Cherish -4-

ずっとずっとその言葉が聞けたらどんなに嬉しいだろうと思っていたけれど。
でも、有り得ないから。
私は、親に認められた人としか結婚出来ないと思っていたから。
嬉しい気持ちとは裏腹に、否定的な言葉が漏れる。

「でも……でもそんなの無理だよ……!!」
「ねぇ、遙……。物理的にはそりゃ無理だよ。政宗には戸籍がないから入籍も出来ないし。でもね、人の心は自由なんだよ?」

いつか同じ事を美紀に言われたことを思い出す。

「入籍とかそういう事じゃなくて。これは精神的なけじめなの。分かる?……遙が泣くから……結婚したくないって…神様の前で偽りの誓いを立てたくないって…。他の誰かとそんな誓いをする前に、政宗と誓いを立てちゃいなさい。私と神様の前で。早い者勝ちだよ?」
「でもっ……でもっ……こんなこと教会でしていいの?見つかったら怒られちゃうよ?」

責めるように美紀を見上げると、美紀は舌を出して笑った。

「まあ、見つかればね。でも、見つからないよ?ここ、慶君の家だし。前に、慶君のお父さんは牧師さんだって言ったよね?慶君にお願いして、ご両親連れ出してもらっちゃった。ちょっとの間だけだけどね。ねぇ、遙……」

美紀は笑みを消すと、真っ直ぐに私を見つめた。

「私、遙には幸せになって欲しいんだ。結婚式なんて、一生に一度の晴れ舞台なのに。なのに、遙は好きな人と結婚出来ない。遙は私の親友だから、結婚式では心から祝福してあげたいのに、私は遙の心を知ってるから祝福出来ない。だから、今、ここで、遙の『魂の結婚』を見守って、心から祝福してあげたいんだ」

美紀は、私の幸せを願って……。
政宗と二人してこんな手の込んだ事をして……。
二人の切ない想いが胸の奥に沁み込んで行って、涙がこみ上げてくる。

「遙、もう一度聞く。俺と、祝言……いや、結婚してくれるか?」

まだ信じられないという気持ちと。
無理だという気持ちが心の隅にあったけれど。

そういう現実的な事じゃなくて。
そういう現実的な事から解放されて。
住む世界の壁すら越えて。
もし結ばれる事が赦されるのなら。
二人共に過ごせる間だけでいいから。
神様の前で誓いを立てて。
そして、それを守って行きたいと思った。

涙が一筋零れていく。

私は震える声で答えた。

「はい……」

政宗は嬉しそうにふわりと綺麗に笑った。

政宗に促されて美紀の方を向く。
美紀の目も少し潤んでいた。

「本当は慶君に牧師様役お願いしたかったんだけど、流石にそれは無理だったから、私で我慢してね。政宗…」

美紀は政宗をじっと見つめてやがて口を開いた。

「Masamune, you have taken Haruka to be your wife. Will you love her, comfort her honor and keep her, in sickness and health, and be faithful to her as long as both shall live?
(政宗、あなたは遙を妻として迎えます。健やかなる時も、病める時も、お互いに愛し、慰め、助け、命のある限り誠実であることを神に誓いますか?)」
「I will.(誓います)」

政宗は静かな声で答えた。

政宗の妻になる……。
書類上は私は独身のままだけど。
こうして祭壇の前で、夫となり永遠の愛を誓ってくれるのが言葉に出来ないくらい嬉しくて、胸が熱くなる。

美紀は私に目を移し、ふわりと微笑んだ。

「Haruka, you have taken Masamune to be your husband. Will you love him, comfort him honor and keep him, in sickness and health, and be faithful to him as long as both shall live?
(遙、あなたは政宗を夫として迎えます。健やかなる時も、病める時も、お互いに愛し、慰め、助け、命のある限り誠実であることを神に誓いますか?)」
「I will.(誓います)」

他の誰でもなく。
政宗だけに誓いたかった。
これは正式な結婚式ではないけれど。
それでも、嘘偽りのない私の本当の気持ちだから。
私は、迷うことなく答えた。

美紀は瞳を潤ませて頷くと、静かな声で告げた。

「それでは、新郎新婦。手を取り合って、誓いの言葉を復唱して下さい」

政宗が私の方を向き、両手を差し伸べる。
私は、その手を取り、そっと握った。
政宗は愛しそうに、蕩けるような笑みを浮かべると、低い声で誓いの言葉を述べる。

「In the presence of God and before these people, I Masamune renew my vows to thee Haruka, as my wife, to have and to hold, from this day, for better, for worse, for richer, for poorer, in sickness and health, and to love and cherish you forever.
(俺、政宗は、遙、お前の夫となる為にお前に自分を捧げる。そして俺はこれから、お前が病める時も、健やかな時も、貧しい時も、豊かな時も、喜びにあっても、悲しみにあっても、命のある限りお前を愛し、慈しみ、この誓いの言葉を守って、お前とともにあることを神と皆の前で約束する)」

私を真っ直ぐに見つめながら、綺麗な発音で、噛み締めるようにゆっくりと政宗が言う。

美紀の問いかけとは比べ物にならないくらい。
政宗の真っ直ぐな思いが、結婚の誓いの言葉に乗せられて。
私の胸の奥まで届く。

ずっと政宗に言って欲しかった。
でも、叶わない願いだと思っていた。
嬉しくて、嬉しくて。
涙が零れる。

「ほら、次、遙の番だよ。頑張って」

私は頷くと、震える声で、途切れ途切れに誓いの言葉を述べた。

「In the presence of God and before these people, I Haruka renew my vows to thee Masamune, as my husband, to have and to hold, from this day, for better, for worse, for richer, for poorer, in sickness and health, and to love and cherish you forever.
(私、遙は、政宗、あなたの妻となる為にあなたに自分を捧げます。そして私は今後、あなたが病める時も、健やかな時も、貧しい時も、豊かな時も、喜びにあっても、悲しみにあっても、命のある限りあなたを愛し、慈しみ、この誓いの言葉を守って、あなたとともにあることを神と皆の前で約束します)」

政宗は嬉しそうに口元を綻ばせると、きゅっと私の手を握った。

「では、指輪の交換を」

美紀がバッグから、指輪の入った箱を取り出し、蓋をあけた。
中にはペアの結婚指輪が入っていた。
しかも、ティファニーのアトラスのゴールドの指輪で大きなダイヤが3つも付いている。
間違いなく紛れもない、ティファニーの本物のダイヤの結婚指輪だ。
それも、普通の結婚指輪よりも3倍くらい高いはず。
政宗は冗談でも何でもなく、本当に私とここで結婚するつもりだ。
驚いて政宗を見上げる。

「政宗、これ本物……。本当のティファニーだ。まさか、まさか本気で…?」
「ああ。言っただろ?お前を早く俺だけのものにしたいって」

政宗は指輪を手に取ると、私の左手を恭しく取った。

「With this ring, I pledge myself to you in marriage.」
(この指輪で、お前との結婚を誓約する)

愛しげに囁きながら、指輪を嵌められて。
その瞬間、堰を切ったように涙が溢れてきた。
美紀もすんすんと鼻を啜りながらもらい泣きをしている。
政宗は親指でヴェール越しに私の涙を拭ってくれる。

「さあ、お前も早くこの指輪で俺を縛ってくれ」

涙を拭うと、私も指輪を手に取った。
そして、政宗の左手を取る。
いつも繋いでいた左手だけれど。
初めて手を繋いだ時よりもどきどきとする。
男らしい、節がしっかりとした綺麗な長い指を改めて見つめる。
私も、誓いの言葉を囁きながら、ゆっくりと政宗の左手の薬指に指輪を嵌めた。

「With this ring, I pledge myself to you in marriage.」
(この指輪で、あなたとの結婚を誓約致します)

今までも、ペアのアクセサリーを買ったりしていたけれど、それとは比べ物にならない幸福感に包まれて。
本当に政宗が永遠に私のものになったような気がして。
言葉にならず。
ただ、涙が溢れた。

「あなた方は、神の前で夫婦となることを誓いました。新郎、新婦に誓いのキスを」

美紀が涙を拭いながら、先へ促す。
政宗は、私のヴェールをそっと上げた。
頬に手を添えて、じっと私を見つめる。
背中に腕を回されて、私も政宗の首に両腕を回す。
目を閉じると、甘く優しい口付けが唇に落とされた。
幾度も幾度も優しく唇を重ねられ。
蕩けるように幸せで。
涙が溢れる。

今までで、一番、甘くて幸せなキスだった。
私はきっと、一生忘れない。

ようやく唇を離すと、政宗は私をぎゅっと抱き締めた。

「遙、おめでとうっ……ううっ…もらい泣きしちゃったよ…。私っ…遙がこんなに幸せそうで嬉しいっ……。良かったっ……本当に良かったっ……!!」

美紀が溢れる涙を拭いながら、何度もおめでとうと繰り返す。
他の誰に祝福されなくてもいい。
神様と美紀だけが知っててくれればそれでいい。

私は政宗の腕をそっと外すと、美紀に抱きついた。

「美紀、ありがとうっ……ありがとうっ……」

他にも伝えたいことはたくさんあるのに。
気持ちが溢れ出して言葉にならなかった。

政宗に告白する勇気がなかった私の背中を押してくれたのも美紀。
政宗と喧嘩してしまった時に手を差し伸べてくれたのも美紀。
そして…。
こうして結婚のお膳立てをしてくれたのも美紀。

ありがとうなんてありきたりの言葉じゃこの気持ちを言い表せないのに。
ただ、ありがとうという言葉しか浮かんでこない。

二人で抱き合ってひとしきり涙を流す。
美紀はしゃくりあげながら、私の身体を離した。

「あんまり抱きついてると政宗に嫉妬されちゃうから」

そう言って、泣き笑いをした。

「遙、行ってきな。政宗と幸せにね」

政宗が手を差し伸ばし。
私は、その手を取った。

「明日、honeymoonに出かけるぞ」
「え?」

私は驚き、政宗を見上げた。
まさか、そんなことまで準備していたなんて知らなかった。

「夫婦水入らずの新婚旅行だ。片時もお前を離さねぇ」

私の左手の薬指の指輪の上にそっとキスを落とすと、政宗は私の腕を取った。

「美紀、thank you. お前は最高の友人だ」
「政宗も最高にcoolだよ。遙を幸せにしてね」
「勿論だ。じゃあな」

政宗と腕を組みながら教会の通路を歩いていく。

そこには観衆もいないし、本当に私達だけの結婚式だけど。
ライスシャワーもなく、ブーケもないけれど。
とてもとても幸せだった。

教会の外から内側へ、白い日差しが差し込んでいる。
私達はその日の光を浴びながら眩しい外の世界へ歩みだして行った。

眩い外の世界は。
まるで私達の新しい関係の象徴のようだった。

このまま二人で永遠を歩いて行きたい。
二人手を取り合って……。


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