目を擦ると、睫がしっとりと涙で濡れている。
どんな夢かほとんど覚えていないが、とてもとても哀しい夢を見ていたような気がする。
心にぽっかりと穴が開いたような空虚な気持ちに、また私はじわりと涙が滲むのを感じた。
ぐすぐすと鼻を啜りながら寝返りを打って、私は初めて違和感に気付いた。
昨日、私を抱き締めて眠ってくれていたはずの政宗がいない。
昨日までは、意識が浮上するとともに、政宗の温もりを感じて、それだけで酷く安心していた。
政宗の腕に抱かれて、温もりに包まれていると、それだけで、凍えていた心がじんわりと温かくなっていくのを感じていた。
私はさっと蒼褪めてがばりと身体を起こした。
「まさ…むね……?」
小さく呟いてみるが、部屋に響いているのは少し強めにかけたクーラーの音だけ。
「政宗?……政宗っ!!」
一言目は問いかけるように。
二言目には私は取り乱し、叫んでいた。
「どうした!?」
がらりと引き戸が開いて、奥の部屋から政宗が姿を現した。
私は立ち上がり、政宗に駆け寄ると、背伸びをして政宗の首に両腕を回して抱きついた。
「政宗っ!!政宗っ!!」
消えてしまったのかと思った。
突如現れたのだから、いついなくなってもおかしくはない。
私は政宗の温もりを確かめるかのように、ぎゅっと抱きつき、広い胸に顔を埋めた。
とくんとくんと少し速い政宗の鼓動が聞こえてくる。
確かに政宗はここにいる。
政宗の温もりを感じる。
それでも、私は先ほどの喪失感を思い出し、涙がじわりと滲むのを止められなかった。
「落ち着け、遙。どうした?」
政宗はそっと私を引き剥がし、頬に手を当てて顔を上に向かせると、私の顔を覗き込んだ。
そしてハッと目を見開く。
「泣いて……いたのか?何があった?」
「哀しい夢を……見てたんだと思う。泣きながら目覚めたら、政宗がいなくて……。消えてしまったのかと思ったの。そうしたら、哀しくて、哀しくて……」
我ながら子供じみた言い草だと思う。
それでも、彼の澄んだ瞳の前では、どんな言い訳も陳腐に思えた。
政宗は少し驚いたような、そして、少し苦しそうな笑みを浮かべると私の頭をくしゃりと撫でた。
「俺はここにいる。帰るべき時が来るまでどこにも行かねぇよ」
『帰るべき時』という言葉に胸がずきりと痛む。
そうだ。
政宗はいつかは、いや、近い将来いなくなってしまうのだから。
お願い、行かないで……!!
夢の中でそう叫んでいたような気がする。
あれは政宗だったの?
私はまた哀しくなって、政宗の背に腕を回してぎゅっと抱きついた。
この温もりを手放したくなかった。
頬を政宗の胸に押し付けると、とくんとくんと力強い鼓動が聞こえてくる。
政宗は私の背中に腕を回し。
ぎゅっと抱き締めてくれるのかと思ったら、私の背で両手を組んでそっと背中に添えた。
俺はここにいると。
強くかき抱いてそう言って欲しかったのに。
少し距離を置かれているようで、それが寂しかった。
「私……寝相悪かった?朝起きたらいなかったからびっくりしたの」
涙を指で拭いながら政宗を見上げると、政宗は苦笑いをして首を横に振った。
「いや、そうじゃねぇ。少し考えたいことがあったからな。あんたを起こしちゃ悪いと思って黙って奥の部屋で寝ることにした」
「そっか……。ごめんね、取り乱して」
政宗がこちらの世界にやってきて四日目。
色々考えたいこともあったのだろう。
自分の都合ばかり考えて、政宗の温もりを追い求めていた自分を私は恥じた。
政宗には政宗の世界がある。
こちらの世界に来て、戸惑うことも多いだろう。
持ち前の順応性で全くそんな戸惑いなんて微塵も見せないが、内心では色々な葛藤があるに違いない。
それが溜まりに溜まって、一人になりたくなったのだろう。
「政宗、昨日は眠れた?」
じっと政宗の顔を観察する。
少し疲れた顔をしている。
目も心なしか赤い。
「いや、よく眠れたぜ」
「嘘」
私は政宗の手首を取ると、時計を見た。
そして、脈拍を測る。
少し頻脈。
不整脈とまで行かないが、少し脈が乱れている。
「政宗、ほとんど寝ていないでしょう。目は少し充血しているし、脈が速い。血圧は測らないと分からないけど、きっと少し高いと思うよ」
「Ha!流石、如月のじいさんの末裔だぜ。誤魔化せねぇか。戦に行ったら、不眠不休なんて当たり前だぜ。これくらいどうってことはねぇ」
「ここは、戦場じゃないんだよ?ちゃんと休まないとダメだからね」
私が真剣な眼差しで諭すように言うと、政宗は降参したかのように両手を挙げた。
「Alright, alright。伊達家の御典医の言うことは聞かねぇとな」
政宗は悪戯っぽく笑うと、私が寝ていたベッドの上に横たわった。
「ずっと起きていたならお腹空かない?大丈夫?」
「いや、あまり食欲がねぇ。悪いが後にさせてもらうぜ」
「わかった」
私もあまり食欲がなかったので、インスタントのコーンスープを作って、奥の部屋から専門書とノートパソコンを取ってきた。
奥の部屋にデスクがあるので、そこで勉強すればいいだけの話だが、何となく政宗から離れがたかった。
政宗はもしかしたらずっと起きているかもしれないから。
きっと私はそれが心配なんだ。
でも、この違和感は何だろう?
そう言い訳してみてもしっくりと来ない。
私はもやもやとした気分を払うように、床に座り込み、ノートパソコンを立ち上げた。
政宗が興味深げに覗きこんで来る。
「What the hell is this?」
「これはノートパソコン。文書を書いたり、情報を検索したり出来るんだよ」
「この板みたいなのでか?どうやって?」
私は検索エンジンを立ち上げて、キーワードを入力して検索結果を政宗に見せた。
「Oh, my goodness。忍びなんていらねぇじゃねぇか」
「そんなことないよ。現代にも忍びはいるし。ここに出てくる情報は、どれも、公開されても大丈夫な情報だけだよ。私は医学を勉強しているから、その情報をこれと本で検索をしてレポートを書くの。レポートもこの機械で書けるんだよ」
政宗はしばらくPCをいじって、そこで止めた。
「武田や真田のことを検索しても仕方がねぇか。400年以上のtime ragがあれば情報は限られるしな。何より、俺自身の生涯なんて知りたくもねぇ。俺は俺の人生を生きるからな」
政宗はフッと笑うと、またベッドに身体を沈めた。
「そうかもね。あ、でも一つだけ教えておいてあげる」
「何だ?」
「小十郎がね……」
政宗の眉がぴくりと動く。
少し不機嫌そうな表情になったので、私は言うべきか少し躊躇したけれど、これは大事なことだから、意を決して続けた。
「小十郎に嫡男が生まれるの。でも、政宗にはその時まだ嫡男がいなくて。政宗様に嫡男が生まれないのに、自分に嫡男が生まれるなんて許されないことだって、小十郎は自分の子を殺そうとするの」
「What!?マジかよ!!」
「うん。もしかしたら、小十郎は嫡男が生まれたことを隠そうとするかも知れないから、気をつけて見てあげてね。そして、小十郎が子を殺そうとしていたら必ず止めてあげて」
史実では、実際に政宗様が小十郎を宥めて子は無事殺されなくて済むけど。
それでも、BASARAの小十郎も史実に違わぬほど熱い人だから、もしかしたら本当に嫡子が政宗に生まれなかったら自分の嫡子を殺してしまうかも知れない。
「Okay, わかった。あいつならやりかねねぇ。絶対にそんなことはさせねぇからな」
「よかった。小十郎のためにも早く子をもうけてあげてね。戦も大事だけど、留守を守る御正室や側室も大事だよ?」
そう言うと、政宗は顔を顰めて寝返りを打って私に背を向けた。
「全然似てねぇと思ってたけど、あんたやっぱりあのじいさんの末裔だな。その説教は嫌ってほど聞かされたぜ。そのうち考えておく」
政宗がそれっきり黙ってしまったので、私は小さく溜息をついて、大学の課題に取り組み始めた。
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