政宗が口にした意外な言葉に驚き私は声を上げた。
だって、だって、この超俺様政宗様が結婚だなんて…!
冗談を言っているのかと思い、政宗をじっと見つめたけど政宗は至って真面目だった。
「本気で?」
「ああ」
「何で?」
政宗だって遙ともうすぐ別れなければならないのは分かっているはず。
それを承知で言っているのだったら理由があるはずだった。
「遙が……泣くから……」
ぽつりと呟いた政宗の眉は辛そうに顰められていた。
「遙の祝言って教会で神の前で永遠の愛を誓うんだって聞いた。そんな偽りの誓い立てたくねぇって……。俺だって、誰にも遙を渡したくねぇ。そんな誓いを他の誰かと立てる前にあいつを奪い去りてぇんだよ」
政宗は視線を上げ、真っ直ぐに私を見つめた。
「政宗……」
遙が泣いたなんて知らなかった。
この間、二人に会った時に思ったけれど、本当に二人は幸せそうで。
それを手放さなければならないのが哀しいんだ。
あんなに遙は幸せそうだったのに、政宗とは別れなければならない。
そして、他の誰かと永遠の愛を誓わなければならない。
きっと、そんなこと、純真な遙には耐えられない。
遙の結婚式には当然私も呼ばれるのだろう。
きっと、遙は無理して笑って。
そして、きっと一人で泣く。
私にはそんな遙を祝福なんて出来ない。
あの子には、心から望んだ相手と結ばれて欲しい。
たとえ、それが許されなくても。
「俺はこの世界の祝言のことなんて何も知らねぇ。だから、あんたに…いや、お前に協力して欲しいんだ」
今まで私のことを『あんた』と呼んでいた政宗が『お前』と言い直した。
遙もいつの間にか『お前』と呼ばれるようになっていた。
きっと、それは政宗が私に心を許してくれたから。
何だかそれがとても嬉しくて、心がふわりと温かくなって。
私は微笑み頷いた。
「任せて。私が何とかする」
「Thanks, 美紀」
政宗はその時。
初めて、私に柔らかい眩しい笑みを向けた。
思わずドキリとする。
彼氏がいるのに。
柄にもなくときめいた。
ああ、そうか。
遙はいつもこういう笑みを向けられているんだ。
遙が惚れるのも分かる気がする。
「じゃあ、まず情報収集をしよう」
私は照れ隠しのように顔を背け、すぐ傍のコンビニで結婚情報雑誌を買って、また政宗と喫茶店に入った。
「教会で結婚式がいいんだよね?」
私はアイスティーを飲みながら、パラパラと雑誌をめくった。
「そうだな」
頷く政宗に、私は結婚のフローチャートが書かれているページを見せた。
「普通はプロポーズをする時に婚約指輪を渡すんだよ。それで、両家挨拶して結納。その後、日取りを決めて結婚式。そこで、神様の前で誓いの言葉を言って、指輪の交換。最後に誓いのキス。プロポーズはするの?女の子の憧れだよ、プロポーズは」
「婚約指輪か……」
政宗は、写真をじっと眺めている。
大粒のダイヤがキラキラと煌いていた。
「遙の指に似合いそうだな。But……俺がproposeしたら、きっとあいつは悩む。そして、きっと無理だって諦めて。また泣かせちまう」
政宗は辛そうにきゅっと口許を引き締めた。
写真に写っている指輪をどこか眩しそうに切なそうに眺めている。
伊達男の政宗だ。
きっと、サプライズを仕込んで。
最高のシチュエーションで遙にプロポーズしたいはずなのに。
二人を隔てる世界の壁の前で立ち竦んでいる。
政宗は遙の事を本当によく分かっている。
もしかしたら遙は政宗にプロポーズされたら喜ぶかもしれないと思っていたけれど。
政宗の表情を見ていればそれは思い違いだと気付かされる。
二人は、二人の現実を、私が想像も出来ないくらいに痛感しているんだ。
それほど深く愛し合っているから。
「きっとproposeしたら、あいつは逃げる。だが、俺は逃がすつもりはねぇ。有無を言わさず、あいつの逃げ道を塞いで。それで、神の前で永遠の愛を誓いたい」
雑誌から視線を上げて見つめる政宗の眼差しは酷く真剣だった。
聞いているとものすごく俺様な主張だけれど、遙への深い愛情がひしひしと感じられる。
きっと何よりも遙が望んでいて。
そして、決して叶わない願いだと遙は思い込んでいるから。
政宗はどうしても遙の願いを叶えてあげたいんだろう。
そして、それは政宗の願いでもある。
「美紀、この計画は絶対に遙には秘密だ。俺は、何も知らない遙を教会に連れて行って、祝言を挙げるつもりだ。そうしたらあいつは逃げられねぇ」
私はしばらく政宗を見つめた後、頷いた。
「教会は私が何とかする。本当は婚姻届とか色々手続きが面倒なんだけれど、式が挙げられればいいんだよね?私の彼氏の家が教会だから、そこを使わせてもらうよ。ご両親には内緒で」
「Okay, thanks」
「じゃあ、必要なのは、スーツと結婚指輪とドレスとヴェールか……」
ドレスのページをぱらぱらとめくると政宗が覗き込んで、また切なそうな表情になった。
「遙に似合いそうだけど……気付かれるよな」
政宗はロングのふんわりとしたドレスをそっと指先でなぞった。
きっと脳裏では、このモデルではなく遙がこのドレスを着て微笑んでいるに違いない。
隣のページにミニ丈のドレスの写真が掲載されている。
ヴェールさえ被っていなければ、普通のワンピースとして通用しそうだった。
「ねぇ、政宗。多分、こういうタイプのドレスだったら、きっと遙も普通のワンピースだと思って疑わないと思うよ。ヴェールは私が作ってあげるから。政宗も普通のスーツを着ればいいよ」
「そうか。……なぁ、ヴェールって何に使うんだ?」
政宗がコーヒーを一口飲んで私に尋ねる。
私は、以前慶君のお父さんの教会で結婚式を手伝った時のことを思い出しながら説明した。
牧師とのやり取り。
二人の誓いの言葉。
指輪の交換。
そして、ヴェールを上げて、誓いのキス。
政宗は目を伏せて、思いを馳せるようにして私の言葉にじっと耳を傾けていた。
その表情は、甘く。
そして、どこか寂しそうだった。
見ていると胸が締め付けられる。
「遙が泣いた訳がやっと分かった気がする。そんな事、他の男とさせたくねぇ」
政宗は唇を噛んで、目をふいと逸らした。
「だから、他の誰かとそうする前に政宗と式を挙げるんでしょ?きっと私しか参列出来ないけど。でも、私、遙に幸せになって欲しいから。私が、ちゃんと見届けるから。だから、政宗、元気出して?私に出来ることがあれば何でもするから」
辛そうに眉を顰めた政宗を見ていられなくて。
私がそっと手を伸ばしてその手を握ると、政宗は驚いたように目を瞠り。
そして、柔らかく微笑むと、私の頭をくしゃりと撫でた。
「美紀、thanks」
政宗の笑顔は優しくて。
眩しそうに私を見つめていて。
何だかとても胸が締め付けられた。
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