真相 -2-

煙草を燻らせながら、美紀を待つ。
途中、遙から着信があったが、口を開けば遙をなじってしまいそうで、俺は保留ボタンを押した。
遙の傷ついたような表情が脳裏に浮かぶ。
それでも、今、遙と話すわけにはいかなかった。

「ごめ〜ん!急いで来たんだけど、待った?」
「まあ、そこそこな」

美紀が息を切らせながら走ってくる。

「じゃあ、ちょっとそこのカフェに移動しよう」

俺達はカフェに入って、冷たいコーヒーを頼んだ。
そして、窓際の席のソファに身を沈める。
美紀は心配そうに俺の表情を伺っていた。

「相当参ってるね」
「当たり前だ。心底惚れた女に裏切られたんだからな」
「裏切られたって……。何かあったの?その電話で」

俺は、帰宅してから見たものを、包み隠さず美紀に話した。
美紀は、じっと聞いていたが、溜息を一つ吐くと、「なるほどね」と呟いた。
落としていた視線を上げて美紀を見る。
美紀は困ったような表情をしていた。

「遙の悪い癖だよね…。政宗が怒るのも分かるけど。遙の台詞に深い意味はないよ?」
「深い意味はねぇ!?でも、あの台詞は……」
「ストップ、ストーップ!政宗の言いたいことも分かるけど、遙の親友として、これは弁解させて。あれは、遙の元彼が悪いんだから」
「元彼……?あいつが何かしたのか!?」
「うーん、遙がどんな台詞に対してそういう事言ったかは、憶測に過ぎないんだけど、まあ、大体分かるよ。後で確かめればいいだけのことだし。それには、元彼の事を説明しないといけないか……。はぁ……」

そこで、美紀は、深い溜息を吐いた。

「そんなに悪い男だったのか?」
「うーん、確かにそれもあるけど……。私……政宗が自分に重ねて見てしまって悩むんじゃないかってそれが心配で……。遙はそれに気付いてないかも知れないけど…。でも、気付いてるかも知れないね。だからきっと遙は政宗に何も言わないんだよ」
「俺が……?」

美紀は俺の表情を窺うようにして、俺の顔を覗き込んだ。

「いい?これはあくまでこの世界の話。政宗は状況が違うから、自分と重ねて見ないでね。ね?」

じっと邪気のない視線で見つめられて。
俺は頷いた。

美紀はまた溜息を吐くと、ようやく話し出した。

「遙がAndyと出会ったのは、2年くらい前かなぁ。遙には妹がいるんだけど、4年くらい前にアメリカでホームステイをしたのね。他所のお宅に滞在するものだと思ってくれればいいよ。それで、2年前、ホストファミリーだったAndyが今度、日本に来ることになったの。妹さん、英語いまいちだったから、遙が実家に呼び出されて通訳していたみたい。そこで、何があったか知らないけど、Andyは遙に惚れて、猛アタックして二人は付き合うことになったの。まあ、ここまではいいんだけど、そこからが問題だね……」

美紀は頬杖を付き、視線を落としてじっと考えながら、口を開いた。

「遙が東京に戻ることになって…。Andyもアメリカに帰るはずだったの。もう、日本のホームステイ期間も終わってて。あいつはお金も持ってなかったし。でも、あいつが、まだ遙と一緒にいたいって言い出して。遙もその頃にはAndyにぞっこんだったみたいだから。すごく優しくて、甘い台詞をね、ほら、英語だからさ、言うわけだよ。そういうのに遙、慣れてなかったから、何か新鮮だったみたいで。すごく優しい人って思っちゃったんだろうね。それに最初の頃、結構プレゼントとかももらっていたみたいだし。安心してたのかな。滞在中の諸経費は全部遙が持つから、もう少し一緒にいるって事になったんだよ。後で返してもらう約束で」
「滞在中の諸経費…?」
「タダでご飯食べたり電車乗ったり出来ないでしょう?」

遙が俺のために食事に連れていってくれたり、色々物を買ってくれていた事を思い出す。

「遙、実家は確かに金持ちだし、そういう生活費、勿論親からもらっているってのもあるけど、基本的に自分で仕事して稼いでるからね。生活費なんて必要最低限しかもらってないはずだよ。そこに寄生して、Andyは、まあ言っちゃあなんだけど、遙の愛情を盾にとって、結構遙と遊びまわっていたみたい。でも、遙は期待してたの。ちゃんと約束したから、返してもらえるって。あの子純真でしょう?」

俺は頷いた。
遙と一緒にいて思うこと。
あいつには、打算的なところがない。
真っ直ぐで、そして、真っ白で、穢れがない。

「で、結局返って来なかったわけか?」
「んー、まあ、結論から言うとそうなるんだけど。滞在した分のお礼がしたいからって、今度は遙がアメリカに遊びに行ったの。私も一緒に。仕事が出来ない理由を色々つけて、あいつ、遙に返す気なんてなかったよ。まあ、家に問題があったといえばあったんだけど。あいつの親、家事全般あいつに押し付けていたからね。学校も満足に通えなかったみたい。それで仕事が出来なかったってのもあるけど。でも、やろうと思えば出来たんだよ?あいつ、遙が同情していることに甘えてた。結局、向こうの滞在中も、向こうの家族の食費とか、遙が払ってたな。遙もそれは問題だと思って、あいつのその癖、一生懸命直そうとしてた。ほら、遙って困ってる人見てると放っておけないから。じゃないと、きっと政宗の事だって家に置いておかなかったと思うよ?あ、政宗様は特別だから、違うか」

美紀はいったん言葉を切り、そして、哀しそうな顔になった。

「確かに、遙はAndyに溺れていたとも言えるけど。それよりも、自分が何とかしてあげなきゃって思ってたんだと思う。共依存って言うのかな。この人は、私がいないとダメなんだって。自分の存在価値をそこに見出していたみたい。Andyは遙が諭すと素直になって。今度こそ君のためにしっかり働くって。遙の欲しい言葉をいつも囁いていたから。それを愛だと思ったのかなあ。確かに愛し合っているようには見えたけどね。『俺には君しかいない』ってずっと囁かれてたら、そりゃ遙なら情に絆されるよ。あの子、優しいから。何とかしてあげなきゃって。親に好き放題されて、孤立していた彼を支えてあげなきゃって思っていたんだと思う。母のような愛って言うのかなあ。うん、そういう意味では、遙はいつもAndyの事を心配していたし、そして愛してもいた。遙もAndyに必要とされてきっと幸せだったんだよ。あいつ、女の子の扱い上手かったから。すごく愛されている気分になるの。Andyも遙の優しさに溺れてたな。でもね、私から言わせてみれば、そんなのただの甘えだよ。やろうと思えば出来るのに、あいつはしなかった。遙に甘い言葉を囁いて、そして、遙に依存して甘えていただけなんだから。何度かお互いを行き来していくうちに、とうとう遙も痺れを切らしたの。遙に依存して、働かなくて享楽的な彼に。お金ないくせに遊ぶのは貪欲だったからね。しかも遙に払わせて。電話だって…国際電話、今は安いからそうでもないけど、大変だったみたいだよ。それで、遙は彼に電話をするのを止めたの。それが、政宗と出会う2ヶ月前の事。遙は、それで彼に変わって欲しかったみたい。なのに、Andyは遙を裏切った」

美紀はそこで、怒りを露にした表情になった。

「あれだけ遙は尽くしたのに。遙の事を冷たいって。それで一方的に遙を振ったの。遙は、きちんと話をして、お互いに分かり合いたかったみたいなんだけど。その機会すら与えられなかった」

美紀はいったん言葉を切ると、また憂いを帯びた表情になった。

「その後の遙は……政宗も知っての通りだよ。憔悴しきっていて…。そこに政宗が現れたの。……こんな事言ったら政宗に失礼だと思うけど、私、心配した。Andyの二の舞になるんじゃないかって。勿論、政宗に働く気がないとかそういう事は思ってないよ?だって状況が全然違うもの。政宗は本質的に人間が違う。人の上に立つ人間だもの。でもね、客観的に見ると、状況はすごく似ているから…だから、心配だった……」

遙の前の男がそういう男だなんて知らなかった。
俺と重なる。
俺は享楽的な人間ではあるが、それでも、自分の分をわきまえている。
人に依存したりしない。
でも……この世界で何の力も持たない俺は、やはり遙の前の男とさほど変わらないように見えた。

「遙があんな事を言ったのはね、きっと、彼が立ち直るのが遅すぎたからやるせなくなって出た言葉なんだと思うよ。遙、ずっとずっと我慢してたし。すごく頑張っていたから。やっと実を結んだのに、もう、政宗と出会ってしまっていた。遙は勿論、それを後悔なんてしてない。この間写真を撮った時、遙、すごく幸せそうだった。依存しているとかそんな感じじゃなくて。本当に恋する女の子だったよ。遙の笑顔、眩しかった。政宗、Andyと遙が写ってる写真見たでしょう?遙の表情、違ったでしょう?私、嬉しかったよ。ところで、政宗、遙の台詞の続き、結局聞いたの?」

言われて気付く。
俺は一方的に遙をなじっていて。
遙がよりを戻したいと思っていると思い込んでいたから。
遙の台詞を聞かなかった。

美紀はやれやれと溜息を吐いた。

「ちゃんと聞いてあげなきゃ。遙の台詞の続きはね、きっとこうだよ。『もし、もっと早く言ってくれてたら、祝福してあげられたのに。』もしくは、『傷つけあわずに済んだのに』かな」

俺は目を伏せた。

俺は、結局…。
遙を愛していると言いながら…。
遙を信じることが出来なかった……。
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