そう思うと、なかなか寝付けなくて。
胸の奥が苦しくて。
俺がようやく眠りに落ちたのは、空が白み始めてからだった。
「政宗……?」
部屋の扉が開く気配がして、俺は薄っすらと目を開けた。
数時間前に寝付いたばかりなので、頭がぼんやりとしてまだ眠い。
額に手を当て、もぞもぞと寝返りを打つと、遙がすぐ傍にやって来る気配がした。
そして、そっと俺の髪を梳く。
久々のその感触が懐かしくて。
愛しくて。
胸の奥が甘く苦しく疼く。
ずっとそうして触れていて欲しいのに。
溢れる想いに。
胸の苦しみに耐えられなくなって。
俺は遙を見上げた。
最初に目に飛び込んできたのは、遙の白い肌。
いつもはジーンズに覆われている白い脚が太腿の付け根まで惜しげもなく晒されている。
手を伸ばせば触れられるその距離にどうしようもなく胸が高鳴り。
何て無防備なんだと、内心舌打ちをする。
遙を見上げると、楽しそうに笑っていた。
「政宗。起きた?そろそろ出かけようと思うんだけど。大丈夫?」
「ああ…。遙、まさか、その格好で出かけるのか?」
「うん、そうだよ」
俺は頭を抱えたくなった。
遙の姿が目に入る度、否応無しに、その白い脚も目に入る。
そして、何より、他の男達も遙の綺麗な白い肌を目にするということが許せなかった。
「だって、鎌倉には海があるんだもの。泳ぐ時間はないかも知れないけど、海にちょっと入るくらいなら出来そうだから。ジーンズだと濡れちゃうし。これくらい普通だよ。政宗もハーフパンツはいて行ってね」
遙は俺に着替えを差し出した。
「起きたばかりであまり食欲ないかな、と思って。お茶漬けだけどいい?」
「ああ、構わないぜ」
「じゃあ、支度して待ってるから」
遙は、ふわりと笑うとリビングへと消えていった。
二人でお茶漬けを啜って、出かける支度をする。
今日の遙は、まるであの花火の日のように明るくて。
俺は嬉しかった。
同時に悔しかった。
きっと、遙の気持ちの変化は美紀のお陰だ。
俺は何の力にもなれなかった。
遙は大きな袋を持っていた。
一体何故そんなに大荷物なんだ?
「Hey, 遙。その大きなbagは?」
「ああ、これ?海に行くから。タオルとか、色々…」
「海に入るのか?」
「うん」
「Freaky…」
古都鎌倉を訪れるのだと思っていたら、遙は海に行くつもりらしい。
漁師でもない限り、海に入ることなんてまずない。
未来は、海に入って遊ぶものらしい。
Crazyだ。
でも、海に行くという度に、遙の表情が輝くから。
遙が嬉しいのなら、俺はどこへだって一緒に行く。
その笑顔をいつまでも見つめていたいから。
「あ、でも、ちゃんと鎌倉も回るよ?あんまりよく知らないんだけど…」
「Ha!!eliteのあんたでも知らないことあるんだな」
揶揄するように言うと、遙が少し頬を膨らませる。
少し子供っぽいその仕草が妙に可愛らしくて、俺は小さく喉の奥で笑った。
「だって、私理系だもの。Scienceは得意だけど、日本史は軽くしか勉強してないし。鎌倉って天然の要塞って言うけど、もう、色々と道は通っているし、あまり面影ないかもよ?一応、昔の面影が残っているのは、鶴岡八幡宮と切通しかなあ。大仏とか、長谷寺もあるけど。もう紫陽花のシーズンはとっくに過ぎているから、あんまり長谷寺には興味ないかなあ」
「若宮大路から、鶴岡八幡宮が見えるだろ?そこから周りを見れば、大体どんな町か想像はつく。No worries。後は、そうだな。鎌倉の北の入り口の朝比奈切通しと西の入り口の腰越か?」
「朝比奈から鎌倉に入るから朝比奈切通しに行こうか」
「Right on」
遙がバッグを持って立ち上がるので、俺はそれを遙の手から奪った。
「軽いからいいよ」
「女に荷物を持たせるわけにはいかねぇ、you see?」
「じゃあ、私はこっちを持つね」
「What!?他にも荷物があるのか?」
「うん。そっちは海用。こっちは移動用ね。そんな大きなバッグ持ってお店に入るの邪魔だもん」
何故か、遙は大切そうにその小さなバッグを抱えた。
なので、両方持っても構わないと思ったが、それを遙に持たせることにした。
マンションの外に出ると、相変わらず、アスファルトの照り返しが強く、俺は隻眼を細めた。
いつもと違う道を遙が歩いていくので、その後をついていく。
あの花火の日は、手を繋いでいたのに。
今、手を繋いだら、きっと繋いだ手の指先から想いが伝わってしまいそうで。
すぐそばを歩く遙の手を握ることが出来なかった。
少し離れたところに車が数台停まっている。
俺には車はよく分からないが、それでも、中でも一番coolな車の隣りに遙が歩いて行くと、鍵を開け、ドアを開けた。
「最初は暑いかも知れないけど、我慢してね」
遙が右側に座るので、俺は左側のドアを開けて車に乗り込んだ。
これが、馬より速く走るのだと思うと、好奇心がむくむくと沸いて来る。
「Hey, 遙。慣れたら俺にも操縦させろ」
「駄目。免許……通行手形がないと運転出来ないの」
「Shit!!」
遙はくすりと笑うと、先ほどの鍵を挿した。
車の中に、急に大音量の音楽が流れて思わずびくりとなる。
「あ、ごめん。いつも音楽かけながら走るから」
「いや、構わねぇ」
遙は軽く歌を口ずさみながら、車を発進させた。
初めのうちは、馬と大抵さほど変わらないスピードだったが、広い道に出ると、遙はスピードを上げていった。
「Cool!!なぁ、窓開けてもいいか?」
「顔出さなければね」
「Sweet!!」
でも、窓の開け方が分からない。
遙が、座席の右側を弄ると窓が勝手に開いていく。
驚き目を瞠る俺を、遙は横目でちらりと見遣り、くすりと笑った。
窓の向こうの流れ行く景色をじっと眺める。
生ぬるい強い風が髪をそよがせる。
馬に乗るのと似ている。
しばらく馬に乗っていないから、何だか懐かしくなった。
「馬に乗りてぇな……」
「政宗は……すぐに帰りたい……?」
思わずぽつりと漏らすと、遙が柔らかい声で、でも、少し寂しそうな声で尋ねた。
俺は、帰りたいのか……?
帰りたい気持ちと。
このまま遙の傍でずっと過ごしたい気持ちと。
帰りたいというよりも、むしろ、俺は帰らなければならない。
俺には成すべき事があるから。
でも、それと同時に、帰らねばと思えば思うほど、胸の奥が抉られるような気持ちになる。
天下への野心と。
遙への恋心と。
どちらとも大切で。
全く別物で。
どちらも捨てられない。
けれど、俺が帰ることは決定事項で。
つまり、俺は決して遙とは結ばれない。
こんなに傍にいるのに。
指を伸ばせば触れられる距離にいるのに。
俺は答えられずに、じっと外の景色を眺めた。
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