遙の浮かべた苦しそうな笑みを思い出す。
きっと前の男を想って浮かべたその表情。
痛みを堪えるようなその表情は、見ていて痛ましかったけれど、同時にとても美しかった。
恋をすると女は綺麗になると言う。
それほどまでに愛していたのか?
いや、それは過去のことではない。
きっと今でも遙は…。
心の奥がきりきりと痛む。
何故だ?何故心がこんなにも騒ぐ?
何故こんなに胸が苦しい?
遙の切なげな表情は美しいが、心がかき乱される。
遙にそんな美しい表情をさせる男の存在が気に入らない。
こんなに近くにいるのにその瞳は俺を映していない。
柔らかな身体に触れて、その奥にある心に触れたと思ったのに、その心に映しているのは俺じゃない。
いくら、口付けを落としても。
触れても。
遙が心地良さそうに目を細めても。
それは前の男を想っての反応。
もっと俺だけを見て、俺だけを感じて、その心を開いて欲しい。
俺だけに。
子供じみた独占欲だ。
今まで誰かにこんなに執着したことはなかった。
出会って間もないのに、俺は遙が気になって仕方がない。
単に俺が負けず嫌いなだけなのか。
今まで俺が落とそうと思って落ちなかった女はいなかった。
それはgameのようなものだった。
俺は、遙をgameのように落とせれば満足なのか?
遙を落としたら、今までの女のように捨てる…?
そして、遙を泣かせる…?
遙の涙を思い出すと、俺にはそうすることなんて出来そうになかった。
遙の涙は美しいけれど。
何故だか俺まで辛くなる。
遙には笑っていて欲しい。
そして、俺に心を開いて欲しい。
こんなにも人の心が欲しくなったのは、母上相手だけだったかも知れない。
決して俺を振り向いてくれなかった母上。
遙も振り向いてくれないのではないかと思うと心がひやりとする。
拒絶されるのが怖い。
でも、眠っている今ならば、俺を受け入れてくれるだろう?
俺は、遙のすべらかな頬に軽くキスを落とした。
頬の弾力が、温かさが心地よくて、心がふわりと温かくなる。
何故口付けるだけでこんなにも胸がドキドキするのだろう。
何故、遙を想うだけで、胸が痛く苦しくなったり、温かくなったりするのだろう。
そうだ、これは、まるで先ほど見た映画のようではないか。
俺は、遙に恋をしている……?
恋って一体なんだ?
わからない。
今まで誰かを愛しいと思ったことはなかった。
これが愛しいという感情……?
俺は、遙を愛しいと思っている……?
この独眼竜が?
Ha!冗談だろ?
でも……。
初めて抱き締めて眠った夜は、眠りに落ちる前あんなに辛そうに憔悴しきった表情をしていた遙がこうしてやすらかな安心しきった寝顔を見せているのがたまらなく嬉しい。
これが恋なのかまだ分からないけれど。
こうして遙の温もりをずっと腕に抱き締めていたい。
このままずっと……。
遙の柔らかくて華奢な身体が腕にすっぽりと納まっているのが心地よくて。
俺は遙の首筋に顔を埋めて、安らかな眠りへと落ちていった。
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