「んー、それなんだけど、ここだと見えないんだよね。というか、美紀にも見えるかも知れないから、心の準備をしてね」
「なんか緊張するけど、わかった」
「じゃあリビングに入って」
私は美紀を連れてリビングに入った。
そこにはテーブルの前に座った政宗がいる。
美紀はリビングに入ったところで固まった。
「遙…。いつの間に男を連れ込んだの?」
「やっぱり美紀にも見えるんだ…」
「見えるよ!!幻覚なんかじゃないよ!!てか、この人誰?」
「Hey, girls。盛り上がっているところ悪いが、自己紹介してくれねえか?」
二人の視線が私に集中した。
どう説明すればいいのだろう。
「美紀。あの眼帯をよーく見て。あの顔も。どこかで見たことあるでしょう?」
「眼帯?右目にしているね。あれって刀の鍔?あはは!独眼竜政宗みたい!!…ってか、顔もよく似ているね」
「Oh, あんたも俺のこと知っているみたいだな。俺は奥州筆頭、伊達政宗だ」
部屋の空気がピシリと音をたてて固まったような気がした。
美紀がゆっくりと私の方を振り返る。
「あの声、あの顔、どうみても伊達政宗だよね?自分で名乗ったよね!?これってどういうこと!?何でBASARAの政宗がここにいるの!?」
「しーーーっ、美紀!!」
私は美紀を引っ張り、耳元で囁いた。
(自分がゲームの中の人間だって言われたら傷つくでしょう?だからそのことには触れないで)
(あ、そっか。ごめんごめん)
私たちの密やかなやり取りを、政宗は怪訝そうな目でじっと見ていた。
美紀がにっこりと笑顔を浮かべて、政宗の方を振り返った。
「私は藤原美紀。遙と同じ大学の医学部生よ」
「美紀か。いい名だな。Nice to meet you」
「Nice to meet you, too」
「ところで大学って何だ?」
そう言えば、昨日、medical school studentって自己紹介したけど、あれじゃあわからないか。
「政宗、大学っていうのはね、学問を学ぶところなの。私たちは医学部だから6年間学ぶんだけど」
「そうそう。日本には血で血を洗う戦争はないけれど、受験戦争っていうのがあってね。いい大学に入るために血の滲むような努力をしないといけないのよ。遙も私もその受験戦争を乗り越えて、この国最難関の大学に見事合格したわけ。宗の時代の科挙みたいなものだと思ってくれればいいわ」
「宗の科挙か…。I see。あんたたちは、eliteってことだな」
「そういうこと」
「美紀、私、そういう話、あんまり好きじゃないんだけど…」
「遙はもっと胸張りなさい。エリートの上、生まれもいいんだから」
美紀は私にパチンとウィンクをした。
やれやれと私は溜め息をつく。
「ところで遙、これで幻覚という線は消えたわけだから、何故政宗がここにいるか考えないと」
美紀は腕組みをして考え込んでいる様子だった。
「うん、そうなんだけどね、心当たりは、PS2しかないかなあ」
私はテレビをつけて、PS2の電源を入れた。
ハードが立ち上がるが、ソフトが読み込めない。
「あー、これ、故障?」
「うん。政宗がこっちに来てからずっとこうなんだ」
「じゃあ、PS2の故障で政宗がこっちに来ちゃったってこと?」
「それしか考えられないと思う」
「What the hell is that?」
政宗が興味深そうにPS2とテレビを交互に眺める。
「PS2っていうゲーム機なんだけど、多分、これが政宗の世界と繋がっているんだと思う…」
「ねえ、遙。思ったんだけどさ、新しいPS2でBASARAを立ち上げたら元に戻るんじゃないかなあ?」
「それはないと思う。それなら美紀の家でプレイしても政宗が帰れることになるでしょう?」
「そう言われてみれば、そうか。私、昨日BASARAプレイしたけど何も起こらなかったもんなあ。じゃあ、このPS2を修理に出さないとダメってこと?」
「多分…」
「じゃあ、何も悩むことはないよ。これを修理に出せばいいんじゃん」
修理に出したところで政宗が帰れる保証などない。
しかし、それしか方法が考えられなかった。
「遙、修理に出している間、政宗どうするの?」
「ん?私のせいかも知れないし、政宗はうちで面倒見るよ。それくらい問題ないし。部屋余っているし」
「でも、遙、彼氏と別れたばかりで辛くない?政宗と同棲することになるんだよ?」
同棲という生々しい響きに私は頬を染めた。
今朝、間違えてキスまでしてしまったのだから、今更照れることもないのだろうけれど。
「うん、大丈夫…。政宗が帰れるまで私が責任持つ」
じっと私たちのやり取りを聞いていた政宗がおもむろに口を開いた。
「帰れるって、いつになるんだ?」
帰れる保障なんてどこにもないけれど、もしPS2の故障が原因だったら修理が完了すれば政宗は帰れるだろう。
こちらで時が流れても、ゲームは中断されたままだから、きっと政宗は元の合戦場に戻ることになるだろう。
少し不安そうな政宗を安心させるように微笑みかけて私は答えた。
「多分、一ヶ月くらいかな?こちらで一ヶ月経ってもあちらの時間は止まったままだと思うから心配いらないよ。政宗が失踪したままだと小十郎が心配するからね」
「Oh, 元いた場所と時間に戻れるなら問題ねえな。問題は、あんたに世話になるってことだが…」
政宗はホッとした様子だったが、また表情を曇らせる。
私は政宗の目を真っ直ぐに見て答えた。
「大丈夫。一人も二人も家事の量はあんまり変わらないし。政宗を放っておけないよ。だから、うちにいて?私の責任かも知れないんだから」
「あんたのせいじゃない、気にするな」
政宗は私の頭をくしゃりと撫でた。
その温もりに心がふわりと温かくなる。
その様子を見て、美紀が頭を振った。
「あー、もう、政宗タラシみたいだし心配だな。遙、本当に大丈夫なの?遙は女の子なんだよ?」
「大丈夫だよ。男の人と住むのは初めてじゃないから」
そう言葉にすると胸がきりりと痛んだ。
また元彼のことを思い出す。
私は顔を見られたくなくて俯いてしまった。
「ほら、まだ元彼のこと引きずってるじゃん」
「美紀、遙のことなら俺に任せろ。ただで世話になる気はねえ。前の男のことなんて忘れさせてやるよ」
「すぐにいなくなっちゃうくせにそういうこと言わないの。遙が政宗に夢中になってまた別れなきゃいけなくなったら、遙が傷つく」
果敢に政宗に言い返している美紀の腕を私は取った。
政宗の温もりを思い出す。
久方ぶりの温もりを私は失いたくなかった。
例えそれがかりそめのものでも。
「やめて、美紀。私が政宗といたいの。だから大丈夫、ね?」
縋るように美紀を見つめる。
美紀はしばらく私の目を真っ直ぐに見つめていたが、やがて、仕方がないという風に頭を振った。
「遙がそう言うなら仕方がないね。何かあったら連絡するんだよ?それから、政宗、遙を泣かせたら許さないからね」
「こんなに可愛い女を泣かせるかよ。世話になるしな」
ニヤリと余裕の笑顔を浮かべる政宗を見て、美紀はやれやれと溜め息をついた。
「じゃあ、早速、PS2を修理に出しに行こうか」
「うん、そうだね。政宗一人ここに置いておけないから一緒に行こう」
「でも、その眼帯、目立つよ?」
政宗は少し傷ついたような顔をした。
「美紀!そういうこと言わないの!大丈夫。私が何とかするから、ちょっと政宗、こっち来て」
私は政宗に、元彼のブラックジーンズとVネックのサマーセーターを渡した。
そして、政宗の着替えを手伝う。
それは驚くほど政宗の身体にぴったりだった。
Vネックのセーターからのぞく鎖骨がセクシーだ。
丈を心配していたブラックジーンズも、長さがぴったりで、すらりとした脚を強調している。
「政宗、すごく似合うよ」
「Thanks。この着物、動きやすいな」
政宗はそう言うと至極嬉しそうに笑った。
私もつられて笑うと、今度はアクセサリーを取り出す。
ゴシックでごつい装飾を施されたシルバーのロザリオを政宗の首にかける。
そして、同じくゴシックなイヤーカフスを政宗の耳につけていった。
「これは何だ?」
「装飾品。これをつけてればその眼帯も目立たないから」
「Oh, gotcha(わかった)。Good idea」
支度が済むと、政宗を連れてリビングへ戻った。
政宗を見た美紀が目を丸くする。
「ちょっ、遙!!めちゃめちゃ似合ってるじゃん!!それなら眼帯もアクセサリーの一部に見えるよ?」
「でしょう?私も想像した以上に似合っててびっくりした」
筋肉質な細身の長身を、全身黒い服に身を包み、その眼光と同じくらい尖ったアクセサリーはまるでそれが政宗の所有物かのように似合っていた。
政宗は満足そうにニヤリと笑った。
思わず見蕩れてポーッとしてしまう。
そんな私を美紀がつついた。
「ほら、遙も早く支度して。もうすぐ出かけよう?」
「うん、わかった」
私もブラックジーンズと赤いホルターネックに着替えた。
リビングに戻ると、政宗がひゅうっと口笛を吹いた。
「背中が眩しいぜ。他の男にその肌を見せるのはもったいねえほどだ。まあ、それが異世界の着物なら仕方がねえが。すごく似合ってるぜ」
「もう、からかわないでよ。じゃあ、出かけようか」
私はPS2を紙袋に入れると、政宗、美紀と連れ立って電気屋に向かった。
⇒Next Chapter
しおりを挟む
top