それは遙と別れる日の夢だった。
俺が白い光に包まれていく。
視界がだんだんと狭くなり、遙はさよならを言うように背を向けた。
俺はまだ何も伝えていない。
この恋焦がれる気持ちをずっと抱き続けて、想いを遂げることが出来なくて。
ずっとずっとこのままの気持ちで、元の戦国の世に戻って、姫を娶るなんて考えられなかった。
せめて想いだけでも伝えたい。
遙の名を必死に呼ぶ。
遙っ……遙っ……!!
ぴたりと遙の動きが止まる。
そして、振り向き、遙が手を差し伸べた。
もう、遙の胸から上しか見えない視界の中、遙の差し伸べた手が、優しく俺の額に触れる。
「政宗……さよなら……。楽しかった。貴方に会えてよかった……」
違う!!
勝手にさよならなんて言うんじゃねぇ!!
俺は!
俺はまだ何も伝えてねぇ!!
溢れる想いをとても言葉になんて出来なくて。
遙の差し伸べた手を反射的に掴んでいた。
ぐいと引き寄せると、俺と遙を阻んでいた光の壁がふわりと消える。
離したくなかった。
ずっと抑えていた想いは、言葉にはならず。
俺は遙の唇を奪っていた。
今までのような、戯れのkissではなくて。
思いの丈をぶつけた本気のkiss。
遙が驚いたように身を強張らせたが止まらなかった。
離せば今度こそ遙と離れ離れになってしまうような気がして。
柔らかな唇に眩暈を覚える。
でも、それはあまりにも現実感がなくて。
ふわふわとしていて輪郭が曖昧な夢のようだった。
離せばそのまま遙が消えてしまうような気がして、手首を掴んだ指に力が篭る。
遙が抗議をするように、俺の胸を押し返そうとするが、止まらなかった。
遙の上に圧し掛かり、髪に手を差し入れ、引き寄せながら口付ける。
何度か、遙が言葉を発しようと口を開きかけるが、それを許さない。
別れの言葉なんて聞きたくない。
やがて遙の身体から力が抜けていき、俺のkissに応えていく。
それでも、遙が消えてしまうのではという不安は消えない。
手首をぎゅっと握り締めると、身体の線をなぞっていく。
何故、自分がこうして無理矢理抱くような真似をしているのか分からなかった。
遙が抵抗らしい抵抗をしないからだろうか。
違う。
これで最後だと思うと。
とても言葉でなんて想いを伝えることが出来なくて。
これは俺の一方的な想いなのに。
遙に俺という存在を刻み付けたかった。
俺を永遠に忘れないように……。
何度も抱き締めたのに、一度も触れたことのなかった柔らかな胸を荒々しく揉むと、遙がそれを止めようと、俺の手に手を重ねる。
この瞬間だけは、俺を拒まないで欲しかった。
俺を遙に刻み付けたい……。
俺は遙の唇を解放すると、首筋をきつく吸い上げた。
この痕はきっと数日で消えてしまうけど。
目に見える形で、遙の身体に俺の痕跡を残したかった。
「やぁああっ!!……はぁっ……政宗っ……!!」
ずっと、壁を隔てた向こう側で起こった出来事のように、五感が霞がかっていた世界に、急に、艶っぽい遙の声が生々しく響いた。
ハッとして身体を離すと、遙が呼吸を乱しながら、潤んだ瞳で俺を見上げている。
輪郭がぼやけていた世界は今や鮮やかな色彩を取り戻し。
眠りに落ちるその前のままの部屋だ。
少し乱れたベッドの上で、遙が俺を見上げていた。
俺は、何をした……?
夢を見て、そして夢の中で……。
俺は夢の中での出来事を、実際に遙にしてしまったのか?
無理矢理抱いて……?
どこまでが実際に遙にしたことか、分からない。
でも、遙の首筋に目をやると、鮮やかな紅い華が咲いていた。
紛れもなく俺がつけた痕だ。
何故こんなことに……。
遙は俺が魘されていたから起こそうとしたのだと言う。
ならば、俺が遙の手を引き寄せたあの瞬間から、全て現実の出来事だったということだ。
遙を傷つけたくなかったのに……。
目を伏せ、唇を噛むと、遙は優しい声音でこう言った。
「寝惚けていたんだよ……ね?……きっと好きな人の夢を見て……」
ハッと目を上げる。
遙……。
気付いたのか……?
お前への、この想いに。
こんなことをして、尚、そんなに優しい目をしているなんて。
俺は期待してもいいのか?
俺を受け入れてくれるのか……?
しかし、次の瞬間、遙は辛そうな表情になった。
「私、その人の代わりになってもいいけど……でも、一線は越えられないよ……ゴメン……」
「違う!!そんなんじゃねぇ!!」
反射的に叫んでいた。
違う。違う。
俺は……。俺は……!!
お前は誰かの代わりなんかじゃねぇ!!
お前のことが。
お前のことだけが好きなんだ。
愛して…いるんだ……。
「俺は……俺は……!!……くっ……」
遙のことが……。
想いを告げそうになって踏みとどまった。
今想いを告げてどうする?
遙を困らせたいのか?
それに、もし、想いが通じたとして……。
夢の中での、引き裂かれるような想いを思い出す。
あんな想いをするのは俺だけで十分だ。
遙を泣かせたくない。
笑っていて欲しいんだ。
もし、告げるとするならば、俺が消える前にそっと告げよう。
愛していたと。
これからもずっと愛し続けると。
あんな乱暴なやり方ではなく。
そっと抱き締めて。
耳元で愛を囁いて、頬に口付けを落として、そして別れよう。
俺は軽く頭を振って、遙に謝罪すると奥の部屋に行った。
今更ながらに遙の唇や柔らかな身体の感触が蘇ってくる。
抱き締めてずっと離したくない。
遙が愛しい……。
あんな風に抱きたいわけじゃなかった。
もっと、優しく抱き締めて。
でも、それは叶わぬ願いだから。
あんな狼藉を働いてしまって遙に申し訳ない。
嫌われても仕方がない。
なのに、何故お前はそうやって笑うんだ?
そして、笑いながらも俺の期待を粉々に打ち砕くんだ?
遙を愛しく思いながら、同時に恨めしく思いながら、俺は溜息を吐いた。
ずっと傍にいたいのに。
その気配を感じていたいのに。
寂しいなら抱き締めてやりたいのに。
もう、俺にはそうすることが出来ないと思えた。
愛しさは胸の奥で渦巻き、ちりちりと心を焦がす。
そのあまりの熱さに溜息が漏れる。
愛しさと恨めしさが同時に心を苛み、狂いそうだった。
神仏なんて信じていないけれど。
もし神がいるならば。
願わずにはいられなかった。
俺の心の汚れた部分を全て消してくれ……。
見返りを求めない、純粋な想いであいつを愛したいんだ……。
やがて、昨日からの疲れもあったのか、俺は眠りに落ちていった。
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