遅刻の仕返しはpkmn,ダイゴ
「名無しさん」
ミナモデパートの前で、声をかけられた。
あまり聞き慣れない声に名無しが振り返ると、まさかの有名人がそこにいた。
「……!」
赤髪に深い紺色の服。特徴的なマントを羽織ったその人物に、名無しは思わず目を見開いた。
「ワタルさん」
「急にすまない。見覚えのある顔だったからつい声をかけてしまったよ」
「いえ、お久しぶりです」
ワタルとはダイゴに同行したイベントの場で何度か挨拶をした程度だった。
ダイゴと一緒にいたことで印象に残っていたのだろうか。
まさか覚えているとは思わなかった。
「こちらにはお仕事ですか?」
「いや……プライベートだが、視察がてら行きたいところがあってね」
プライベートでも仕事のことを考えているとは、さすがはカントーとジョウトを統べるポケモンリーグのチャンピオン。
「ガイド役と待ち合わせをしているんだが、まだ来ないんだ。どうやら遅刻らしい。困ったものだ」
デパートの外壁に取り付けられている時計を見上げるワタル。
困っていると言いながらも、なにやら楽しそうな顔をしてるいる。
「その割に困ってなさそうですね」
「ああ。君に会えたからね」
「?」
顔見知り程度の自分と会えて良いことがあるのだろうか。
不思議そうに名無しが見上げると、ワタルは微笑んだ。
コレは自覚があるのかないのか、世の女性を虜にする顔だろうな。ダイゴもたまにそういうところがある。
チャンピオンは美形が多くて困ったものだ。
「名無しさんは今時間はあるかい?」
「ええ、用事が終わって帰るところでしたから」
「じゃあ、お茶でもしようか」
「……へ?」
突然のお誘いに、名無しは思わず変な声が出てしまった。
「付き合わせてすまないね」
「いえ、それは大丈夫ですが……」
すまないと言う割に申し訳なさそうな顔をしていないワタルに少し戸惑いながらも、名無しはウェイターから提供されたカフェラテのカップに口をつける。
流石に数回顔を合わせただけの、しかも知る人ぞ知る有名人とカフェでコーヒーブレイクをすることになるとは思いもしなかった。
ダイゴがいればまだしも、名無し単体でこのような状況になるとは全くの想定外である。
「待ち合わせは大丈夫ですか?」
「ああ、それなら大丈夫……失礼」
「!」
名無しがテーブルに提供されたコーヒーを飲もうとカップに触れた時、パシャリとシャッター音が鳴った。
スマホを構えたワタルが、写真を撮っていたようだ。
「……SNSとかやるタイプですか」
「ふっ……いや、この写真を送ったら、きっと彼も大急ぎで来てくれるだろうと思ってね」
「ああ、なるほど」
カップにはカフェのロゴが入っているので、写真を送ればわかるということか。
文章でも良さそうなのだが写真を撮って送るとは、なかなかワタルもお茶目な面があるのだな、と名無しは心の中で密かに和んだ。
「ところで」
前置きしてワタルがこちらに視線を向ける。
「ダイゴとはどうだろうか」
「っぐ」
先ほどから想定外のことばかりする相手の、突然の質問に思わず咽せそうになる。
「どうって……」
「いや、友人として……あの自由人の恋人は大変ではないかと邪推してしまってね」
そう笑顔を向けたワタルの表情を見て察する。
これはからかわれているのでは?
純粋に問われているだけかもしれない。
とは言え隠すこともない。取り繕うことも何もない。
意図の読めない質問に、名無しは少し考え、答える。
「彼は真面目で誠実な人だと思います」
「たしかに周囲からの評価はそうだな」
「正しいと思いますよ。そう評価する人たちはちゃんとダイゴさんを見てくれる人。自由人だとしか思わない人は……表面だけ見てる人」
自由人。確かに的を射た言葉だ。
「確かに、最初の頃は家に行ったらもぬけの殼、行き先も告げずに石集めの旅に出てるなんてことも過去に何度かありました。連絡もつかずに半月行方知れずとかもあって、呆れたこともありましたし」
どれだけ心配したことか。
帰ってきたダイゴを旅の装備のまま正座させて、話し合いという名の説教をしたこと数度のこと。
「でも……言えばちゃんと直してくれますし」
今ではきちんと行き先を告げてから旅に出る。
連絡も定期的にくれるようになった。
「忙しいのに、仕事に手を抜いてるところは見たことがない」
チャンピオンとしての務めを全うする傍ら、デボンコーポレーションの業務を若干ながらになっている。
それに対して全てきちんとこなした上で、業務の合間をうまく作り趣味に興じているのだ。
仕事であれば、時には夜遅くまでデスクに向かうこともあるし、急な出勤にも対応する。
「私といることで自分の好きなようにできないことも増えただろうに、新しい楽しみが増えただけだよ、って笑うんです」
そんな彼を自由人と褒めることはあれど、非難の言葉として口にされることは、正直名無しにとっては遺憾である。
言わせておけば良い、とダイゴはどこ吹く風ではあるのだが。
やりたいことをやる。けれど決して己が抱えるものに対して手は抜かない。抱えたものが大きくても、向き合い続ける。
それを真面目、誠実と呼ばずなんと呼ぶのか。
「そんな人だから、良いんです。自由にハメを外すところは外して、やることをやる。だから私は好きなんですよ」
「……そうか。俺の杞憂だったな」
「そうですね」
「愛されてるじゃないか、よかったな」
ワタルの視線が名無しの後ろに向いている。
いつからいたのだろうか。話していた時は気づかなかったが、人の気配。
まさかと名無しが振り返ると、スマートフォンを片手に息を切らして立っていたのは、今まさに話題にしていた人物だった。
窓の外にはエアームドが疲れたと言いたげに佇んでいる。
「ワタル……君ってやつは……」
「そんなに動揺することないだろう。俺は他人の恋人を略奪する趣味はない」
「わかってるけど……! コレはいただけないよ」
そうワタルに突きつけたスマートフォンの画面を名無しも覗き込む。
先ほど撮った写真とともに、ワタルが打った文章。
『今君の彼女とデートしてるんだ』
まさかこのメールを見て急いだのか。
冗談だとわかっていても、急がずにいられなかったのか。
そう思うと名無しは可笑しくなってきた。
「つ……あはは!」
「僕にとっては笑い事じゃないよ……まったく」
「結果的には良かっただろう? 恋人からの愛の言葉も聞けたことだし」
そう言うとワタルが立ち上がる。
「まだ俺の休暇はあるし、用事はまた後日にしよう」
伝票を片手にダイゴの横を通り抜けるワタルが、ダイゴの肩に手を乗せた。
「今日は恋人とゆっくりすると良い」
からかうように笑い、去っていくワタルの背中をダイゴは忌々しそうに見つめていた。
「……ダイゴさん、帰りましょうか」
「はぁ……そうだね」
遅刻の仕返しは
彼にとっては大きかったらしい
(私がワタルさんと浮気でもしてると思った?)
(違うけど……彼は、結構女性に人気だからね)
(ヤキモチ……?)
(はいはい、この話は終了)
(ふーん……)
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