死にそうに幸せ


影の役目は主を守ること、主の役に立つこと。
そう思ってこの軍で働いてきた。
それこそ自分の命など省みず、ただがむしゃらに。
この身は既に私のものではなく、主のであるエフラム様、エイリーク様のもの。
だから、この局面を乗り越えるには、こうするしか術がないんだ。

「私が、囮になります。エイリーク様、お召し物を貸していただけますか」
「囮だなんて、そんなこと許可できません!」

誰よりもお優しい王女。
この優しさにどれだけ心救われてきた事か。
大切な王子と王女を守るために。
絶体絶命の今、役に立てるのは私しかいない。
そう思ってゼトへ視線を送ると、どこか苦々しい表情。

「ゼト将軍? これしか手はないはずでしょ?」

身につけている外套や装備を外して、胸元や太腿にダガーを仕込む。
一瞬でいい、王女と見間違えて敵に隙さえ出来れば。
私が奴らの喉元を引き裂いてやる。

「エイリーク様、彼女にお召し物を渡してください」
「ゼト……貴方までそんな事を言うのですか……」

エイリーク様のお召し物を身にまとうと、ふわりと華やかな香りが広がった。
普段の私なら纏うことのない高貴な香り。
それがどこか、くすぐったかった。

「セシルには私が同行致します」

ゼトに手を引かれ、乗馬して敵陣へ向かう道中。

「……何故、自分から言い出した」
「だって……仕方ないでしょ」
「……どうして相談してくれなかったと言っているんだ!」
「ゼトなら!他に最良の手が無いって分かるでしょ!」

ああ、らしくない。
あのゼト将軍ともあろう人が、密偵が1人犠牲になるかもしれないという事態で。
どうしてここまで食い下がってくるの?

「ゼト……もう時間がない、私は行くわ」

敵は私を王女と勘違いしてくれ、案の定隙だらけだった。
ただ、最後の最後に首領の毒の斧で傷を負ってしまった。
徐々に毒が回ってきていることは分かっていたけれど、王子と王女の前では必死に隠し通した。
何とか天幕まで辿り着くと、膝から力が抜けて天幕内に入り込む前に入口で倒れてしまった。
視界は霞み、体中が燃えるように、血が沸くように熱い。

「こんな最後もありかな……」

このまま私が死んでもきっと、大丈夫。
この軍には優秀な人材がいる上に、なにより、ゼトがいれば。
最後の最後まで憎まれ口ばかりで呆れられているだろうけれど、それももう最後だから、どうか許して。
ふと体が持ち上げられる感覚がして。
霞む視界に映ったのは、会いたくて、会いたくなかったゼトだった。

「……ゼト……なに、してるの?」
「それは、こちらの台詞だ……」

苦い苦い解毒薬が口の中に広がって、ゼトの唇が離れる瞬間、微かに聞こえたのは。

「私の許可無く先に逝くことは許さんぞ……」

今まさに死の瀬戸際にいるというのに、ゼトの言葉がどうしようもなく嬉しくて。
口に含まれたままの解毒薬を必死に飲み込んだ。
私はまだ、死んではならない。
彼の許しが出るその日まで。




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