見慣れぬ白の、もの寂しさはpkmm,ダイゴ
白い壁。白い天井。白いベースのベッドに淡い花柄の布団と枕。
枕元にはコードに繋がれた白いスイッチ。
ベッド横には明るいウッド調の収納と一体型のテレビ。
1人部屋の病室は白で統一されていて、静寂に包まれている。
消毒液なのか、薬品なのか、独特な病院の匂いの室内。
聞こえるのは名無しの動きで小さく軋むベッドと病衣の衣擦れの音だけだ。
1週間この場所で過ごしていても、未だ慣れない。
「……はぁ」
小さなため息も、白に吸い込まれていくような錯覚に陥る。
ベッドから降り窓から外を見渡すと、そこに広がるのはいつもの景色。
窓からは青空の下、ミナモシティの街並みが見渡せる。
視線を左に向ければ美術館とデパート、右に向ければ海。
……確か海岸線にある岩礁地帯にはなんとか団なる組織のアジトがあったらしいとのウワサだが、今の名無しには関係のないことだ。
遠くに視線を向ければ、いつもよく行くポケモンセンターや船着場、灯台が見える。
いつもはそこを歩いているはずなのに、今はとても遠く感じる。
彼に預けたポケモンたちは元気にやっているだろうか。
名無しは外のことばかり考えてしまい、憂鬱な気分になる。
そんな彼女の気持ちを知らずに、時間はゆっくりと流れて行く。
いつもの1時間が、何倍にも感じていた。
病室を出るとそこも白の世界。
スクラブを着用した看護師たちやポケモンたちや、同じ病衣を着用した患者とすれ違い、より現実から引き離される感覚を覚える。
変化があるとすれば、廊下の窓から差し込む夕焼けのオレンジだろうか。
それすらも今の名無しには寂しさを増長させる差し色に感じる。
直線の廊下をいつもよりゆったりとした足取りで進み、自販機コーナーにたどり着いた。
誰もいない空間。長椅子に座りスマートフォンを取り出す。
最新のロトムスマホの中には、ロトムはいない。
入院中は手持ちのポケモンは連れてこれないため、ロトムも例外なく彼に預けてきた。
いつもなら声をかけるだけで全ての要件をこなしてくれていたが、今はひと昔前の普通のスマートフォンだ。
手動でアドレス帳を開きスクロール、目当ての名前が出たら、タップして通話画面を開く。
スマートフォンを耳に当て数回の呼び出し音の後、彼の声が聞こえた。
『はいっ、ダイゴです』
「名無しです。もしかして忙しかった?」
『大丈夫だよ。今ポケモンたちのブラッシングが終わったところ』
「私の子たちだね。ありがとう」
電話の向こうの人物……ダイゴの手持ちははがねタイプが主体。長毛のポケモンはいない。
名無しの手持ちのブラッシングをしていたことが予想できる。
『普段やらないから新鮮で楽しいよ……あ、ちょっ』
少し焦ったダイゴの声のあと、名無しのポケモンのバタバタと走る足音と、楽しそうな声が聞こえた。
「……ブラッシング後の抜け毛の上を走り回った?」
『……正解』
「元気すぎてごめんね」
『大丈夫。あとで片付けるから』
電話越しにダイゴが苦笑したのがわかった。
向こうの様子が眼に浮かび、名無しも小さく笑う。
『そっちはどう?』
「どうと言われても……何もないよ経過は良いって。特にやることもないから、暇してる」
『面会に行くことができればよかったんだけど』
「感染症が流行ってるらしいからしょうがないよ。それよりも、うちの子預かってくれてすごく助かってる。忙しいのにありがとう」
ダイゴはポケモンリーグのチャンピオンだ。
チャンピオンの仕事は多忙を極めるだろうに、自身の手持ちだけでなく他人の手持ちの世話をするのは大変だろう。
『君のポケモンだからね。当然だよ』
「でも大変でしょう?」
『なかなかお転婆な子が多いからね。でも可愛いもんだよ』
「そう言ってもらえると助かる」
わんぱく、むじゃき、ようきと元気なポケモンが多いため、トレーナーである名無しも時折手を焼くほどだ。
そんなポケモンたちを1週間も面倒を見ているダイゴに、名無しは感謝しかない。
『でもやっぱり、ちょっと寂しそうだね』
「本当? 待遇良すぎて私、忘れられてない?」
『待遇って……』
「そりゃあ、お金持ちの家だし」
『いや、僕のポケモンも君のポケモンも普通のお世話しかしてないから。贅沢三昧は流石にしないよ』
「知ってる」
『あ、でもせっかくだから贅沢三昧させてみてもよかったかな』
「ふふっ、それは勘弁。私が帰ってきた時高級フードしか食べないとか泣けるから」
『あははっ、確かに!』
美味い飯を寄越せ! と態度で主張してくるポケモンたちがはっきりと想像できてしまい、お互い笑ってしまう。
『でもね、寂しそうなのは本当だよ。時折玄関の前で君を待ってる』
「……そっか」
『……僕も寂しいよ』
先ほどまでの穏やかな会話から、ふいにダイゴが静かな声色になる。
その声に名無しも病室で感じた感覚に引き戻された。
話をして笑い合っても、ここに彼はいない。ポケモンたちも。
いつもの風景も、いつもの臭いも、いつもの音も。ここにはない。
『いつもの場所に君がいない』
「うん」
『たった1週間なのに不思議だね。もう寂しい』
「私も、寂しい」
『……うん』
ダイゴの声は、寂しさをより強く感じさせる。
彼の顔を見たい。笑っている顔が。
ポケモンたちの走り回る姿を、一緒に見ていたい。
「もう白の世界は十分」
『?』
「こっちの話……ねぇダイゴさん」
『うん?』
「会いたいな」
『僕も、早く名無しに会いたい』
きっと数日のうちに退院できるだろう。
もの寂しいこの白い世界から出て、最初に行くのは愛しい人の元。
きっと笑って出迎えてくれるだろう。ポケモンたちと一緒に。
見慣れぬ白の、もの寂しさは
きっとあなたに会えないからだ
(え、迎えにきたの!?)
(待ちきれなくてね)
NexT→←二次創作←ToP(楽園から最も遠い場所)