Cherish -2-

元彼の服も全て捨てて。
新しい写真立てを買い足して。
部屋をたくさん政宗の面影で満たして。
私達の新しい生活が始まった。

二人で買い物に出かけたり。
食事に出かけたり。
一日中家で抱き合ったり。

政宗と触れ合って、傍にいるだけで幸せだった。

ずっと政宗の傍にいたかったけど、残りの課題を済ませるために、私はもう一度大学に行かなければならなかった。

「政宗、どうする?一緒に大学に来る?」
「Ah〜、お前の大学に興味はあるけど、書庫のsecurityが厳しいんだろ?お前と一緒にいられねぇ。きっと退屈するから、一人で行って来い。何かあったら携帯に連絡しろ。俺も出かけてくる」

私がいない間、政宗がどこで何をするつもりなのか、全く分からなかったが、もうすっかりこの世界に馴染んでいる様子だし、心配はなさそうだ。
一人でのんびりウィンドウショッピングでもするつもりなのかも知れない。

何せ、政宗様だから。

政宗の伊達男っぷりには本当に驚かされた。
今度はどんなサプライズが待ってるんだろうと、ふと笑いがこみ上げてくる。
今までは、私が政宗を守らなきゃと思っていたけれど。
いつの間にか主導権は政宗に握られている。
それが酷く心地よかった。

「そう?じゃあ、終わったら連絡するね」
「俺も出かける支度をするから一緒に出ようぜ」

私も政宗に買ってもらったワンピースに着替える。
政宗は、黒いパンツにレーヨンの柔らかいシャツに着替えてきた。
寛げられた襟から綺麗な鎖骨がのぞいている。
その上に、ロケットとロザリオが揺れていた。
まるでヴィジュアル系のミュージシャンのようだ。
こういう服を、本能的に選んでしまうのだから、政宗って根っからの伊達男だと思う。

「はぁ……。政宗って本当に様になるよね……」

政宗は満足そうに笑う。

「惚れ直したか?」
「もう、惚れっ放しだよ。この間から驚かされっ放し」
「独眼竜は伊達じゃねぇ、you see?」

私を抱き寄せると、軽く唇にキスを落とす。

「お前も可愛いぜ。少しelegantでpureなのがお前に似合う。……やっぱりもう少し地味な格好で大学行くか?心配になってきた。一人で外を歩かせたくねぇ」

満足そうに笑っていたのに、本気で心配そうな表情になる政宗に、私は笑ってしまった。

「大学行くだけだもの。言ったでしょう?Securityが厳しいって。だから大丈夫。出来れば、もう大学に行かなくて済むようにしたいから、少し遅くなるけどいい?」
「ああ、いいぜ。あんまり遅くなるようだったら迎えに行く」
「ありがとう。じゃあ、行こうか?」

私達はマンションを出て、駅までの道をのんびりと歩いた。

「政宗は、今日はどこに行くの?」
「日本橋を少しぶらぶらしてから、銀座に行くつもりだ」
「銀座……」

政宗の目を引きそうなものがたくさんある場所だ。

「気をつけないと散財するからね?」

政宗はニヤリと笑うと私の頭をぽんぽんと撫でた。

「Don't worry about me. ぶらつくだけだ」

そう言いつつも、エルメス、アルマーニ、ダンヒルなどと呟いているから本気で心配になる。
私が心配そうに見上げると、政宗はプッと噴き出した。

「冗談だ。無茶はしねぇよ」
「脅かさないでよ…」

はぁっと溜息を吐くと、政宗は笑みを深めた。

「早く課題を終わらせて来い。迎えに行くから」

そう言って私の額にキスを落とすと、政宗は駅の乗り換え案内図を見上げる。

「路線が違うから、ここで別れなきゃならねぇな。Hey, 遙…」

政宗が私に視線を戻す。

「ん?なぁに?」
「絶対に今日中に課題終わらせて来い。明日一日空けろ」

政宗の声は静かだったけれど、有無を言わせない響きがあった。
急に改まってどうしたんだろう?
私は、少し不安になって政宗を見上げた。

「いいけど、どうして?」

政宗は口元をフッと綻ばせて笑った。

「明日は青山でデートだ」

先ほどの真剣な声音とは打って変わって、楽しそうな口調で言われて私は拍子抜けした。

「銀座の次は青山…。本当に政宗らしいね。いいよ、政宗一人で行かせたら心配だもん、色々……」
「Hey, 色々って何だ。言ってみろよ」
「だってだって、お金の事とか……それに……政宗、カッコ良くて目立つから、モデルのスカウトとか逆ナンとか心配だもん」

『お金』と聞いて、少し心外そうに口を尖らせた政宗だったが、仕舞いにはくすくすと笑い出した。

「妬いてくれて嬉しいぜ。安心しろ。お前以外の女なんて目に入らねぇよ」

そっと私を引き寄せ、頬に口付けると、政宗は背を向けて手をひらひらと振った。

「See you later」

こうして、政宗と別行動をすることがなかったので、改めてその後姿を見送って、思う。
やっぱり政宗は天下の伊達男だと。
均整の取れた身体は遠目にもハッとするくらい目を引く。
まるで芸能人だ。

ああ。
本当に政宗一人で出かけさせてよかったのかな…。

私は不安に思いながら、さっさと資料を揃えるために大学へ向かった。

課題の内容を吟味しながら、レポートのプロットを立てていく。
資料を漁りながら、なるべく家でも出来るように、コピーを取ったり、論文をダウンロードしたりしていく。
二つ残っていた課題の資料を揃えて、何度も足りない資料はないか確認しているうちに、時間はあっという間に過ぎ去り、あたりは少し暗くなってきていた。
私はいったん図書館を出て、政宗に電話をかけた。

「どうした?終わったか?」
「うん。もう、帰れるよ。後は全部家で出来るから。政宗は今どこ?」
「お前の部屋にいる。今夕餉の支度をし終わったところだ。いつでも迎えに行けるぜ」

思ったより政宗の帰宅が早くて、心配していた私は拍子抜けした。
いくら政宗でも銀座で夜遊びはしないか。

「じゃあ、図書館で待ってる。駅に着いたら連絡して」
「Alright」

いったん電話を切って、図書館に戻ると、私は帰りの支度をした。
そして、研究棟のロッカーに専門書と試験の過去問をいくつか置いてあったのを思い出して、私はロッカーへ向かった。
なるべく政宗と一緒にいたい。
どうせ勉強するなら、政宗の気配を感じながら勉強したかった。

ロッカーを開けていると、政宗からメールが入った。

『もうすぐ駅に着く。お前は?』
『私はもうすぐ大学出るところ。大学広いから、少し時間がかかるかも知れない。今、医学部研究棟にいるの』
『分かった。待ってるから早く来いよ』

メールを返信すると、私は専門書とプリントをバッグにしまい、研究棟を出た。

「遙、今帰り?」

後ろから声をかけられて振り向くと、そこには来栖君がいた。
にっこりと笑っているけど、なんだか冷たい印象を受けて、思わず顔が強張る。
あの花火の日のことを思い出す。
私は上ずりそうになる声で、早口に答えた。

「うん。もう遅いし」
「良かったら一緒にご飯食べて帰らない?」
「ごめん。今日は約束があるから……」

さっきまでは少しは明るかった辺りがもうすっかり暗くなっていて。
大学の構内は明かりが少なくて、人気も少ないから、少し怖い。

「ごめん、帰るね…。また今度」

これ以上、来栖君と何を話せばいいのか分からなくて、来栖君に背を向けて歩き出そうとすると、手首をつかまれた。

「今度っていつ?」
「それは……」

来栖君と二人で出かけるなんて考えてもいなかったので言いよどむと、来栖君は少し眩しそうに私を見た。

「遙、しばらく見ないうちにすごく綺麗になったよね。藤次郎のおかげ?あいつに抱かれたから?」
「来栖君、止めて……!!」

手を振りほどこうとすると、逆に引き寄せられ。
肩からバッグがずり落ち、どさりと地面に落ちる。
そして、私は来栖君に抱き締められていた。

「何であいつなんだよ!!あいつ、普段は仙台にいるんだろ?何でまた遠距離恋愛するわけ!?遙があいつにそばにいて欲しい時でも、あいつは遙のそばにいられない!!」

来栖君は搾り出すような声で言った。

聞きたくない。
こんなの聞きたくない。

政宗との別れのことはどんなに楽しい時でも、頭の隅にあった。
でも、考えたくなかった。
政宗の温もりを永久に失ってしまうことなんて考えたくなかった。

「っ……放してっ!!」

身を捩って抵抗すると、来栖君はますます私を強く抱き締める。

「遠距離恋愛のカップルがなかなか上手く行かないってことぐらい知ってるだろ!?俺、遙が寂しそうな顔してるの、見てられないんだよ!俺ならずっとそばにいられるのに!大学もずっと一緒で。インターンだって。遙も博士課程に行くんだろ?あと何年も、結婚出来る年になるまでずっとずっとそばにいられるのに!なんであいつなんだよ!!」

来栖君の想いが胸に突き刺さる。

でも……。

傍にいられれば誰でもいい訳じゃない。

私が傍にいて欲しいのは…。
私が抱き合ってキスを交わしたいのは…。
愛を囁き合いたいのは…。


この世に政宗ただ一人だけだから。


身を捩って抵抗していると、不意に後ろに身体がぐいと引かれて来栖君から解放さると、私は温かな腕の中にいた。

「それは遙が俺以外の男を愛せないからだ。悪ぃ、遙。遅くなった」

ずっと焦がれていた声がすぐ耳元でして、私はようやく緊張が緩んで、涙が出そうになった。
来栖君は私を抱き締める政宗を睨み付けると、私に視線を戻した。
そして薄く笑う。

「遙も薄情だよね。あんなに前の彼氏の事、好きだったのに、すぐに忘れられるんだから。藤次郎ともそうなるんじゃないの?」
「違う!」
「どう違うの?俺に分かるように説明してよ」

意地悪く揶揄するように言われて、私は言葉を捜して口を噤んだ。
理性的な来栖君を納得させられるような説明は何も浮かんでこない。
私と政宗の間にあるのは、見詰め合うだけで幸せになるとか、そういう情緒的な感情だ。
二人を取り巻く環境は、客観的に見ると、これ以上はないというほど最悪だ。
私と政宗はもうすぐ永遠に別れなければならないのだから。

「俺が説明してやるよ」

言葉を捜して俯いていると、政宗が挑戦的に言い放った。
来栖君はハッと政宗の方に視線を移す。

「俺が遙の初恋の相手だからだ。遙は物心ついた頃からずっと俺のことが好きだった。ただ俺がそれを知らなかったから、遙が諦めていただけだ。遙の想いに気付いた以上、俺はもうこいつを離さねぇ。十何年も抱いてきた想いなんて、そう簡単に捨てらるもんじゃねぇんだよ!俺をそこいらの男と一緒にすんなっ!」
「っ……初恋っ……」

初恋と聞いて、来栖君の表情が歪む。

「分かったら二度と遙に手を出すんじゃねぇ。分からねぇなら、今、この場で遙を抱いてもいいぜ。遙の表情を見てればどれだけ俺のことを愛しているか、嫌でも分かるだろうからな。絶対にあんたじゃ引き出せねぇ表情を遙にさせてやるよ」

政宗がぎゅっと私を後ろから抱き締める。
指先でそっと顎から首筋、胸元まで撫で下ろされて、こんな状況なのに、政宗が触れたところから甘い痺れが広がっていって、思わず吐息が漏れる。
恥ずかしくて俯くと、視界の隅で、来栖君は踵を返し、走り去って行った。
後ろで政宗がホッと息を吐くのを感じた。
そして、私の首筋に顔を埋める。

「あんまり俺を心配させんな」
「ごめん……」
「早く帰ろうぜ」

政宗はもう一度強く抱き締めると、私のバッグを拾い上げ、手を繋いで歩き出した。

「どうして私のいるところが分かったの?」
「メールに書いてあっただろ?迎えに行くつもりだった」
「そっか……。それにしても、政宗、あんな嘘、よく思いついたよね……」

感心しながら見上げると、政宗は口元をフッと綻ばせて笑った。

「嘘じゃねぇだろ?」
「え……?」

政宗が初恋……?
だって、私には彼氏がいたんだよ?

「お前はずっと、『政宗様』に憧れてただろ?小さい時から。ただ、俺がお前と出会う前だったから、俺は当然それを知らなかった。嘘じゃねぇだろ?」

本当に物は言い様だと思う。
私は思わず笑ってしまった。
政宗は少し思い詰めたような真剣な表情になった。

「もうどこにも行くな。お前を一人にしたくねぇ」
「うん。もうどこにも行かないよ?ずっと政宗と一緒にいる。ごめんね」

謝ると、政宗は私の手をきゅっと握った。

「早くお前を俺だけのものにしたい」
「え?」

もう、私は政宗のものだとあの鐘の前で誓ったのに。
何故そんな事を今更言うのだろう?

「明日……」

政宗が低い声でかすかに囁いた。

「え?明日……?どうしたの……?」

訳が分からなくて、政宗をきょとんと見上げると、政宗は目を伏せて小さく笑って首を横に振った。

「いや、何でもねぇ。明日のデートが楽しみってことだ」

それから、政宗は話題を変え、銀座で見てきたものの話を面白おかしくし始めたので、私は政宗が呟いた言葉のことなどすぐに忘れてしまった。
政宗の言葉が一体何を意味していたのか、分からないまま……。
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