Things that I can do for you -3-

「この花火大会はね、全国の花火職人が1年かけて準備して、それぞれの花火に意味があるんだよ」
「ほぅ。風流だな」
「藤次郎はこういうの好きでしょう?」

伊達男だもんね。

そう言う遙は何故か嬉しそうだ。

「伊達ねぇ。遙、自分の家のことあまり好きじゃないのに、何だかんだ言って、大切にしてるよね。政宗様大好きだもんね」

向かいに座った女が俺達を振り返りぽつりと呟いた。
遙が慌てて上げていた視線を戻す。

「ま、待って!藤次郎の前でその話しないで!」

そわそわと視線を彷徨わせて困ったような顔をしている。

『政宗様大好き』との言葉に胸がドキドキとする。
遙が俺のことを好き……?

「俺はその話知らねぇな。聞かせてくれるか?」

女が蕩けそうな声音でわざとねだるように促すと、遙の大学の女友達は頬を薄っすらと染めて話し出した。

「この子、伊達政宗のことをすごく尊敬しているのよ。私達の前でもたまに『政宗様』って言うし。今時、『様』つきだもの。政宗様あってこその如月家だって。でも、伊達政宗って小さい頃に天然痘にかかって、母親の愛情を失ったでしょう?それが可哀想って。でも、すごく強い人だって。伊達政宗を治せなかったのは如月家の責任だって感じてるみたい。致死率90%の感染症で生き残っただけでも私はすごいと思うけどね。確かに今の医療技術だったら簡単に防げる病気だけどね。だから、遙、感染症の研究をしたくて、マラリアのワクチン開発したいなんて言ってるのよ」
「マラリア?」
「熱帯の寄生虫による感染症なんだけど、それこそ、世界で億単位の人間が感染して死んでいるの。ワクチン開発したらノーベル賞ものよ。ワクチンがない感染症だから、開発にも危険が伴うのに。如月総合病院継がなきゃいけないのに何考えてるんだか。もったいないよ。手先器用だし、優秀だから外科医になった方がいい。心臓外科とか脳外科とか」

遙がそんなことを考えているなんて知らなかった。
俺が疱瘡を患ったことをそんなに気に病んでいるなんて。
そして、自らの危険を顧みず、流行り病の研究をしたいと願っているなんて。

遙の身が危険に晒されるなんてこと許せねぇ。

「遙。それは諦めろ。あんたを危険な目に合わせるのは許さねぇ」

遙が叱られた子供のように目を伏せる。
俺は耳元に唇を寄せて囁いた。

(伊達政宗としての命令だ。いいな。あんたが気に病むことはねぇ)

遙はハッと目を上げ、恥ずかしそうに微笑んで頷いた。
その瞳に憧憬の色が浮かんでいるような気がした。

遙の『好き』は俺の期待していた『好き』ではなかったけれど。
それでも、遙が自分の身を危険に晒してまでも、俺のことを気にかけてくれているのが嬉しかった。
例えそれが憧憬でも。

「さっきから気になってたんだけど、藤次郎君の右目の眼帯って伊達政宗を意識してるの?」

先ほどの女が俺をつつく。
俺は答えず、ただ唇の端をつりあげて笑った。
目が合うと女は頬を染める。

「う、うん。あのね、麦粒腫が出来て…。折角浴衣だし、白い眼帯じゃつまらないかなって思って、政宗様と同じ刀の鍔で眼帯にしてみたの。流石政宗様のお血筋だよね。似合っててびっくりした」
「はぁ、遙。あんた、つくづくゴスとかそういうの好きだよね」
「うん。刀とか十字架とか格好いいよね」
「そういうのを普通に持ってるところがすごいよ」
「あはは」

遙は軽く笑うとまた夜空を見上げた。

俺が伊達政宗であることを隠す嘘を吐いたせいか。
その目が少し泳いでいる。
遙の手を軽く握ると、遙は俺を見上げ、悪戯っぽく笑った。

微笑を浮かべた遙の頬の向こう側で花火がきらきらと煌き夜空に消えていった。
幻想的な光景に息が止まる。
美しいけれど儚い。
儚いからこそ美しい。
遙もいつか俺の前から花火のように消えてしまう。
そう思うと、胸の奥が苦しくなった。

花火を眺めながら、二人で一つのサングリアを分け合って飲む。
空になった瓶を遙が足元に置くと、来栖がまた違う瓶を差し出してきた。

「ほら、遙。夏はやっぱりビールだろ」
「わー、coronaだ!ありがと!」

一口飲んで、遙が軽く眉を顰める。

「ライム、入ってない…」
「流石にそこまで用意出来なかったよ。ほら、贅沢言わない」
「はーい」

二口ほど飲んで、瓶を俺に差し出す。

「はい、藤次郎」
「Thanks」

遙から受け取り、一口飲んでみると、昨日飲んだコーラみたいに発泡していて、酷く苦かった。
俺も思わず眉を顰める。

「ビールは苦手?」
「いや、慣れてないだけだ」

確かに蒸し暑い気候にはぴったりなのかも知れない。
味を確かめるように、ゆっくりと一口、二口飲んでいると、来栖が溜息をついた。

「遙、さっきからほとんど飲んでないじゃないか。コンビニに買いに行くぞ。遙の分と藤次郎の分」
「え?私、別に飲まなくてもいいよ」
「あ、遙と来栖、コンビニにいくならポテチとビール買ってきて。あと、烏龍茶」

来栖の隣に座った女が口を開いた。
すると、次々に遙と来栖へ注文が飛ぶ。

「はぁ、仕方がないか。コンビニすぐそこだし、行ってくるよ。藤次郎、すぐ戻って来るからね」

来栖と二人きりで出かけるのか!?
俺は不安に駆られた。
あいつの遙を見る目が気に入らねぇ。
遙は下駄で歩くと危なっかしい。
それにこの人出だ。
戻って来られなくなるのでは……。

「Don’t worry. I’ll be right back.(心配しないで。すぐ戻ってくるから)」

囁くように言って、柔らかく俺に微笑みかけると遙は立ち上がった。
少しだけ覗かせている地面の上を、飛び石の上を歩くように危なっかしく遙が歩く。
来栖がその腕を取って支えた。

……イライラする……。
遙に触れるんじゃねぇ!

来栖は遙を振り返り、俺に視線を移すとニヤリと笑った。
奥州筆頭に喧嘩を売ろうとは上等じゃねぇか。
遙は渡さねぇ。

立ち上がろうとすると、来栖の隣に座っていた女が距離を縮めてきて、俺の隣に座った。

「藤次郎君、飲んでる?来栖と遙が冷たいの買ってきてくれるから、遠慮せずどうぞ。大丈夫、すぐ帰ってくるし。飲みながら花火見るのって風流でいいよね」

俺に寄り添うように座ってくる。
今までなら、こういう女は気が向いたら適当に抱いて悦ばせて捨ててきた。
もう、女に話を合わせる気にもなれないが、遙の面子もある。
遙の大学の友人ならば仕方がない。
俺は聞こえないように溜息を吐いて、ビールを一口飲んだ。
まるで俺の心の中と同じように苦い。

女が話しかけるのを上の空で適当に相槌を打つ。
……イライラする……。
俺は、遙から受け取った扇を手持ち無沙汰に弄んだ。

女は酔っているのか、露骨に俺に身体を寄せてくる。
目が艶っぽく潤んでいるが、相手をする気にもなれなかった。

差し出される酒を煽りながら、しばらく扇を悪戯に閉じたり開いたりしている。
どれだけの時間が経ったのだろう。

周りのやつらは、花火が上がるたびに歓声を上げ、手を叩いている。
さっきまでは、遙と一緒に花火を眺めていて、それも楽しかったが、遙が隣にいないだけで、興醒めしてしまう。
俺だけ周囲から隔絶された気分だ。

目の前には、空けられた酒の瓶が次々と転がっていく。

「藤次郎君ってお酒強いんだね。何か、姿勢はいいし、扇子を弄ぶのが様になってて、格好いい。殿様みたい。流石、伊達家の人間だね。殿って呼んじゃおうかな」

俺を『殿』と呼んだ遙の表情がフラッシュバックする。

違う……。
こんな女に呼ばれたいんじゃねぇ。
俺が呼んで欲しいのは。
俺が欲しいのは……。

「Cut it out. (やめろ)気安く呼ぶんじゃねぇ」

低く呟くと、女がびくりと身体を震わせて、俺から離れた。
後ろを振り返って花火を見ていた美紀が、驚いたように俺を振り返った。

「藤次郎、どうしたの?」
「別に、何でもねぇ」
「眉間にくっきり皺刻んじゃってさ。あ、そう言えば、遙遅いね。あと20分くらいで花火終わっちゃうよ」
「遙……ね。もしかしたら戻って来ないかも……ね」

さっきまで俺に寄り添っていた女がニヤリと笑っている。

「どういう…こと?」

美紀が眉間に皺を寄せて女に詰め寄る。

「遙さぁ、男と別れたじゃん?来栖、前から遙のこと狙ってたからさ。遙、美人で可愛いし、如月総合病院の院長の娘でしょう?失恋して落ち込んでる今がチャンスじゃない。学年トップ二人がカップルになったら、遙の親も諸手挙げて喜ぶんじゃないの?」
「Shit……!!」
「そんなっ!!ちょっ、藤次郎!?」

立ち上がった俺を美紀が驚いたような表情で見上げる。

「分かりきったことを聞くんじゃねぇ。遙を探しに行く」
「待って!私も行く!」

人混みをすり抜けるように歩いて行くと、美紀の抗議の声が上がった。

「藤次郎、待ってってば!!そんな闇雲に探しても見つかるわけないよ!」
「Then, what should I do!?(なら、どうしろってんだ!?)」
「落ち着いてよ!遙の携帯GPSついてるからさ、それで探す」

美紀は携帯をいじり始めた。
遙が来栖に無理矢理襲われていないか。
そんなsceneを想像するだけでひやりとする。
絶対に許せねぇ。

美紀が携帯をいじっている間、悪い想像ばかりしてしまう。
ああ、遙。
一体どこにいるんだ。

「いたっ!!」
「どこだっ!?」
「ちょっと!!これ、コンビニと逆方向じゃん!!あいつ!!遙に何かしてたら絶対に許さないんだから!!」
「Don’t worry. あいつが遙に何かしたら、俺がただじゃ置かねぇ」

いらついたまま美紀に答えると、美紀がひゅっと息を呑んだ。
目が完全に据わってるのが自分でも分かる。

「政宗…人殺したら遙とは一緒にいられないからね。せめて、ノックアウトするくらいにしておいてね。いい?絶対だよ!!骨折るとかもダメだからね!!遙といられなくなるよ?」

いつものtensionとは違い、低い声で、必死に、静かに諭すように美紀が言う。

出来ればあいつを叩き斬ってやりたいくらいだ。
あんな細い身体だったら、蹴り一発入れるだけで骨の一本や二本簡単に折れるだろう。

でも、遙といられなくなるというのなら……。

「……わかった……」

チッと舌打ちして視線を外すと、美紀はホッとしたように息をついた。

「政宗、行くよ!」
「言われるまでもねぇ」

美紀は小走りに走り出した。
その後を、大股に歩く。
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