私は、遙のマンションの下で待つ。
小判なんてゲームの中でしか見たことがないから何だかドキドキする。
江戸時代の大判で500万円近くすると聞いたことがある。
もし、安土桃山時代のだったら一体いくらくらいするんだろう?
「Hey, 美紀。難しい顔してどうした?」
「ん?ああ、何でもないよ」
私は慌てて笑みを浮かべて政宗を見上げた。
政宗は腰にシザーバッグをつけただけの軽装だ。
まさか、背中にしょってるわけないよな。
ああ、私、BASARAのやりすぎだ。
それにしても、政宗ってあの衣装のどこに小判なんて隠してたんだろう。
不思議だ。
「おじさんに連絡しておいたから、事務所に一緒に行こう。ここからそう遠くないし」
私達は、神田にある、おじの経営する骨董商へと出かけた。
「美紀ちゃん、お久しぶり。えらくカッコいい彼氏連れてるじゃない」
私達が店に入ると、おじさんはにこにこと出迎えた。
事業を起こしているので、時間に融通が利く。
それでサイドビジネスで趣味の骨董商を営んでいるのだ。
「残念でしたー。私には別の彼氏がいるもん」
「美紀ちゃんも隅に置けないねぇ。で、例の小判。本当なのかい?」
おじさんは声を顰め、目をキラリと光らせる。
この人は、時代が古ければ古いほど燃える性質だ。
それも小判となれば尚更の事。
政宗の小判に限って偽物ってことはありえないけれど、何せゲームの中の通貨だ。
果たしてこの世界のものと同じかどうか…。
「うーん、金で作られてることは確かだよ。もし、まがい物だったら、金の時価相場でいいから換金何とかならないかなあ」
「まがい物とは何だ」
後ろから政宗が不機嫌そうな声を上げる。
おじさんは愉快そうに声を立てて笑い、政宗を宥めた。
「小判を持ち込むお客さんは久しぶりだねぇ。じゃあ、奥の応接室に行こう。店は閉めておくから」
私達を奥の応接室に通し、おじさんは店を閉めた。
応接室には、花瓶や掛け軸がかけられ、コレクターケースの中に古銭が並べられていた。
「相変わらずおじさん好きだねぇ。あ、これは世界史の資料集で見たことあるよ。布銭でしょ?春秋戦国時代の。これだけ古いとやっぱり高い?」
「いや、これは銅銭だから、そんなに値が張るもんじゃあないよ。銅にしては高いけどね。やっぱりコインは金が一番高いね。ほら、これ。天正大判。おじさんの宝物だ」
おじさんは奥の金庫から大判を取り出してきた。
「時代劇なんかで見るだろう?あれは小判だけど。この大判は世界最大の大判なんだよ。あれだけ多くの小判があったのに、開国と同時に海外に流出してしまってね。その数は小判50万両と言われている。日本にはあまり残っていないんだよ。美紀ちゃん、電話で言ってただろ?安土桃山時代の小判があるって。楽しみにしてたんだよ」
嬉しそうに笑うおじさんの目は鋭く光っている。
まがいものだったら嫌だな…。
政宗はシザーバッグの中から袱紗を取り出した。
それを目の前で広げる。
袱紗の中には眩く輝く小判が3枚入っていた。
「これは……!!」
おじさんは絶句した後、失礼と一言言って手袋を嵌めた手で小判を手に取りじっと眺めている。
「天正越座金と露一両金…」
「何それ?」
天正小判とか天保小判とか聞いたことはあるけど。
初めて聞く名前に私が頭に疑問符を浮かべて問うと、政宗が補足した。
「天正越座金は越後の上杉の領内で使われている貨幣だ。露一両金は甲斐の武田」
我が意を得たとばかりにおじさんは頷いた。
「江戸時代に全国共通の貨幣が使われるようになるまで、領国貨幣というのが使われていてね、これらの小判も領国貨幣だ。極印も間違いない。本物だ。一体どうしてこんなものを持っているんだい?まがいものを作るにしてもこれはマニアック過ぎる。普通は江戸時代の小判を模倣するからね。だから、これがまがいものとも思えない」
おじさんは鋭い目でじっと政宗を見つめた。
「領国貨幣は江戸時代に使用を禁止されてからずっと使われなくなった幻の貨幣だ。一分金なら出回ることはあるけど、一両金はないね。何故君が持ってるんだい?一体君は何者なんだい?」
まさか政宗の小判からおじさんに政宗の素性を問いただされるとは思ってもみなかった。
うろたえてそっと政宗の表情を伺う。
政宗は鋭い目で値踏みするようにおじさんを見つめていた。
「あんた、口は堅い方か?」
「こんな商売をしてるとね、余計な事は話さなくなるもんだよ。お客さんの秘密は絶対だ」
政宗はおじさんの目をじっと見つめていたが、やがて後ろを向いて、眼帯を外した。
ハンカチで右目を隠しながら、おじさんに刀の鍔の眼帯を差し出した。
「あんたが骨董商なら、この刀の鍔、分かるだろ?」
「これは……」
おじさんはしげしげと眺めた後、政宗に目を向け、また視線を鍔に落とす。
その目が見開かれた。
「右目に刀の鍔の眼帯……!刀の鍔の実物もカタログも見たことがないけれど、君は……いや、貴方は……」
「伊達政宗だ」
おじさんは固まった後、ホッと肩から力を抜いて政宗に眼帯を返した。
「やはり伊達政宗公であったか……。美紀ちゃん。冗談にしては出来すぎているし不可能だ。政宗公がタイムスリップしてきた…信じられないけどそう考えるしかないね?」
タイムスリップというかトリップなんだけど、私は頷いておくことにした。
「政宗公ならばこの小判を持っていても不思議じゃないね。まだ信じられないけど。でもどうして?バレたら大事だろうに何故こんなものを売りに来たんだい?」
おじさんは政宗にではなく私に問いかけた。
言葉を捜して口を噤むと、後ろを向いて眼帯を元通りにつけた政宗が、おじさんを真っ直ぐに見詰めた。
「世話になっている女がいる。世話になりっ放しになりたくねぇ。あいつに俺が何をしてやれるか分からねぇけど…。自分の命より大切だと思ったのはあいつだけだ。この世界では俺は何の力も持たねぇ。だけどあいつの優しさにつけ込んで生活していくつもりはねぇ。これしか思いつかなかった」
苦渋の表情を浮かべる政宗をおじさんはじっと見詰め、そうですか、と頷いた。
「政宗公のお気持ちは分かりました。しかし、私も商売人でありコレクターでもある。取引をして下さいますかな?」
愛想良く笑ったおじさんの目は笑っていなかった。
政宗もじっとおじさんの目を見返す。
「希少価値の高い小判は、値段がつけられないほど高額だ。しかし、私の持ち合わせにも限度がある。天正越座金も露一両金も私が持っていないものでね。是非手元に置いておきたい。政宗公から買い取る事に異存はないけれども、私も商売でね。コレクターとはいえ、利益を上げなきゃいかんのだよ」
「露一両金はここに2枚あるだろ。ダブってる1枚を売ればいい。即金で買い上げてもらいたい」
「即金ですか。この1枚を売って、それでも利益があがるように…となると、政宗公には申し訳ないが、買い叩かなくてはならない」
「ちょっとおじさん!」
「美紀は黙ってろ」
政宗は静かな声で私を制しニヤリと笑った。
「流石骨董商だ。食えねぇな」
シザーバッグから袱紗をもう一つ取り出すとそれを広げた。
「天正越座金がもう1枚。全部で4枚。market価格の半値でいいぜ。2枚ともあんたの手元に残るし利益も上がる。俺にも好都合だし、あんたにも好都合だ、you see?」
おじさんもニヤリと笑った。
「流石伊達男の語源となったお方です。いえいえ、半値では申し訳ない。少し色をつけさせて頂きますよ。美紀、奥の金庫に行って来るから、政宗公にお茶をお出ししなさい」
「はーい」
私は部屋の片隅にあるポットからお湯を注ぎ、お茶を淹れた。
「ねぇ、政宗。あの鎧のどこにこんなの隠してたの?」
政宗はおかしそうに笑った。
「It's secret」
悪戯っぽく笑い、人差し指を唇に当てる動作が艶っぽくて、柄にもなく私はときめいた。
「少し多めに持ってきて良かったぜ。まだ部屋にもこのバッグの中にもあるけどな」
政宗はフッと笑ってお茶を飲む。
食えないのは政宗の方だよ!!
遙ってば、こんな人と毎日生活していて、色々感覚狂わないかなあ…。
卓越した駆け引きに、この容姿。
こんな人にあんなに愛されちゃってるんだからなあ。
きっと、政宗がお金を手に入れたら、すごい伊達男っぷりが発揮されると思う。
遙、大丈夫かなあ…。
私は穏やかな笑みを浮かべながらお茶を飲む政宗の横顔をそっと盗み見た。
おじさんの抱えてきた紙袋を見て私は驚いた。
てっきり封筒に入れて持ってくるのだとばかり思っていた。
「えっ?多くて100万円とかそのくらいじゃないの?」
「馬鹿なことを言うんじゃないよ、美紀。確かに鑑定書もついていないけれど、政宗公じきじきに持って来られたものがまがいものであるはずがない」
「いくらあるの?」
「750万円だよ」
私は飲んでいたお茶を思いっきり噴出しそうになった。
「750万円か…。それって妥当か?」
静かな声で呟き、政宗が私をちらりと見遣る。
「妥当も何も、サラリーマンの平均年収よりずっと上だよ!年間600万円以上は高額所得者なんだからね!1年間普通に暮らしても余るよ!ってかそれだけあったら大学卒業できる!」
「そうか」
満足そうに頷き、政宗は紙袋を受け取ってちらりと中を見た。
「美紀の叔父上だ。信用してるぜ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、そろそろ行かねぇとな。美紀、お前に付き合って欲しいところがある」
政宗はそう言って立ち上がると、丁寧におじさんに礼を言い、店を後にした。
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