格子状の引き戸を開けて中に入る。
襖の向こうには、16畳程の広い部屋があり、奥の板の間には窓の前に椅子とテーブルが置かれている。
荷物を置くと、私は真直ぐに窓に向かった。
カーテンを開放つと、目の前は海だった。
夏の日差しを受けてキラキラと水面が煌めいている。
「すごい!海が見えるよ!」
振り向くと、政宗が微笑みながら私に歩み寄り、そして後ろからそっと抱き締めた。
「ああ、そうだな。初めてお前と外泊した時の事を思い出すな」
こめかみに口付けると、政宗も窓の外に視線を移した。
「お前の心を手に入れた時も、お前が俺にその身を捧げてくれた時も、いつもそばにこうして海が見えた」
耳元で低く囁く政宗の声が心地良い。
政宗は抱き締める腕に力を込めると首筋に顔を埋めた。
「祝言を挙げて、こうして結ばれた今も海がそばにある。海を見る度きっと俺はお前を思い出す。でも、お前がそばにいない海なんて寂しくて耐えられそうにねぇ」
吐息混りに囁かれた声は切なそうだった。
政宗は私を掻き抱くように強く抱き締め、吐息を震わせた。
政宗の腕に手を重ねる。
「私は少し違うかな」
そう呟くと、政宗が首筋から顔を上げた。
私はそのまま海を見つめながら言葉を続けた。
「海を見る度私は政宗を思い出すの。例えそばに政宗がいなくても、煌めく波を見て、政宗がこうして抱き締めてくれた事を思い出すの。目を閉じれば、潮騒の音をBGMに政宗の温もりすら思い出せる。例え生きる世界が違っても、どの海も政宗が見ている海に繋がっているから」
私は政宗を振り返った。
「政宗にもそうして思い出して欲しいな。同じ海を政宗も見てるって思ったら、例え政宗がそばにいなくても二人は繋がってるって思えるから」
政宗は軽く目を瞠り、そしてフッと表情を緩めて笑った。
「お前って儚いようで、実は強いよな。俺の方が女々しいくらいだ。分かった。俺も海を見てお前を思い出す。後で海に行ったらたくさん抱き締めてやるよ。決して俺を忘れられねぇくらいたくさん」
視線が絡み合い、お互い何かに引き寄せられるようにして唇が重なるとインターフォンが鳴った。
甘い雰囲気を途中で中断され、僅かに政宗が不機嫌になる。
私は政宗の頭をくしゃりと撫でると玄関の様子を見に行った。
「はい、伊達ですけど、どちら様でしょうか?」
伊達と名乗る事にまだ躊躇いを感じるけど、何だかくすぐったくてドキドキとする。
「仲居の山本と申します。入ってもよろしいでしょうか」
引き戸越しに声をかけられ、私は仲居さんを中に促した。
「失礼致します」
仲居さんがやって来ると、政宗も座敷のテーブルに着いた。
「この度はご結婚おめでとうございます。私はお世話をさせて頂く仲居の山本と申します。これから当宿の説明をさせて頂きます。こちらの特室に付いております温泉は24時間お入りになる事が出来ます」
「えっ?部屋に温泉が付いているんですか?」
私は驚き、山本さんに尋ねた。
山本さんは愛想よく頷いた。
「ええ。檜の浴槽の温泉です。ご家族連れの方に人気のお部屋でございます。他にも、2階には大浴場があり、こちらは夜12時までとなっております。もっと広い貸し切り温泉浴場も4ヶ所ございますので、フロントにてご予約下さい。一度に1時間半までのご利用となります」
「長く逗留するんだ。後で行ってみるか?」
政宗に問い掛けられて頬が染まっていく。
いくら結ばれたからって、人前でこんな事を話すのは何だか恥ずかしい。
私は小さく頷いた。
「お食事は6時半からとなります。また、本日は7時半から花火大会のため、こちらの部屋の窓から花火がご覧になれます」
「花火が…?」
政宗も知らなかったのか、軽く目を瞠って驚いている。
「ええ、正面の海の上から花火を打ち上げるんですよ。こちらの部屋からよく見えますよ。浴衣は男女各4種類取り揃えてございます。浴衣の替えが必要ならいつでもお申付け下さい。お食事の後、布団をご用意致します。ではごゆっくりお楽しみ下さいませ」
深々とお辞儀をすると、仲居さんは部屋を出て行った。
政宗はちらりと時計を見て呟いた。
「3時か。まだゆっくりする時間はありそうだな。どうする?」
「浜辺に行きたい!」
政宗は優しく微笑むと私の頭を撫でた。
「ああ、いいぜ。さっきお前に約束したからな。浜辺で抱き締めてやるって。行こうぜ」
私達は手を繋ぎ、部屋を後にした。
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