Sweet Heartache -2-

ぷっつりと途絶えた意識が段々と浮上してくると、仄白い明かりが優しく瞼の裏を照らした。
眉を顰めながら、薄っすらと目を開けると、視界には亜麻色の長い髪が広がっていた。
軽く身じろぎをすると、確かに感じる柔らかな温もり。
遙は俺の腕の中にいる。
まだ眠っているのか、遙の肩は規則的に少し上下していて、安らかな寝息がかすかに聞こえる。

後ろから抱えても、俺の腕に余るほどの細い身体。
遙の温もりが心地よくて。
俺の腕の中で安心しきって眠っている遙が妙に愛しくなって。
俺は抱き締める腕に少し力を込めて、遙の髪の毛に顔を埋めた。
さらさらとした髪の感触が頬に心地よい。

女を腕に抱いて、こんなに穏やかな気分でいるのなんて初めてだ。
いつもは劣情に任せて好きなだけ抱いて、女を悦ばせて、情事の後に残るのは倦怠感だ。
だから、夜が明ける前に、早々に寝所を出て、すぐに自分の部屋に戻る。
女と朝を迎えたことなどない。

俺の胸に押し付けるように、遙の細い腰を抱き寄せてその温もりに溺れていると、遙が身じろぎをし、覚束ない手つきで、目をこすった。
そして、小さく欠伸をすると、身体を起こそうとした。
俺はそうさせまいと、抱く腕に力を込める。

「政宗、おはよう。いつ起きたの?」
「まだ眠い」

疲れているわけではない。
特に眠たいわけでもない。
ただ、柔らかな温もりを抱きながらまどろんでいたかった。
遙の隣は酷く心地がよい。

いつも刺客に狙われていたせいなのかも知れない。
母親にすら命を狙われたこの俺だ。
安らげる場所などなかった。
生まれて初めての、この、平和で、怠惰な朝をもう少し味わっていたかった。

ここには俺が欲しかった温もりがある。

「そう……?まあ、今日は花火くらいしかすることないし。お腹が空くまで寝てようか。お昼過ぎに起きれば十分だね。私ももう少し寝たい……かも。何か…、政宗の…腕の中が……気持ちよくて……」

遙はマジで眠そうだ。
最後の言葉ははっきりしねぇ。

また一つ欠伸をかみ殺すと、遙は寝返りを打ち、俺の胸に頬を寄せて、Tシャツをきゅっと掴み、またゆるゆるとまどろみだした。

細い指が触れたところが妙にくすぐったい。
心の底がふわりと温かくなって、胸の奥が温かいのに、何故か少し切ない。

この気持ちは一体何なんだ?
今まで感じたこともねぇ。

ただ一つ分かることがある。
俺はこいつを守らなければならない。
傷つき疲れ果てたこいつを。

こいつが望むのなら、いくらでも抱き締めてやる。

俺は遙を抱き寄せ、額に軽くkissを落とした。
幸せそうに、遙の口元が緩む。

そうだ。
あんたは、そういう風に笑っている方がcuteだぜ。
俺に前の男を重ねて見ているだけかも知れねぇが。

………前の男を重ねて………。

そう思い当たって、心が暗く沈んでいく。

遙……。
いつになったらあんたは俺だけを感じて、俺だけを見てくれるんだ?

それでも、遙が幸せそうに吐息を漏らし、身を委ねてくるから。
俺はその顔をずっと見ていたくて。
飽くことなくさらさらの髪を梳いたり、抱き締めたり、額に口付けを降らせていた。

やがて、遙の規則正しい寝息を聞いているうちに、俺も段々と眠くなって、再びうとうととまどろみ始めた。



いつまでも、こういう朝が続けばいい………。



次に目覚めたのは、遙の携帯電話がけたたましく鳴った時だった。
遙は眠そうに目をこすりながら、手探りで枕もとの携帯を探す。
まだ覚醒しきっていない、覚束ない手つきに俺は苦笑いを漏らし、携帯電話を手渡してやった。

遙と指先が触れ合う。
と、ドクンと胸が脈打つのを感じた。
胸がきゅっと締め付けられるように、少し苦しい。
でも、不快ではない。

これは一体何なんだ?

こうして抱き合っているのに、指先が触れ合うくらい今更じゃねぇか。
でも、触れ合った指先から、微電流が走るような感覚が身体を走り抜けるのを感じ、俺は戸惑った。
遙は相変わらず眠そうに、欠伸をかみ殺しながら、寝返りを打ち、電話に出た。

「もしもし、美紀?……うん。行くよ。………5時に浅草?今何時?……うっそ、もうそんな時間?うん……うん、わかった。大丈夫かなあ、そんなに友達呼んでるのに政宗連れて行って。私、別のところで政宗と見るよ。……もう、強引だなあ。でも、場所取っておいてくれるならそれもいいかな。うん……うん、わかった。じゃあ、ご飯食べて着替えて出かけるね。うん…。じゃあね、バイバイ」

遙の携帯電話から微かに美紀の声がする。
相変わらずきゃらきゃらと笑いながらhigh tensionに話している。
遙がおっとりとしているから、このくらい元気な女の方が合うのかも知れない。

電話で話しながらも、遙はまだ眠そうで、まるで子供のように目をこする様子がcuteで、俺は思わず笑みを漏らしながら、髪の毛をかきあげてやった。
くすぐったそうに遙が目を細める。
長い睫が頬に影を落としている。
そんな仕草一つ一つを目にする度、さっきも感じた胸の疼きがこみ上げてくる。

思わず抱き締めてkissしたい衝動にかられるが、昨日、口付けた時にハッとしたような遙の表情を思い出す。
その瞳に映っていたのは恐れと後悔。


またあんな表情、させたくない。


電話を閉じた遙は、携帯電話を握り締めながら、うーんと唸って伸びをした。
白い首筋が露になる。
その艶かしさに俺は息を呑んだ。

今まで俺が抱いてきたのは、俺を奥州筆頭として見ている女ばかりだった。
その道のプロもいれば、ほんの戯れの女もいた。
ただ、共通しているのは、閨で寝乱れても、決して隙を見せないところだった。

遙はあまりにも無防備すぎる。
そんなところが新鮮で。
また可愛らしくもあった。

こんなに無防備なのは、素なのか。
それとも、俺に気を許しているからなのか……?
……俺に前の男を重ねて見ているからなのか……?


昨日の朝の出来事を思い出す。
腕の中で安らかに眠る遙があまりにも無防備で。
幸せそうな顔をしていたから。
思わず俺はその耳元に口づけていた。
すると、遙は寝返りを打ち。
その前の日は泣いていた女とは思えないほど、柔らかで愛しげな笑みを口元に浮かべ。
「Good morning」と甘く囁いて、俺の首にしなやかな腕を巻きつけてkissしてきた。

こいつはこんなにも穏やかな笑みを浮かべるのか。
遙の愛しげな表情に、俺の唇に触れた柔らかいしっとりとした唇に、俺の理性は弾け、そのまま遙を抱き寄せ、口付けていた。

例え、仮初のものでも構わない。
ただ、その時、愛しいと思った。
夢の中にいるのならばそのまま覚めずに。
こいつがそんなに幸せそうな表情を浮かべられるのであれば、その一瞬が永遠に続けばいいと思った。

遙の涙は綺麗だけれど。
幸せそうな顔をしている方がずっとattractiveだ。

我に返った遙が浮かべた表情が胸をきりきりと締め付ける。
そこに浮かんでいたのは、驚愕と恐れと後悔。

その幸せそうな表情は。
俺に向けられたものではなかったのに。
それは分かりきっていたことなのに。
それでも、俺は、願わずにいられなかった。
その愛しげな表情を。
俺に向けて欲しいと。
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