Sweet Heartache -3-

ひとしきり伸びをした遙は、身体を起こそうとした。
それを邪魔するように、じゃれ付くように抱き寄せると、遙がくすくすと笑う。

「Hey, 今日はGood morningのkissはしてくれないのか?」

からかうように言うと、色白の遙の頬が薄っすらと染まる。

「もう、昨日は間違えたんだってば。あ、でも……」

ふと思案するような表情になったので、俺は遙の顔を覗き込んだ。
すると、遙のしなやかな腕が俺の首に巻きつき。
すぐに、頬に柔らかい唇の感触。

「添い寝してくれたから。お礼。おはよう、政宗。もう、昼過ぎだけど」

遙は照れたように笑った。
不意打ちのkissに俺の方が戸惑った。
数多の女を抱いてきたのに。
こんな気持ち初めてだった。
胸が甘く疼いて、どうしていいかわからなくなる。

それでも俺は余裕の笑みを浮かべ、遙の後頭部を引き寄せ、頬に口付けを落とした。

「Good morning, 遙」

柔らかな頬に口付けるとさらに増す心の疼き。
What the hell is this?
俺は一体どうしちまったんだ?

それを隠すように、一層遙をきつく抱き締めると、解放した。

「I heard you talking(聞いたぜ)。出かけるんだろう?支度をしないといけねぇな」
「うん。じゃあ、ベッドを片付けて、ご飯を食べよう?あ、浴衣に着替えるから、このままの格好でご飯でいいからねー」

ベッドを片付けると、遙はすぐに台所に立った。
手伝おうかと思い遙の隣に立ったが、遙は手際よく野菜を切って皿に盛り付け、昨日の味噌汁を温めて、ご飯をよそった。

「昨日より手抜きでごめんね。目玉焼き…でも、作ろうかな」
「目玉焼き?」
「うん、鶏の卵を焼くんだよ」
「随分と豪勢じゃねぇか」
「そう?政宗が喜んでくれるなら作ろうかな」

遙は冷蔵庫から卵を取り出すと、鍋を温めて卵を焼きだした。
ちなみにこの鍋はフライパンというらしい。
Frying Panか、なるほどな。
冷蔵庫には卵がいくつも並んでいて、俺は驚いた。
卵は貴重だ。
城では簡単に手に入るが、それでも毎日食べるものじゃねぇ。
そう言うと、遙はくすくすと笑って、この世界じゃ最も安いたんぱく質源の一つなのだと教えてくれた。

すぐに卵は焼きあがり、食卓に並べられた。
Saladと味噌汁とご飯。
そして目玉焼き。
野菜は小十郎の野菜には劣るが、食べたこともない野菜もあって、物珍しかった。
遙は料理の手際がいいだけでなく、料理も上手い。

ゆっくりと話をしながら食事を終え、のんびりと寛いでいたら、時計を見た遙がハッとしたような表情になる。

「うわ、あと30分で出かけなきゃ。政宗、浴衣出すからこっちの部屋に来て」

遙が立ち上がり、俺の手を引いて奥の部屋へと導いた。


壁についている扉を開けると、中には引き出しがあり、所狭しと服が上に吊るされていた。
引き出しを開けると、遙は着物の入った白い包みを俺に差し出した。

「あの、気に入らなかったら着なくていいからね、本当に。似合う人には似合うんだけど……。政宗、趣味が良さそうだから、嫌だったら着ないでいいからね」

何をそんなに心配しているのだろう。
俺は訝しく思いながら、着物の包みを開けた。

中から出てきたのは、どうやら大きな柄が染め抜かれている着物のようだった。
黒地に銀色の染め抜きだ。
……銀色の染め抜き?
銀糸で織られているのなら分かるが、何故、染め抜きで銀色なんだ?

頭に疑問符を浮かべながら着物を広げた。
綿でもない。
麻でもない。
絹でもない。
不思議な手触りの布だった。

そして、黒地の着物の背には、銀色に輝く竜が描かれていた。
明の絵巻にある竜とは違う。
南蛮のdragonだ。

「不思議な布だな。見たこともねぇ。染め抜きなのに銀色だぜ」
「あの……だから、無理して着なくていいからね……」
「独眼竜に相応しい着物じゃねぇか。とんだ歌舞伎者に見えるかも知れねぇが、coolだぜ。気に入った」
「本当?」

心配そうだった遙の表情が輝く。

「政宗なら似合うと思うよ。はい、これ、帯。玄関に下駄を出しておくね。私も食器を片付けたら着替えるから」

遙は自分の着物の包みを持って部屋を出て行った。
遙の着物を見たかったが、着替えてからのお楽しみだと悪戯っぽく笑われて、柄にもなく、また胸の奥が疼いた。

本当に、俺、どうかしちまってる。


手早く着替えて、帯を貝の口に結ぶ。
さっきの扉の内側に大きな鏡があったので、自分の姿を写してみた。
こんなに大きな鏡、見たことがねぇ。
城に帰ったら作らせてみるか。
竜の柄、悪くねぇ。
なかなかcoolだぜ。

大きな鏡が物珍しくて、しばらく眺めた後、俺は部屋を出た。
台所には遙の姿はもうなかった。
リビングから繋がっているもう一つの奥の部屋に入ろうとすると、遙が声を上げる。

「ダメ!!まだ入っちゃダメ!!着替え中だから。あと、化粧も…」
「仕方がねぇな。どれくらいかかりそうだ?」
「あと、15分くらい」

15分ってのは、一刻の8分の1らしい。
そう時間はかからねぇな。

「I see。外で煙草吸っててもいいか?」
「うん、いいよ。すぐ行くから!」

俺は灰皿と煙草を持って、外に出た。
相変わらず、眼下には自動車の群れがものすごいspeedで走っている。
異世界の服を着た人間達が忙しそうに道を歩いている。
そんな中で、慣れ親しんだ着物を着ている方が何だか違和感があった。

ライターで煙草に火を点け、煙を軽く吸い込んでからゆっくりと煙を中空に吐き出した。
煙管で吸う煙草よりも軽い。
煙管で吸うと、2、3回吸ったらすぐに煙草を詰め替えなければならないが、異世界の煙草はしばらく持つ。
便利だ。

灰皿に灰を落としながら、初めて遙とここで煙草を吸った時のことを思い出す。
あいつは、深く煙を吸い込んだ後、唇を煙草から離し、さらにもう一つ深く吸ってからゆっくりと煙を吐き出す。
俺もイラついている時や、疲れている時にはそういう吸い方をすることもある。
それだけ、遙が病んでるということだ。

俺は手すりの上に置いた煙草の箱を手に取った。
黒く印刷されているMarlboroの文字。

『Men always remember love because of romance only. 男はロマンスでしか愛を覚えていられないんだって…』

そう言った、遙の寂しそうな、辛そうな表情が蘇る。

俺は……。
Romanceですら愛を覚えていない。
いや、愛なんて感じたこともない。
女を抱くのは戯れと劣情の捌け口だ。
Romanceですらないのかも知れない。
ただ、その場で女を悦ばせて、gameのようにそれを楽しむだけだ。

それでも。
もし、誰かを愛することがあるのなら。
戯れのようにromanceの中で見せかけの愛を紡ぐのではなく。
ただ一つの愛を貫きたい。
そう願った。

遙に、Marlboroの曰くを否定してやりたかった。

物思いに耽りながら、3本目の煙草を吸い終わる頃、扉が開いた。
その気配に振り向く。
俺は目を瞠った。

蒼紫色の浴衣には、薄紫色の紫陽花が散りばめられていた。
銀糸が織り込まれている白い帯が上品だ。
亜麻色の長い髪を後ろでゆったりと纏め上げている。
露になった白いうなじが艶かしい。
頬には薄っすらと紅をさし、長い睫が、先ほど見たよりも一層長く濃くなっていて、目の際に施された化粧が、何ともいえない色気を醸し出している。
まるで、南蛮の人形のように、美しい。
唇も、薄っすらと紅が塗られ、どういう化粧の類かはわからないが、艶かしく光を反射していた。
美しい女なんて見慣れているはずなのに、遙の姿に視線が釘付けになる。

「どうかな?やっぱり着物を見慣れた政宗から見たら、何かおかしい?」

そんな俺の視線を勘違いしたのか、遙が心配そうに俺の顔を覗き込む。

「いや、そんなことないぜ。You are so beautiful. I was surprised.」
「よかった」

ホッとしたように遙が微笑む。
俺に歩み寄るその足取りは覚束ない。

「下駄が久しぶりだとやっぱり歩きにくいな」

同じく紫色の巾着を手に持った遙がひょこひょこ歩いてくる。

「No worries。俺がちゃんとescortしてやるよ」
「あ、待って!鍵かけるから!」

遙は鍵をかけると、灰皿を玄関の扉の横に置いて、煙草を巾着にしまった。
いつもより歩幅が狭い遙の手を取り、ゆっくりと歩く。

昨日もこうして手を繋いだのに。
昨日と違う俺がいる。

今日の俺は、どうしようもなく遙の一挙一動、その姿に魅せられ。
平静ではいられない。

触れた指先からこの動揺が遙に伝わってしまうのでは、と思い、そっと手を握ることしか出来ない。
そんな俺の心配をよそに、遙は指を絡ませ手をしっかりと繋いでくる。
遙を見下ろすと、花が綻ぶような笑みを向けられた。
また胸の奥が苦しくなる。

一体、俺は、どうしてしまったんだ……?

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