Things that I can do for you -2-

出来れば遙に先ほど言いかけた言葉の続きを問い質したかったが、まもなく待ち合わせの場所に着いてしまった。
Concreteの地面の上に、空色の敷物を敷いて、その上に4人の男女が向かい合わせに座っている。

「おお!美紀に、遙!!まさか、遙が来るとは思ってなかったぜ。美紀から連絡受けて、遙の分も酒用意しておいたぜ」
「誘ってくれてありがと」

俺達を振り返り、手を挙げた男が驚いたように遙を見つめている。
遙は小さく笑った。

「遙なら大歓迎だ。あれ?隣の人、誰?うちの学内の人間じゃないよな?」

男が怪訝そうに俺の顔を見つめる。

「この人は伊達藤次郎。政宗様の末裔。仙台から遊びに来ているの。本家の人じゃないんだけど、うちとも付き合いがあるから」
「へぇ、そうなんだ!てっきり新しい彼氏かと思ったよ。手、繋いでるし」

言われて遙はさっと頬を染め、俺の手を離した。

「ええっと、あのね!慣れない下駄で歩いてつまずいちゃって…。ずっと藤次郎がエスコートしてくれてただけなんだ。ね?」

助けを求めるような視線で見上げられて、俺は小さく笑った。

「こいつは危なっかしくて見てられねぇからな」

遙がホッとした様に頷く。
何故か男もホッとしたように見えたのが気に食わなかった。

「藤次郎。この人達、みんな私の大学の友達。さっき話しかけてきたのは、来栖君ね」
「よろしく」

来栖はニヤリと笑みを貼り付けて、その笑みの向こうの瞳には挑戦的な色が浮かんでいた。
ますます気に入らねぇ。

「ああ、よろしくな」

俺も社交辞令程度にニヤリと笑った。
その目が笑っていないことくらいわかっている。
あいつの遙を見る目が気に入らねぇ。

「遙、隣来いよ。多分、ここからだとよく見える。チューハイ苦手だろ?サングリア買ってきたぜ」
「ホント?」

遙の顔がパッと輝く。
『チューハイ』も『サングリア』も何なのかよく分からなかったが、遙が好きなものだということは分かった。

だが。
好きなものにつられて男の誘いに乗るところが気に入らない。
だからお前は無防備なんだ。
あの男の目を見りゃ分かるだろう?
下心がありありと窺える。

遙は下駄を脱ぎ、危なっかしい足取りで、敷物の上を歩いた。
狭い敷物の上には肩を寄せ合うようにして人が座っている。
来栖の左隣は女で、来栖は遙を自分の右隣に座らせた。

「藤次郎、こっち。私の右に座って」

遙が俺を見上げふわりと笑う。
俺が隣に座っていれば、間違いは起きないだろう。
遙に手を出したらただじゃおかねぇ。

膝を抱えるようにして、二人並んで座る。
敷物は狭くて、並んで座ると腕が触れ合う。
隣の来栖ともそうして触れ合っていると思うと、落ち着かない。

「ほら、遙。お前の好きなサングリア」
「ありがとう」

遙はにっこりと笑って瓶を受け取ると、蓋を開けてこくりと一口飲んだ。
その目が嬉しそうに細められる。

「お酒飲むの、久しぶり。久しぶりにサングリア作ってみようかな…」
「遙のサングリア飲んでみたいな」

ねだるように来栖が遙を見つめる。
おい、必要以上に顔を近づけるんじゃねぇ。
思わずこめかみがぴくりと動く。
遙は小さく笑っているだけだ。

「ダメダメ!」

向かいから制止の声が上がる。
顔を見なくても分かる。
美紀だ。
いつも生意気だがたまにはいいこと言うじゃねぇか。

「遙の家に行かないと飲めないし。男子禁制。女の子だけの特権だもんね」
「来栖君、そういうわけだから、ごめんね」

にっこりと来栖に微笑みかけると、遙は俺を見上げ、瓶を差し出した。

「藤次郎も飲む?サングリア」
「ああ、もらおうか」
「It's kind of sweet. Made from red wine and fruits(ちょっと甘いかな。赤ワインとフルーツで出来ているんだよ)」
「I see」

早口に遙が話すのは他のやつに聞き取れないようにするためだろう。
来栖は怪訝そうな顔をしている。
異国語はこの世界でも誰もが理解出来るというわけではないらしい。
やはり、遙はeliteなんだろう。

Wineなら飲んだことがある。
南蛮貿易で奥州にも伝わってきた。
一口飲むと、wineの渋さとは違い、甘い果実の香りがした。
遙はいつも甘く爽やかな香りを身にまとっているから。
とても遙に似つかわしい飲み物だと思った。
軽い飲み口なのに、アルコール度数はwineと変わらない。

「Yeah, it's sort of sweet, but I like it. It's like you.(ああ、少し甘いな。でも、気に入った。あんたみたいだな)」

俺も早口に遙の耳元で囁くと、遙は薄っすらと頬を染めた。

「What do you mean?(どういう意味?)」
「It's like you in many ways, you see?(色々な意味で似ているぜ?)」

ただ甘いだけじゃない。
ふくよかな香りと果実の甘さがwineの渋さを隠しているが、その実、wineそのものの味とアルコールの強さは健在だ。
遙の一見儚げで頼りないところとは裏腹に、強情なくらい芯が通っているところが似ている。

からかうように唇の端をつりあげて笑うと、遙は拗ねたように少し頬を膨らませた。
その頬を指先でつつく。
吸い付くようなきめ細かい肌にはいつまでも触れていたい。
遙はくすぐったそうに、俺の手を掴んで頬から離すと、そのまま俺の腕を引き寄せた。

遙が顔を俺の耳元に寄せてくる。
ふわりとジャスミンの花の香りが鼻孔を掠めた。
遙の顔がすぐ傍にあることに、胸が高鳴る。
俺の手よりも二回りほど小さな手が俺の手に重なる。
どうしようもなくくすぐったい気持ちになる。

「Masamune, listen. I'll explain about the fireworks. Please don't be surprised. They use gunpowder. You'll hear an explosion, but it has nothing to do with a war, you see?(政宗、聞いて。花火について説明するね。驚かないでね。火薬を使うから、爆発音がするんだけど、戦とは関係ないから、ね?)」
「I got it(わかった)」

早口に耳元で異国語で囁かれると、甘い吐息が耳朶をくすぐって。
どうしようもなく遙を抱き締めたい思いに駆られた。
ああ、このまま遙を浚ってどこか誰もいないところに行ければ。
しかし、遙は花火を楽しみにしているし、花火を見る限り、うんざりするほどの人波にもまれなければならない。
こうして、座る場所があるだけでもluckyだ。

遙の顔が離れていく。
俺は照れ隠しにサングリアをもう一口飲むと、遙に手渡した。

微笑みながら遙も一口サングリアを飲む。


「あれ、遙?お前、人が口つけたものって絶対に口にしなかったんじゃなかったっけ?」

来栖に話しかけられて遙の動きがぴたりと止まった。
頬がみるみるうちに染まっていく。

「あ、あれ?えーと、ほ、ほら、藤次郎は特別なんだ。昔馴染みだし、ね?」

あたふたと言い訳をしている遙の瞳には困惑が浮かんでいた。

「ふーん。藤次郎とは間接キスしても大丈夫なんだ」

皮肉を言う来栖の言葉に、遙がますます顔を染める。

「もう、来栖君、あんまりいじめないでよ。中間試験、来栖君の成績抜いた腹いせ?」

来栖は僅かに目を見開いた後にニヤリと笑った。

「まあ、そんなところかな。期末は負けないぜ」
「もう、好きにして…。私はマイペースに頑張るから」
「来栖止めときなよ、遙に絡むのは。中間、遊んでたあんたが悪いんでしょ?まあ、いつも遙とは競ってるけどさ」

遙が溜息をついたところで、近くからひゅるるるという音が聞こえた。
俺がその音がした方向に目をやると、光の筋が夜空に昇っていく。
そして、途中で弾け、色とりどりの光が四方に広がり、煌きながら消えていった。
少し遅れて爆発音がする。

「花火、始まった!」

パッと顔を上げた遙の表情は、先ほどまで憂いを帯びていた表情から一転、きらきらと目が輝いている。
口元に淡い笑みを浮かべたその表情に俺はドキリとした。

確かに花火は今まで見たことがないほど儚く美しかったが、花火を映した遙の瞳の方がずっと美しかった。
俺も夜空を見上げ、花火を眺める。

薄明るい夜空一面に広がる火の花。
それぞれ形が異なり、息つく間もなく次々と打ち上げられる。

「Cool…」
「今年は金色が多いね。私、好きなんだ…」

腹に響く音は紛れもなく火薬を爆発させた音だ。
火薬なんて、戦の道具でしかない。
しかも、かなり貴重だ。
人々の目を楽しませるために、どれだけの火薬が使われているのだろう。
まったく平和な世界だ。
俺もいつか天下を取ったら、火薬を銃に使うのではなく、人々を和ませるために使おう。
花火を打ち上げてみようか。

夜空を見上げながら、隣の遙をそっと盗み見る。
うっとりとしたその横顔は、空に打ち上げられる花火の色に照らされていた。

遙の横顔に見蕩れていると、視線を感じる。
視線を移すと、来栖と視線がかち合った。
挑むように俺を睨みつけている。
俺は一瞥すると、地面につかれた遙の手に己の手を重ねた。

来栖の眉が顰められる。
遙は俺に気付き、視線を花火から俺に移して、ふわりと笑った。
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