Your Song -3-

俺は遙に聞こえないように溜息を吐いた。
昨日から遙に振り回されっ放しだ。

そばにいたいのに。
触れたいのに。
そうするときっと自分が抑えられなくなるから、遙が寝静まるのを待ってから、わざわざ別の部屋で寝た。
いや、実のところ一睡も出来なかった。
遙の温もりを思い出して。
柔らかな香りを思い出して。

忘れようとすればするほど記憶は鮮明に蘇り。
遙を想って、幾度となく溜息を吐きながら寝返りを打った。
気付いたら、カーテンの隙間から白い朝日が差し込み。
でも、この部屋から出たら遙を起こしてしまう。
折角安らかな顔をして眠っている遙を。

やりきれない想いでぼんやりと天井を眺めていると、微かに俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
それは気のせいかと思うほど小さな声で。
思い過ごしかと思って起こした身体を再び横たえると、今度は切羽詰った声で俺の名が呼ばれた。
慌てて飛び起きて、扉を開けると、遙が体当たりをするように抱きついてきた。
しっかりと俺の首に両腕を回して。
縋るように俺の名前を呼びながら胸に顔を埋めてくる。

遙がこうして俺を求めることをずっと願っていた。
遙のことを想って眠れなかった一晩中。

俺を求めて名を呼んで欲しい。
前の男の面影を追ってではなく、心から俺を欲して抱き締めて欲しい。

遙がこうして抱きついていることがまだ信じられなくて。
抱き締め返したら、きっとそのまま唇を奪ってしまって。
止まらなくなるから。
遙の想いを確かめるまではそれは出来ないから。
俺はそっと遙を引き剥がしてその顔を覗き込んだ。
遙の頬には涙の跡があった。


『政宗がいなくて……。消えてしまったのかと思ったの』


消えてしまう…。
その一言に、俺達の現実を突きつけられたような気がした。

俺は消える。
近い将来遙の前から消えてしまう。

その言葉がこれほど残酷に響くとは思わなかった。

出来れば遙の気持ちを確かめたかった。
俺と同じ気持ちを抱いているのかと。
俺が恋しいから泣いているのかと。
でも、もし、遙が同じ気持ちだったら……。
もし、俺達が結ばれることになったら……。
無情にも訪れる別れの時、俺は、遙は、どんな気持ちで別れなくてはならないのだろう?

俺は怖かった。
一度手に入れて、その後すぐに手放さなければならない喪失感を想像して耐えられなかった。
泣いている遙を抱き締めてやりたかったけど。
腕の中で涙枯れるまで泣かせてやりたかったけど。
そうしたら俺達の間にある、ささやかな一線を越えてしまうような気がして。
俺が傷付くだけならいい。
遙のための痛みなら甘んじて受ける。
でも、もし、遙も俺と同じように傷付くのならば。
俺のいないところで遙を泣かせたくなかった。
だから、抱き締めたいのに、抱き締めてやることが出来なかった。

そんな俺の想いを知らず、遙は平静を取り戻すと、すぐに医者の顔になる。
小十郎の話……。
正直他の男の名を遙の口から聞きたくない。
まあ、小十郎の話は俺に対する警告だったからまだしも。
小十郎の子が小十郎の手によって殺されるなんて断固阻止だ。
それはいい。

しかし、遙に世継ぎについて諭されるとは。
他でもない遙の口から。

胸の奥が苦しくなる。
遙。
お前は俺が他の女を抱いてもいいのか?
俺が他の女と子をもうけても何とも思わないのか?

遙は如月家を継がなければならない。
当然、世継ぎをもうけなければならない。
閨に入って他の男に抱かれる遙を想像すると、気が狂いそうになる。

胸の奥が苦しくなって。
誰にも渡さないよう、遙を浚ってしまいたい。

でも、それが俺達の現実。
遙は至極真っ当なことを言っている。
俺も家を継ぎ、遙も家を継ぐ。

それでも遙の口から聞きたくなかった。
こんなにも遙を欲しているのに。
遙しか欲しくないのに。
他の女なんか抱く気になれない。

お前だけが……。
お前だけが欲しいんだ……。

俺はやりきれなくなって寝返りを打った。


さっきからカタカタとノートパソコンを打つ音が聞こえてくる。
時折、紙をめくるような音が聞こえる。

遙を恨めしく思うのに、それでもそばに彼女の気配を感じるだけで喜びを感じるのだから俺はどうかしてる。
再び寝返りを打つと、遙の整った横顔が見えた。
涼しげな表情でキーを軽く叩いている。
俺の視線に気付き、遙は振り返った。

「政宗、まだ眠れない?」
「ああ」
「添い寝……してあげようか?」

俺は少し目を瞠り、固まってしまった。
遙は悪戯っぽくくすりと笑う。

冗談じゃ済まされねぇ。
俺がどれほどドキドキとしているかわかっているのか?

遙は立ち上がり、壁際の機械をいじるとすぐに戻ってきた。
聞いたことのない音楽が流れてくる。

「音楽を聴いたら少しは落ち着くかな、と思って。気が散るから歌は入ってないけどね」

遙は俺の隣に横たわり、手を差し伸べて、髪を梳き始めた。
まだ胸がドキドキと高鳴っているが、それでも髪を梳かれるのは心地よい。

遙が音楽に合わせて歌を口ずさんだ。



Close your eyes.
Give me your hand, darling.



音楽は続いているのに、遙がそこで口ずさむのを止めるので俺は閉じていた目を開けて遙を見つめた。

「続きは?」

遙は少しはにかんだように笑って人差し指を唇に当てた。

「内緒」
「何だよ、それ」
「いつか、機会があったら教えてあげる。I told you. Close your eyes. Give me your hand.(言ったでしょう?目を閉じて。手を貸して)」
「Darlingは?」

強請るように言うと、遙は困ったように笑った。

「まだdarlingじゃないからダメ」
「まだ?」

それはいつかは俺にも望みがあるということなのか?

じっと見つめていると、遙は曖昧に微笑んで、俺の手を握るとまた音楽に合わせて歌いだした。




Say my name.
Sunshines through the rain.
A whole life, so lonely.
And then you come and ease the pain.
I don't wanna lose this feeling.




遙の透明感のある甘い声が耳に心地よい。

「政宗のことみたいだね……」

ふと遙が口にした。

「彼氏と別れて、寂しくて孤独で。まるでしとしとと降っている雨の中、雨雲の隙間から射す日の光みたいに。政宗が現れて私の痛みを癒してくれたの」



『I don't wanna lose this feeling』



それは遙も俺と同じように、一緒にいたいということなのだろうか?
お前が覚悟を決めているというのなら、俺は……。

じっと見つめていると、遙が手で俺の目を覆い、額にkissを落とした。

「目を閉じて。そばにいるから。だから、眠って…」

離れていく唇を名残惜しく思う。
俺は目を閉じた。

遙が俺の手を握り、もう片方の手で優しくゆっくりと髪を梳いてくれる。

静かな音楽と、遙の手の温もり、髪を梳かれる心地よさに、緊張が解け、やがて睡魔に襲われ俺は眠りに落ちていった。

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