道路を渡ると目の前には一面の砂浜が広がっている。
階段を降りて砂浜に出るとそのまま海に向かって歩いて行く。
海水浴場ではない浜辺には誰もいなかった。
海鳥の囀りに振り仰ぐと、淡いオレンジ色の太陽がギラギラと輝いていた。
そのまま波打ち際まで歩いて行って、私は足を水に浸した。
こうして海に入るのは今年二度目だ。
久し振りの海に私は嬉しくなって、政宗の手をぐいと引いた。
しかし、政宗は立ち止まったまま動かない。
「濡れるのは御免だぜ」
「え〜、何で?気持ちいいよ?」
政宗を海に引摺り込もうとすると、政宗は笑いながらそれに抵抗する。
そして器用に寄せる波を避けている。
政宗の手首を両手で掴んで体重をかけて後ろに引くと、僅かに政宗の身体が前に傾ぎ一歩前に踏み出して、片足が海に漬かる。
政宗は挑戦的にニヤリと笑った。
「Hey, 俺に力で勝とうなんざ100年早いぜ。お前は俺には敵わねぇ」
政宗はまた一歩砂浜の方に後退した。
政宗に引摺られるように、私も浜辺へ一歩踏み出した。
いくら政宗だって、全体重かければ動かない事なんてない。
そう思いながら再び政宗の手首を両手で思いっ切り引くと、それまで抵抗していた政宗が不意に力を抜いたので、私は勢い余ってそのまま濡れた砂浜の上に背中から倒れ込みそうになった。
「えっ?きゃあ!!」
びっくりして政宗を掴んでいた手が離れると政宗の慌てた表情が最後に見えた。
「遙!!」
マズい、このまま背中から海にダイブしてしまう!
そう思って目を閉じると、予想していた衝撃はいつまで経っても訪れず。
腰に政宗の腕が巻き付いているのを感じて私は目を開けた。
身体を後ろに反らすような格好の私を政宗が片腕で支え、覆い被さるようにして私の顔を困ったような表情で覗き込んでいる。
「お前、いきなり手ぇ離すなよ。流石に少し焦った。結局足は濡れちまうし…。お仕置が必要だな」
政宗は悪戯っぽく笑うと、そのまま優しいキスをした。
「お仕置ってキス?」
「ああ、そうだ。俺が満足するまでこのままずっと」
政宗は私の顎を捉えると、角度を変えながら軽く音を立ててキスしていく。
政宗の舌がそっと私の唇を割ると、私はそれを迎え入れ、優しく舌を絡めた。
お互いの優しさが溶け合うような口付けに身体から力が抜けていくと、政宗は唇を離し、私を抱き上げた。
そのままゆっくりと浜辺を歩いて行く。
ゆらゆらと政宗の腕の中で揺られるのが気持ち良くて、政宗の首に腕を回して抱き着くと、またそっと唇が重ねられた。
しばらくそのまま浜辺を歩いて、やがて政宗は私を砂浜の上に下ろした。
そして、私を膝の間に座らせ、後ろから抱き締める。
すっぽりと政宗の温もりに包まれて、幸せな気持ちでいっぱいになっていく。
私は背中を政宗に預けた。
「いつまでもこんな日が続けばいいな。お前に触れるだけで、お前を想うだけでこんなに温かくて幸せな気持ちになれる」
「私も政宗にこうして抱き締められるだけですごく幸せだよ。大好きな海を見ながらだったら尚更。帰りたくないな」
このまま帰りたくない。
政宗も帰したくない。
ずっとそばにいて欲しい。
でもそれは叶わない願いだから私は口に出来なかった。
政宗も同じ事を思っているのかも知れない。
小さく吐息を吐いて、こめかみにそっとキスを落とすと、シザーバッグの中をまさぐり何かを取り出した。
目の前に煙草が差し出され咥えさせられる。
そしてそのままZIPPOで煙草に火を着けてくれた。
こんな風に煙草に火を着けてもらうのなんて初めてでドキドキする。
きっとホストクラブでもこんなサービスはない。
政宗を振り返ると、政宗は優しく微笑み、そして自分も煙草を咥えた。
「じっとしてろよ」
政宗は私の顎を固定し、私の煙草から自分の煙草に火を移す。
キスが出来そうな距離に政宗の整った顔がある。
伏せられた長い睫毛に見蕩れてしまう。
ドキドキと胸が高鳴り、これ以上政宗を見つめていられなくて私も目を伏せた。
キスをしている訳ではないのに同じくらい身体が熱くなる。
動く事すら出来ず、潮騒と政宗の気配に包まれて、まるでこの広い世界に二人しかいないような錯覚に陥る。
やがて、煙草に火が点き、政宗は顔を離した。
「まるでkissしているみてぇだな。今度から煙草を吸う時はお前からこうして火をもらう事にするぜ。煙草を吸う度にお前の事を思い出す。kissする直前のお前の顔がゆっくり見られるしな」
ふうっと煙を吐き出すと、政宗は左腕で私を抱き締めた。
その薬指には指輪が輝いている。
私は政宗の左手に自分の左手を重ねてそっと指先を絡めた。
絡み合った指先のように、このまま二人縺れ合って離れなければいい。
私達は、言葉少なに互いの温もりを惜しむようにゆっくりと煙草をくゆらせていた。
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