龍恋の鐘 -3-

私はこれまでの話を頭の中で整理した。

政宗は遙が好き。
遙は、それに気付いていない。
遙もまた政宗に恋をしている。
政宗が遙を避けるようになったのは何故?

きっと大切すぎるから。
傷つけたくないから。
臆病になっているから。
勢い余って遙を抱こうとしてしまったことを後悔しているに違いない。
その気になればすぐに抱ける距離にいるのに、わざわざ距離を置こうとするのは、それだけ想いが深いから。
触れたらきっと止まらなくなるから。
それだけ遙を大切にしたいから。
そして、多分……。
そう遠くない別れが来るのを知っているのに、遙と結ばれたら、遙を泣かせてしまうことを政宗は知っているから。
それは私との約束でもあるけど。
遙を大切にしてくれていることが嬉しかった。

好きな人を目の前にして、想いも伝えられず、触れることも出来ず。
どれだけ辛いのだろう?
目の前の憔悴しきっている遙を見ていれば、それがどんなに辛いことか想像に難くない。

政宗はそれほど深く遙を愛している。
私は胸の奥がじんと熱くなった。

軽そうな男だと思っていたけど、それは撤回しなければならない。
政宗は本当に遙を大切にしている。
遙もこんなにボロボロになるほどに、政宗に恋をしている。

何故、別れが来るのが分かっているからって恋をしたらいけないの?
結ばれてはいけないの?
結婚でもしない限り、恋愛関係なんて永遠に続くものじゃないのに。
必ず最後には別れがあるものなのに。

私は遙の手を握り、にっこりと笑いかけた。

「ねぇ、遙。政宗に告白してみよう?」
「え?」

遙は驚いたように顔を上げた。

「告白してさ。ふられてさ。それですっきりしよう?中途半端な思いのままだったらいつまでも辛いよ?」

遙が振られることなんてないことは分かっているけど。
いや、政宗のことだから、この先の別れを思って振ってしまうかも知れないけど。
でも、何もしないで悩むより、告白して振られる方がよっぽどすっきりとする。
未来に向かって歩いていける。

「でも……」

遙が視線を彷徨わせながら悩んでいる。

「遙。振られることは別に悪いことじゃないよ。諦めがつくでしょう?それに…もし政宗も同じ思いだったら……遙はどうするの?」
「え……?政宗が……?」

そんなこと思いもしなかったというように遙は目をぱちくりとさせた。
しかし、すぐに沈んだ表情になる。

「絶対にそんなことあり得ないよ…。それに、私達は結ばれてもすぐに別れないといけないんだよ?」

そんなの哀しいよ……。

遙の瞳がまた潤みだす。
私は遙の手をぎゅっと握り、真っ直ぐ見つめて諭すように言った。

「ねぇ、遙。遙は前に付き合ってた彼と結婚しようと思ってた?」
「え…?ううん、それはない。如月家の婿に相応しくないもの」
「でしょう?遙は家を継がないといけないから、ご両親のお眼鏡に適う男の人としか結婚できないでしょう?でも、遙は前の彼のこと、すごく愛してたよね?付き合ってた時、すごく幸せそうだったよね?」

遙はしばらく思案した後、こくりと頷いた。

「でもね、結婚出来ない相手だったってことは、必ず別れがあったってことだよ。いい?政宗も同じ。いつ別れなければならないか、はっきりしているだけで、前の彼と状況は同じなんだよ?別れがあるからって幸せになれないわけじゃない。言いたいこと分かるかな?」

遙の憂いを帯びた表情が少しだけ明るくなる。
私は、畳み掛けるようににっこりと笑って続けた。

「もし、政宗が、遙の気持ちに応えてくれたら、迷わず政宗の胸に飛び込みな。そして、悔いのないように、精一杯恋愛してきなよ。ひと夏の思い出だと割り切って、これ以上はないくらいに溺れてきな。私が許す。花火ってさ、儚いから綺麗だよね。遙も花火みたいに、華々しく恋愛して、そして、それを一生の大切な思い出にしなよ」
「一生の大切な思い出……」
「うん、そう。遙は、自分で結婚相手を決められる立場じゃないからさ。必ずしも愛する人と結婚出来るとは限らないよね?政宗と精一杯恋愛してさ。別れた後も愛し続けるのは自由だもん。法律で家族関係を決められちゃってもさ、法律でなんか人の心は縛れないんだよ?そんなに政宗が好きなら、ずっとずっと好きでいればいいんだよ」


ずっと好きでいるのは自由……。


遙は夢見るように呟き、そして沈黙した。
それでも、それまでのように沈鬱な様子ではなく、少し前向きに考えている様子だったので、私はほっとした。

「じゃあ、告白する場所決めないとね」
「え?」
「だってさ、一緒に住んでるのになかなか想いが伝えられないのに、このままで告白できる?」
「うーん、そうだね……。ちょっと無理かな」

遙は困ったように笑った。
私もつられて笑う。

「さて、問題です。政宗様のお誕生日はいつでしょう?」
「8月3日。……あれ?明日?」

そうそう、遙。
調子出てきたじゃない?

「決まりだね。告白は明日。場所は……。そうだな。江ノ島の龍恋の鐘がいいんじゃない?」
「龍恋の鐘?江ノ島は行った事あるけど、そこは知らないな」

私はニヤリと笑った。
調べれば分かることだけど、これは政宗への軽い嫌がらせだ。
ここまで遙を悩ませたのだから。

昔、鎌倉には、五頭の龍が住んでいて、人々に悪さをしていた。
ある日、天女が現れて、そこに江ノ島が出来た。
天女に一目惚れした龍は、結婚を申し込むが断られる。
改心することを誓った龍は天女と結ばれる。
龍恋の鐘は、その伝説にあやかって作られたもので、その鐘の前で愛を誓った恋人は永遠に結ばれるという。

龍が天女に恋をするって政宗にぴったりじゃない?

「龍恋の鐘の前で愛を誓った恋人は永遠に結ばれるんだって。遙と政宗には別れがあるけど。でも、お互いに思い続けるのは自由なんだよ?」
「もう、美紀ったら。私は振られに行くのに」
「まあまあ、いいじゃない。折角告白するなら、そういう曰くのあるところの方が盛り上がるでしょ?」

これは一種の賭けでもある。
遙が龍恋の鐘に政宗を連れて行ったら、政宗は遙の意図を察するかもしれない。
何せ、鐘の前には、その謂れが書いてあるのだから。
もしかしたら、遙が告白するより先に、政宗が告白するかも知れない。
その方が、遙にとって幸せだ。
出来れば、政宗から遙に想いを告げて欲しい。

「じゃあ、遙。これから政宗の誕生日プレゼント買いに行こう?誕生日祝いを口実にすれば出かけやすいでしょ?あ、それから南京錠も買ってね」
「え、何で?」
「龍恋の鐘の前に金網があってね。そこに、二人の名前を書いた南京錠をかけると、二人は永遠に結ばれるんだってさ。鐘の前で告白だけじゃなくて、ダメ押しでそういうことすると、何か気持ちが盛り上がるでしょ?」
「だから、私は振られるんだってば」
「いいから、いいから。振られたら、それ、私に頂戴。大学のロッカーの鍵にするから」
「はぁ、わかったよ。じゃあ、美紀にあげるね」
「振られたらね」

遙は、困ったように笑った。
でも、さっきまでの憂いは消えている。
どうやら腹を括ったらしい。
少し楽しそうになった遙の表情に、私の気持ちも明るくなっていく。

「レストランも予約しないとね。そこで、お誕生日祝いだよ!湘南の海の幸、いいよね〜」
「あ、そうだね!そういえば、私、行きたいお店あったな」
「うんうん、いい感じだね!じゃあ、早速政宗への誕生日プレゼントを買いに行こうよ」
「うん!」

私達は連れ立って、政宗の誕生日プレゼントを買いに行った。
告白するとか、しないとか。
それとは関係無しに、真剣に政宗の誕生日プレゼントを選ぶ遙が何だかものすごく可愛かった。


早く遙には幸せになって欲しい……。
たったひと夏だけでもいいから……。
精一杯政宗と恋をして……。
prev next
しおりを挟む
top