いつもはなかなかベッドから出たがらないのに、ひとしきりキスを交わすとベッドを抜け出し朝食の支度をする。
そんな政宗の姿を不思議に思いつつも、私は部屋を片付けた。
一緒にキッチンに立って、簡単な朝食を作る。
食事を終えてのんびりしていると、政宗は私を浴室に急き立てる。
「なぁに?どうしたの?」
「青山から表参道、渋谷、代官山まで回りたいから早く支度しようぜ」
「そんな一日に欲張らなくても、順番に行こう?」
「代官山のゴルチェショップには絶対に行く」
そう言えば、ゴルチェは政宗の好きな竜のモチーフが有名だったことを思い出す。
少し前に一緒にネットで商品を見ていた時、政宗はもの欲しそうな顔をしていた。
「はいはい。じゃあ、今日は代官山だけにする?」
「No!青山から順番だ」
政宗が言い出したら聞かない事は、ここ数日でよく分かっていたから、私は内心やれやれと溜息を吐きながらも、そんな政宗が少し可愛いと思って笑ってしまった。
「わかった。いいよ。シャワー浴びてくるね」
政宗が言っていたルートを思い浮かべながらシャワーを浴びる。
長い一日になりそうだ。
表参道は好きだ。
だから、よく特集されるとつい雑誌を買ってしまう。
表参道から代官山まで特集されていた雑誌を、そう言えば政宗が私の勉強の傍らで読んでいたなぁなんて思い出す。
政宗の感覚からするとたいした距離じゃないんだろうけれど、歩くとなると、本当に遠い。
まあ、行けるところまで行くしかないか。
政宗に急かされそうだったので、私はさっとシャワーを浴びて身体を拭くと髪を丁寧に乾かした。
髪を乾かして部屋に戻ると、リビングのソファに、白いカシュクールのワンピースが置かれていた。
政宗と新宿で買ったものだった。
胸元と背中が広くV字に開いていて、ウェストのラインにそってぴったりと綺麗なダーツが入っていて、裾は膝丈で、マーメイド型に少しふんわりと広がっている、エレガントなワンピースだ。
店で試着した時に、政宗が少し眩しそうに目を細めて眺めていた事を思い出す。
「政宗、このワンピース気に入ったんだ」
「ああ。涼しげでいいだろ?それに、pureで天使の羽が似合いそうだ」
政宗は満足そうにワンピースを眺めると、立ち上がった。
「俺もシャワー浴びてくる。そのdressに似合うpureなメイク、期待してるぜ」
私の頬に軽くキスを落とすと、政宗は部屋を出て行った。
私も着替えるために、奥の部屋に入った。
ワンピースに着替えてから、鏡をじっと見つめる。
折角白いワンピースだし、髪は結い上げた方がいいかな。
ベージュとピンク系のグラデーションのシャドウがいいかも知れない。
髪を結い上げて、少しだけ毛束を垂らす。
丁寧に下地を作って、薄めにファンデーションを塗る。
厚塗りにならないように、ふんわりとシャドウを重ねていく。
控えめにアイライナーを入れて、マスカラでしっかりと睫毛を長く見せる。
シェーディングとハイライトをふんわりとブラシで乗せる。
唇の色に近いルージュを塗って、最後にピーチのチークを少し乗せると、ナチュラルに仕上がった。
政宗の希望通り……かな?
リビングに戻ると、政宗も支度を終えたところだったらしい。
私を見ると政宗は眩しそうに目を細め、ふわりと笑った。
「遙、綺麗だ…。You look like an angel.」
そう囁いて、私の頬をそっと撫でる。
政宗はスーツを着ていた。
黒いスーツに白いシャツの襟元を寛げて着こなせるのだから改めて感心してしまう。
本当に日本人離れしている。
一歩間違えばホストのような格好なのに、どことなく品が漂うから政宗はやっぱり伊達男だと思う。
まさか政宗がスーツを着ているなんて思わなくて私は驚いた。
「政宗、どうしたの?スーツなんて着て」
「Ah〜?お前の服装に合わせただけだ。Elegantでいいだろ?」
本当にこんなにおめかししてどこに出かけるつもりなんだろう。
私は思わず笑ってしまった。
「うん、elegantでいいけど、どこに行くつもり?こんなにおめかしして」
「表参道行くだろ?オープンカフェでゆっくりブランチしてぇ」
きっと政宗は道行く人たちの視線を独占してしまう。
「ただでさえ目立つのに……」
「俺はどこでも目立つから同じだ。ほら、行くぞ」
手を差し伸べられて、私はその手を取った。
手の甲に口付けられてドキドキする。
まるで姫になった気分だ。
そんな私の心を見透かしたかのように政宗が囁いた。
「お前は俺だけの姫だ。俺だけの……」
青山に着くと、政宗は何故か高級住宅街の方へ歩き出した。
「あれ?表参道はそっちじゃないよ?」
「ああ。寄りたいところがある」
政宗はそれ以上説明しようとせず、優しく微笑みかけるとそのまま歩き出した。
閑静な高級住宅街は、少し浮世離れしていて、まるで外国にいるような気分になる。
出来れば政宗を海外に連れて行ってあげたいと思っていたけれど、少し外国気分が味わえて、青山を歩くのもいいものだと思い直す。
しばらく歩くと、入り口に花が咲き乱れる教会があった。
遠目に見てもその花と外国風のアーチが綺麗で、見蕩れていると政宗はその教会の中に入って行こうとした。
「え?政宗、何で?ここ、教会だよ?」
「I know. ここに用事があるから来た」
教会はいつも開け放たれていると聞いたことがある。
入り口のドアは、広く開けられていた。
外からの明るい日差しとは対照的に、中は少し暗く見える。
でも、一歩足を踏み入れると、祭壇の上のステンドグラスが幻想的に煌いていてとても綺麗だった。
政宗に手を引かれて祭壇の方へ歩いて行くと、座席に座っていた人物が振り向き、私は思わず声を上げた。
「美紀!?どうしたの?」
「遙〜。待ってたよ!」
美紀は立ち上がると、私に駆け寄りぎゅっと抱きついた。
「コラ!人の女に手ぇ出してんじゃねぇ!」
「やーだよっ!いくら政宗だって私達の仲は裂けないんだからね!」
どうやら政宗と美紀がここで待ち合わせをしていたのだと気付き混乱する。
何故、教会で?
しかも美紀まで何だか正装している。
政宗が選んだこの白いワンピース。
政宗のスーツ…。
これって、まるで……まるで……。
もしかして……。
いや、まさか……そんなこと有り得ない……!!
有り得ないけど……。
でも、それしか考えられない……。
政宗と美紀を交互に見つめると、美紀がふわりと笑った。
「きっと遙の考えていることは当たってると思うよ」
「でも……でも……」
それでも信じられなくて縋るように美紀を見つめると、美紀は笑みを深めた。
「遙、目を瞑って。ほら、いいから早く!」
政宗を見上げると、優しく微笑んで頷くので言われるままに目を閉じる。
頭にふわりと何かが被せられて髪の毛にピンのようなもので固定される。
憶測が確信に変わっていく。
「目、開けていいよ」
目を開けると、思っていた通り、白いヴェールの向こうで美紀が笑っていた。
「うんうん、可愛い可愛い。やっぱり花よ……」
「美紀、それ以上言うと、お前の口塞ぐぞ」
「はーいはいはい」
政宗が低い声で凄むと、美紀は肩を竦めた。
まさか、本気でこんな事を……。
ずっと夢に描いていたけれど。
政宗と添い遂げられたらって。
でも……でも……。
信じられない……。
嬉しくて。
でも信じられなくて。
絶対にこんなの無理だ、と理性が告げる。
縋るように政宗を見上げる。
視界の端がゆらりと滲み始めた。
「政宗……」
口を開くと、政宗は私の唇に指を当てて押しとどめた。
「Shhhh……。今はまだ何も言うな。Please listen to me」
美紀が祭壇の前に立つと、政宗は私の頬をそっと撫でて身体を離した。
そして、真っ直ぐに私を見つめて静かに口を開いた。
「遙……俺とここで祝言を挙げて欲しい」
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