龍恋の鐘 -4-

私が家に帰ると、政宗はソファに座って本を読んでいた。
英語の文献が物珍しいらしい。
読んでいるのはシェイクスピアのジュリアスシーザーだ。

「ごめんね、遅くなって。美紀に会ったの」
「No problem。あんたの部屋、色々本があって飽きないから構わねぇ」

政宗は、フッと優しく笑った。

「飯、出来てるぞ」
「あ、ちょっと調べ物したいから、その後でもいいかな?」
「ああ、いいぜ。じゃあ、俺は風呂に入ってくる」

政宗が部屋を出て行くのを確認してから、私はPCを立ち上げた。
そして、ネットで龍恋の鐘の位置を確認するために検索をかける。

正直驚いた。
美紀ったら、一体何を考えてここを選んだの?
『龍恋の鐘』っていうくらいだから、龍に恋をするって意味で私になぞらえたんだと思っていたら。
龍が天女に恋をしたのが元の謂れだなんて……。
これではまるで政宗が私に恋をしているみたいじゃない。

どうしよう……。
こんなの政宗に見せられないよ……。
だって、政宗には好きな人がいるんだから……。

でも……。
振られに行くのならば、もう、どこでもいいような気がした。
恋する龍の前で、私の恋は終わるんだ。
そして、今までとは違う形で政宗と過ごすことになる。
この、もやもやとした、切ない気持ちをずっと抱えながら政宗を避け続けるよりも、ずっと建設的に思えた。

明日のレストランの予約を電話で済ませて、また龍恋の鐘のページを眺める。
相模湾が臨める、風光明媚な場所らしい。
きっと夕暮れ時に行ったら、綺麗だろうな。
そこで振られるけど。
でも、折角だから、政宗に江ノ島の展望台からの景色を見せてあげたい。
どうやら明日は上弦の月だから、きっと、南中した月明かりが海に反射して綺麗だろう。
藤沢と鎌倉の町の明かりが一望出来るのも素敵だ。
前に、政宗に展望台からの景色を見せる約束をしていたから丁度いいかも知れない。

唐突にドアが開く気配を感じて、私は驚き、反射的にウィンドウを閉じた。

「あ、政宗?早かったね!」

声が少し上ずっているのが自分でも分かる。
落ち着け、落ち着け、と思うのに、ドキドキと心臓が早鐘のように打つ。
政宗は少し首を傾げて私を見つめた後、ソファに座って濡れた髪をがしがしと拭いた。

「いい湯だったぜ。あんたも入ってきたらどうだ?」
「うん。じゃあ、私もお風呂入ってくるね」

私は、そそくさと部屋を出て行った。




遙が部屋を出て行ってすぐに俺はPCの前に座った。
俺が部屋に入ってすぐに遙が慌ててウィンドウを閉じたのが気になっていた。

今日の遙は、帰宅してからの遙はいつもと様子が違う。
美紀と会ったというが、一体何を吹き込まれたのか。
それでも、ここのところかなり沈んでいた遙が少し吹っ切れたように明るくなっていたのが嬉しかった。
その寂しさを埋めてやるのが俺じゃなかったことが悔やまれるが。

エクスプローラーを立ち上げて、履歴を見る。
すると、『龍恋の鐘』についてのサイトが表示された。

龍が天女に恋をして、ずっとその龍が守り続けている島、江ノ島。
龍が恋……。
龍が自分に重なる。
天女は遙だ。
遙は、俺の気持ちに気付いたのか……?

しかし、説明を読んでいるうちに不安が増していく。
龍恋の鐘の前で愛を誓った恋人同士は永遠に結ばれる。
遙は、もしかしたら……。
誰か、他の男とここに行くのかも知れない。
遙がここのところずっと塞ぎこんでいたのは、その男に恋をしていたからかも知れない。
遙には俺の知らない遙の世界がある。
大学に勉強をしに行っていたのも確かだろうが、その男に会っていなかったとは言い切れない。
遙は家を継がなければならない。
それならば、同じ大学の、同じ医学を学ぶ男に恋をして、その男とその鐘の前で愛を誓い、永遠に一緒に過ごすつもりなのかも知れない。
一緒に遙の家を継いで……。

そう思うとやりきれなくなっていく。
遙がわざわざ隠そうとしたものだ。
俺に見せたくなかったのだろう。
知らなければよかった。

俺は溜息を吐き、煙草と灰皿を持って、ベランダに出た。
もやもやとした気持ちを打ち消そうと、肺いっぱいに煙草の煙を吸い込む。
いつの間にか、ここのところ、俺も遙と同じような吸い方になっている。
一度深く吸い込んだ後、煙草を唇から離し、さらに深く吸い込んでから煙を吐き出す。
それでも、胸のもやもやは消えなかった。
2本吸ったところで、俺は諦め、部屋に戻ると、遙が濡れた髪を拭いていた。

「あ、政宗。お風呂沸かしておいてくれてありがとう。私、明日は大学に行かないから、一緒に出かけよう?」

胸がドキリとする。
遙が出かけようとしているのは…。
もしかして、江ノ島なのか……?
遙も、俺と同じ気持ちなのか……?

「鎌倉に行こうかなって思って」
「鎌倉?幕府があったところか?」
「うん。海があってね、綺麗なところなんだよ」

江ノ島があるのは藤沢市だと書いてあった。
鎌倉ではない。
やはり遙は……。
酷く落胆しそうになるが、久々に遙と出かけられるのは嬉しかった。
もう、以前のように触れられないけれど。
それでも、外に出て、一緒に歩くくらいならば。
人の目があれば。
この気持ちを少しは抑えられるから。
何より遙の気配を感じていたい。

「ああ、頼朝がいたところだろう?気になるな。天下人が作った町だ。天然の要塞とも言われている。どんなところか興味があるぜ」
「そう、よかった。じゃあ、なるべく色んなところが回れるように、明日は車で行くね。私、車持ってるから」
「What!?知らなかったぜ…」
「ふふっ、だって言わなかったもの。明日は車に乗せてあげるから楽しみにしててね」

遙は悪戯が成功した子供のようにくすくす笑っている。

お前がそうやって笑っていられるなら。
例え俺の恋が実らなくても。
それでいいと思えた。
お前にはそうやって笑っていて欲しいんだ。

だけど……。
遙が他の男と並んで幸せそうに歩くのを想像することは出来なかった。
考えようとすると、胸の奥が苦しくなって狂いそうになる。
だから……。
もし、遙が他の誰かに想いを告げるのなら。
その前に消えてしまいたいと思った。


⇒Next Chapter
prev next
しおりを挟む
top