求められるような場所に招かれる程、私は恵まれた人間じゃない。

「うん、だって私には必要ないものだし」
「そんな寂しいこと言わないで、こういう時に必要でしょ? 一緒に買いに行きましょ!」
「そんなお金無いよ、K.K……」
「セシル、これは任務だ。依頼主直々のご指名とあっては断るわけにはいかない」
「そんな、どこからお金を捻出しろと!? 経費で落としてくださいよ!」
「それは無理な相談だ」

スティーブンだって私の貧乏さはよく知っているはずなのに。結局貴重な朝の30分が経過しても、彼との言い合いは平行線を辿るだけだった。

20:00。
私はカクテルドレスを身に纏い、パーティ会場にいた。とは言ってもドレスは自分で買ったものではなく、何故かあの後すぐにライブラ本部に私宛の贈り物として届いたものだった。お金が浮いたのは心から嬉しいけれど、正直なところ送り主が分からないドレスを着るというのは不安もあった。私を直々に指名をしてパーティに来いと言ってくるような依頼主のことだから、きっとこのドレスも彼が手配したものなのだろうと簡単に予測はできたのだが。

「本日はライブラをご指名いただきありがとうございます。セシル、参上いたしました」
「おお! セシルくん! 待っていたよ!」

私を指名する初老の男性は、このHLヘルサレムズ・ロットでも屈指の富豪で特に異界人との武器関係の商売に長けている。コネクションを作っておけば、ライブラへの支援を望めるかもしれないからくれぐれも粗相の無いようにという番頭直々の指示がこの任務なわけだ。

「しかし、今夜はどうして私をご指名に? もっと腕の立つ者も沢山いるのでは?」
「いやいや、今日のパーティは君でなくては務まらんのだよ。私の知る中では、君以上に強く美しい女性はいない」
「……今夜、何か特別な催し物でも?」
「今日の取引の条件が、キャットファイトなのでね」

聞き間違いでなければ、この男は今「キャットファイト」と言った。ということは、このパーティ、もとい会合はなかなかにエグい思考を持った同士の集まりと言うことになる。どちらにせよ、ロクなことにはならないのは確かなので、溜息しか出ない。

「さて、セシル君。これをつけてくれたまえ」
「……なかなかいいご趣味をお持ちですのね」
「そのドレスにきっと似合うと思ってね」

手渡されたのは、宝石がちりばめられた黒いチョーカー。チョーカーをしろだなんて、とんだ悪趣味だ。チョーカーに隠された意味を知らない訳ではあるまいし、男の悪趣味さをまざまざと見せつけられてますます気分が悪くなった。今すぐにこのドレスを脱ぎ捨てて、こんなところから早く脱出してしまいたいのに、私だけ任務を放棄するわけにも、ライブラの名に傷をつけるわけにもいかなくて、仕方なく私は用意された闘技場に足を運ぶのだった。



「さいっあく!」

散々だった。ドレスのまま、人間の女性だけでなく異界人と見世物の戦いをさせられた。私は見世物じゃない、何度そう大声で叫びたかったことか。頭の片隅にほんの少し残された私の理性は、それだけはしてはならないとあと少しのところで押しとどまってくれたけれど、それに比例して私の本能は相手の命を奪ってもおかしくないくらい、揺り起こされていた。

「……とんだ道化、ね」

華やかなカクテルドレスは見るも無惨な、元々のドレスラインが思い出せない程に見窄らしい布きれに成り下がっていた。ふと目に入ったガラス窓で見れば見るほど、自分がいかに酷い、滑稽な姿であるかが分かってなおのこと気持ちが沈んだ。別に、綺麗な格好にはしゃいでいたわけじゃない。初めてのドレスが少しも嬉しくなかったわけじゃない。でも、こんな、まるで私には着る資格が無いのだと現実を突きつけられたようで、ますます惨めになった。依頼の責任は果たした。依頼主だって満足しているだろう。こんな格好で再びあの場所に戻るのは私の自尊心が許さなかった。かといって、こんな格好で街中に出られるはずもなく、途方に暮れた。パーティが終わって会場から人がいなくなるまでどこかに潜伏して、人目がなくなった頃に帰るようにすれば誰にも見られることなく帰れるだろうか、そんなことを考えながら裏通路を歩いていると、視界にひどく不機嫌な顔をした、「彼」が扉の前に立っているのが見えた。
これは、また面倒ごとが起こる予感しかしない。



2015/10/25




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