私は、うーんと唸りながら目をこすり、寝返りをうち、隣に横たわる人物の唇にキスを落とした。
「Good morning」
そう囁いた言葉はすぐにかき消えた。
すぐに唇を奪われたから。
柔らかく啄ばむような気だるい口付けに酔いしれながらも、頭の隅で何かがおかしいと告げている。
私は、彼と別れたのではないか…?
まだ覚醒しきっていない頭をどうにか働かせて目を開いた。
目に飛び込んできたのは刀の鍔の眼帯と、玲瓏な美貌。
慌てて私は政宗の胸を押し返した。
「ご、ごめんなさい!!私、何てことを…!!」
政宗は唇の端を吊り上げてニヤリと笑った。
「Good morning。随分熱烈な挨拶じゃねえか。あんたの世界ではおはようのkissをするんだな」
「そんなことないよ!!特別な人としかしないよ!!」
「Oh…じゃあ、俺はあんたにとって特別な人ってわけか?」
「だから、間違えたんだってば…。本当にごめん…」
しゅんとして俯いてしまった私を政宗はぎゅっと抱き締め、耳元で囁いた。
「特別な人って…男か?」
「うん…」
「そうか…。そいつがいるのに悪いことしたな…」
「いいの。もう別れたから。終わったことなの…。政宗が悪いんじゃない…」
お互いの間に気まずい空気が流れる。
それを打ち破るように、私の携帯から音楽が流れ出した。
政宗はビクリと身体を震わせて、目つきを鋭くした。
「後で説明するから待ってて」
私は政宗の腕の中から抜け出すと、テーブルの上に置いてある携帯を手に取った。
「もしもし、美紀?」
「おはよう、遙。幻覚の方はどう?」
「うーん、まだダメみたい」
まるで独り言を言っている様な私をあっけにとられたような顔で政宗が見つめている。
私は苦笑いをしながら美紀との会話を続けた。
「そっか、困ったね…。あと1時間くらいでそっちに着きそうなんだけど、大丈夫?」
「うん、いいよ。わかった。待ってるね」
「じゃあ、また後でね」
「うん、ばいばい」
電話を切ると、すぐに政宗が声をかけてきた。
「What the hell?(一体何なんだ?)」
「これは携帯電話。遠くに離れた人と会話出来るんだよ」
「Really?Kick ass!!(すげえな!!)これがあれば伝令兵なんていらねえな」
キラキラと目を輝かせる政宗は少し可愛らしかった。
思わずくすりと笑みをこぼしてしまう。
「あんた、そうやって笑っている方がいいぜ」
「え?」
政宗は唇の端を吊り上げて笑うと、私を抱き寄せた。
「やべえ。あんたのsmileにぐっときたぜ。惚れちまいそうだ」
耳元で囁かれて私の身体がかっと熱くなる。
「もう、政宗はいつもそう言って女の人を口説いているんでしょう?からかわないでよ」
私は政宗の腕から逃れようともがいた。
「俺に向けられるのは媚びた笑顔ばかりだ。あんたの笑顔は何か安心する」
政宗は私の首筋に顔を埋めて囁いた。
その声音が心底ほっとしたような響きで。
私の凍りついた心がほんのりと溶けていくのを感じた。
でも、きっとこれは、異世界で心細い思いをしている政宗が私に依存しているだけ。
私は政宗をそっと押し返した。
「これから私の友達が来るから、ベッドを片付けて朝ごはん食べよう?政宗は座ってていいから」
「Okay。もう少しこうして抱き合っていたかったけどな。仕方がねえ。飯を作るなら手伝ってやるぜ?」
「うーん、じゃあ、とりあえずキッチンで見ていてよ」
私はベッドを片付けてソファの形にするとキッチンに向かった。
政宗も後をついてくる。
昨日のうちにご飯は炊いてあるので、鮭を焼いて味噌汁を作るだけだ。
冷蔵庫にほうれん草のおひたしが作ってある。
私が冷蔵庫を開けると、政宗は興味津々にのぞいてきた。
「Wow!!この中、氷室みてえに冷てえな!」
「うん。冷蔵庫って言うんだよ。食べ物が長持ちするの」
私は鮭をグリルに入れて焼き始め、鍋に湯を沸かして出汁パックを入れた。
ガスの火を見て政宗がまた声を上げる。
ああ、もう、本当に可愛いなあ。
私はくすくすと笑いながら出汁に味噌と豆腐と油揚げを入れ、追い鰹をした。
そして、出来上がった料理を皿に取り分け、テーブルの上に並べる。
「すげえ!あっという間だな!朝から豪勢だぜ!」
「そう?普通だと思うけど…。政宗がいるからちょっと頑張ったかな」
「Thanks!!美味そうだぜ」
私たちは向かい合わせに座って朝食を食べ始めた。
政宗の背筋はぴんと伸びていて、とても上品な食べ方をする。
流石殿様だ。
着ている服がバンドのロゴ入りTシャツで、どこから見てもバンドマンだけど。
私は政宗に見蕩れながらゆっくりと朝食をとった。
こんなにゆっくりと味わいながらご飯を食べるのは久しぶりだ。
やっぱり誰かと一緒に食べると一段と美味しく感じる。
「この味噌汁、うまいな。味噌以外に何か入っているだろ?」
「うん。出汁が入っているからね。かつおといりこと昆布」
「へえ。それでこくが出てるんだな。この野菜にもその出汁ってのが入ってるだろ?」
「うん。あと醤油ね。醤油は大豆から作られるんだよ」
「流石異世界だぜ…。俺のいた世界にはないものがたくさんあるんだな」
政宗は始終感心しながら朝食を食べ終えた。
私も食べ終わり、食後のお茶を淹れる。
流石にこれは政宗が普段飲みつけている茶の方がおいしいだろうな…。
「粗茶だけど、どうぞ」
「Thanks」
しばらくの間、私たちは無言でお茶をすすった。
そっと政宗の方を盗み見る。
すっきりとした鼻筋に、睫毛の長い、鋭い眼光。きりりとした眉。
溜め息が出るほど美しい。
黒地に派手なロゴの入ったTシャツが憎いほど似合っている。
私の視線に気づいた政宗がニヤリと笑った。
「Hey。どうした?俺に見蕩れたか?」
「ん?Tシャツが似合ってるな、と思って。お茶、あんまりおいしくなくてごめんね」
「いや、美味いぜ。それにしても…」
「何?」
「夢じゃねえのか、これは。寝て起きても事態が変わらねえ」
「そうだね…。美紀が…、んと、友達が来ればきっと何かわかると思うんだけど」
「そうか…」
また無言でお茶を飲んでいると、インターフォンがなった。
政宗が目つきを鋭くして、膝立ちになり、構えをとる。
「政宗、これは友達が来た合図だからそんな警戒しないで」
「驚いたぜ。敵襲かと思った…」
「ふふっ、この国にはそんな敵はそうそういないから安心して」
私はインターフォンの受話器を取った。
オートロックのマンションの入り口がモニターに映し出される。
美紀だ。
「遙ー。開けてくれる?」
「うん、わかった」
私は開錠のボタンを押して、受話器を元に戻した。
そして、部屋の鍵を開けて待つ。
ほどなくして美紀がドアを開けて入ってきた。
私は玄関まで美紀を出迎えた。
しおりを挟む
top