遙を待ち、買い物をしていた時も不安で堪らなかったけれど。
ここまで最悪の事態は想定していなかった。
遙と約束の20分が過ぎても連絡は来なかった。
1分2分と時間が過ぎていく度、胸の中で渦巻いている不安の質量が増していった。
待ちきれず、電話をかけても繋がらない。
どうやら電話中のようだった。
遙が俺を差し置いて電話をする相手なんて限られている。
美紀か、家族か。
……前の男だ。
美紀であってくれればいいと思うのに。
俺の直感がそれを否定していた。
美紀が相手ならば、遙があんなに不安そうな悲しそうな顔をしているはずがない。
遙のことを信じたい。
俺だけを愛し続けると誓った遙の言葉を信じたい。
信じたいと思うのに、一度疑うとそれは止められず。
もしかして、遙はフラれたと言っていた男にまた言い寄られ。
出会った頃に、あれほど焦がれて泣いていたほどなのだから。
もしかしたら、俺が帰った後の算段をつけているのでは、という疑惑が胸の奥から沸きあがってくる。
必死でそれを否定しようとするのに、黒い疑念が胸の中をあっという間に染めていった。
それを否定したくて。
遙の部屋に戻ると。
遙は泣きながら電話をしていた。
英語で会話をしているから、相手の男は間違いない。
前の男だ。
『Why didn't you tell me earlier? It's too late! If you had told me earlier, I… I…』
遙が男をなじるように話しているのが聞こえた。
『何故もっと早く言ってくれなかったの!?もう、遅いの!もし、もっと早く言ってくれてたら、私…私…』
その後は聞きたくなかった。
それは俺との出会いを否定するものだから。
思い出すと胸が抉られるような気分になる。
遙は……俺よりも、前の男の方が大事なのか……?
俺達は出会わない方が良かったのか……?
そう思うとやりきれなかった。
遙の微笑みも。温もりも。
全て失いたくないのに。
焦がれて苦しくなるほどに遙が欲しかったのに。
電話を切った後、遙を酷くなじってしまった。
俺以外の男に目を向けた遙が許せなかった。
あたりは大分日が傾いて、日差しが弱々しくなってきていた。
自販機でMarlboroを買って、封を切り、深く煙を吸い込む。
「MをWに変えた方がいいんじゃねぇか…?」
そう呟き、自嘲的に笑う。
遙とどう顔を合わせればいいのか分からない。
ずっと遙と一緒にいた俺は、行く当てなんてない。
戯れに携帯をいじり、そして、美紀の名を見つけて、俺はダメ元で電話をかけた。
こんな状態で知り合いなんかに会いたくなかったが、それでも、電話をかけたのは。
俺が、遙の前の男のことを何も知らないから。
美紀なら何か教えてくれるかも知れねぇ。
「もしもし、政宗?遙と喧嘩でもした?」
弾んだ声で、あっけらかんと言われて、拍子抜けして思わず笑みが漏れた。
「ああ、その通りだ」
「あらあら。家飛び出しちゃったんでしょ?早く謝ってきなよ。遙、きっと寂しがってるよ?」
行動パターンが完全に読まれていて、これはもう笑うしかない。
口元が思わず緩む。
「Rejection」
「はぁ〜。仕方ないね。話聞いてあげるから。どうしたの?」
「遙の前の男について聞かせて欲しい」
電話の向こうで美紀が息を呑んだ。
「何で元彼の話が出てくるの?」
「あいつが遙に電話してきたからだ」
「マジ、うっそ!?あちゃ〜。うん、政宗が怒るのも分かるけど…。でも、あんまり聞かない方がいいよ?」
それまで滑舌良く話していた美紀が口ごもる。
遙の元彼の話になると、美紀も遙も口を噤む。
「それでもいいから教えてくれ。遙を疑いたくねぇのに、疑っちまう。遙とあいつの間にあったこと、全部聞かせてくれ。俺も今日あったことをあんたに聞いてもらいてぇ」
美紀はしばらく悩んでいる様子だった。
「う〜ん、別にいいけど……。あんまり電話で話すことじゃないから、直接会って話すよ。長くなるし。政宗、今どこ?」
「日本橋って書いてあるぜ」
「分かった。今からそこ行くから待っててね!」
美紀と電話を切って、また煙草に火を点ける。
久々に吸ったMarlboroはほろ苦かった。
⇒Next Chapter
しおりを挟む
top