交錯する想ひ -2-

周囲を高い壁で仕切られた道を抜けると、遙は車のスピードを緩めた。

「ここが朝比奈インターチェンジ。朝比奈切通しまでもうすぐだよ」

それまで平坦だった道が勾配になっている。
鎌倉は三方を山に囲まれ、もう一方は海に面している天然の要塞だ。
ここ、朝比奈はその北側に位置する鎌倉の入り口だ。
元は山だったものを、土木工事をして切り開いたものだ。
だから、切通しと呼ばれている。

遙は車を止めると、小さなバッグを持って、外に出た。
しばらく歩くと切通しへの入り口が見えた。

鬱蒼とした木々と崖に囲まれたその細い道は、俺にも馴染みの深いものだ。
全くの異世界に思えたこの世界を急に身近に感じる。

「切通しは名前だけ知ってたんだけど。こういう風になってるんだ…。思ったより険しい道だね」

遙が道を振り仰ぐ。
道の両側は切り立った崖になっている。
その間を細い道が奥の方まで続いている。
鎌倉の山を切り開いて通したこの道は、軍事と輸送の要だったはずだ。

「六浦からの塩を運ぶための街道だったはずだ。塩の道とも呼ばれていたらしいぜ」

遙が軽く目を瞠って俺を見る。

「すごーい。政宗、よく知ってるね」
「常識だろ?国を治めるなら、どの土地に城を構えて戦をして、政治の要を置いて、民のために国を豊かにするか考えるのは城主として当然のことだぜ。特に天下を取るつもりならな」

そう言ってニヤリと笑うと、遙は薄っすらと頬を上気させた。

「政宗様……?」
「……?何だ?」

うっとりとした表情で遙が俺の名前を呟いた。
それも『様』つきで。
遙が俺をそう呼んだことなど一度もない。

俺が首を傾げて問うと、遙はハッと我に返り、ふるふると首を横に振った。

「何でもない。呼んでみただけ」

眩しそうに目を細めてふわりと笑った遙の笑みは何故か嬉しそうだった。




今まで、私にとって政宗はあくまでもBASARAの政宗だった。
私が幼い頃から話を聞かされ、憧れていた『政宗様』とは別人だと思っていた。

史実の政宗様は、徳川家康から仙台に封ぜられた時、仙台藩は60万石に過ぎなかった。
それを政宗様が、積極的に開墾して、余剰米を大坂で売り、実際、仙台藩は約280万石とも言える豊かな藩になったのだ。
政宗様によって、東廻り航路が発達したと言っても過言ではない。

BASARAは戦のゲームだけど。
そこで、息づいている政宗は、やはり政宗様なんだ。
民のことを思い、国を豊かにして、争いのない国を作ろうとしている。
史実の政宗様が、まだ若い3代将軍家光に頭を下げることによって、諸国の大名も家光に従うようになった。
天下の副将軍が若造に頭を下げて。
政宗様ならあの時天下を取ることが出来たはずなのに。
この国を再び争いに巻き込みたくなかったから。
家康の遺言を守って、家光の臣下に下った。
あれほど天下を欲していた方だったのに。
あの時政宗様が家光に頭を下げなかったら、江戸時代はあんなにも長い間栄華を誇ることはなかっただろう。

この世界の政宗様と目の前の政宗が重なる。
政宗様に抱いていた憧れがそのまま政宗への想いになって募る。


どうしよう。
胸がどきどきする……。


「政宗様……?」


そう言葉にすると、トキメキが更に増していく。
結ばれない相手だとわかっているけれど。
絶対にお会い出来ないと思っていた憧れの人と言葉を交わせるのが嬉しくて。
私はもう一度政宗の名を呼んだ。
政宗は可笑しそうにフッと笑った。

「Hey, さっきからどうした。俺に『様』はつけるなって言っただろう?あんたには政宗って呼ばれたいんだ」
「うん。じゃあ、政宗」
「何だ?」
「何でもない。政宗様って呼んでみたかったの」

そう言うと、政宗は何故か薄っすらと頬を染めて視線を彷徨わせた。




何故遙がこんなことをするのか全く訳が分からない。
今まで俺のことを『政宗様』と呼んだことなど一度もないのに。

以前遙が俺のことを『殿』と呼んだ時と重なる。
あの頃は、俺自身、遙に恋をしていることに気付いていなかった。

『殿』と呼ばれた時、咄嗟に遙が俺の室で、そう呼ぶsceneが思いついた。
遙への恋心を自覚した今、改めて『政宗様』と呼ばれると、どうしても、俺のいるべき世界には遙がいてそう呼んでくれるような気がしてならない。


俺がお前と結ばれて。
俺の世界で一緒に生きるなら。
お前はその甘い声で、俺をそう呼んでくれるのか?


そう考えると、胸の奥がくすぐったく甘酸っぱい気持ちでいっぱいになる。
愛しくて、抱き締めて離したくなくなる。
俺の名を嬉しそうに呼ぶ遙が可愛らしくて。
愛しくて。
頬が薄っすらと染まっていくのが自分でも分かった。


このまま遙を浚って。
出来るなら俺の世界に連れ去って。
自由を奪って。
俺の傍に永遠に縛り付けたい。
抱き締めて離したくない。
他の男の名なんて呼ばせない。

でも、それは叶わぬ事だから。
それでも願わずにはいられなかった。
永遠に遙を傍に置きたいと。
身も心も俺のものにしたいと。


遙には他に愛する男がいるのに……。


なのに何故お前はそんなに眩しそうに俺を見るんだ?
胸の奥が甘く苦しく疼く。
今すぐにでも奪ってしまいたくなる。
薄っすらと頬を染めて、愛しそうに俺の名を呼ぶから。
錯覚してしまう。
遙も俺のことを愛しく思っているのでは、と。

しばらく無言で切通しを歩いていると、遙の呼吸が上がってきた。

「疲れたか?」
「うん、少し…。駄目だな、普段あまり動かないから」

はぁっと溜息を吐く遙の手を俺は反射的に握っていた。
遙がハッと俺を見上げる。

「手、繋いでやるよ。辛かったら俺につかまれ」

驚いたように目を見開いて、目をしばたたかせた後に、遙は華が綻ぶような笑みを見せた。

「うん」



そんな風に微笑むから。
いくら諦めようとしても、諦められない。
微笑を向けられるたびに期待してしまう。
遙には愛する男がいるのに。
まだ俺にもチャンスがあるのではないかと。



切通しを抜けて、鎌倉に入る。
鎌倉側から振り仰ぐと、切り立った崖が見える。

「あれが、噂の大切岸か……。鎌倉の防衛の拠点だな」
「切通ししか鎌倉への入り口がなくて、狭いから、あの崖から弓で狙い撃ちにするの?」
「Damn straight(その通りだ)。あの頃は鉄砲がなかったからな。高台になっているから、見張りにも便利だ。この地形は参考になるな…」

じっと崖を見つめて思案していると、遙の視線を感じる。
ふと遙に視線を移すと、遙はうっとりとしていた表情を慌てて隠そうとする。

「Hey, what's wrong?」
「な、何でもない」
「I don't think so」

遙を引き寄せて、頬に手を宛がうと、愛しさが胸の奥から湧き上がってくる。
柔らかな頬に触れたところから、想いが伝わってしまいそうなほどに。

さらさらとした髪にそっと手を差し入れて、遙の頭を軽く引き寄せると、遙の視線と俺の視線が交錯する。

まるで時が止まったかのように、遙しか見えなくなる。
先ほどまでうるさいくらいに聞こえていた蝉の鳴き声すら遠く聞こえる。

「政宗……」

遙の瞳が艶やかに潤んでいる。
小さな声で形のよい唇が俺の名を紡ぐ。

「遙……」

遙には愛する男がいるのだから。
傷つけたくないから。
止めなければならないと思うのに。
遙の甘い視線に絡め取られたように。
手が勝手に動いていく。

遙の背にそっと腕を回し。
頭の後ろを支えるようにしていた手をそっと頬に滑らせ。
そっと指先で頬をなぞると、遙は睫を震わせ、うっとりとした表情でその長い睫を伏せた。

何故、俺を拒まない?
愛する男がいるんだろう?

そんな疑問が頭の片隅にちらつくが、まるで堤防が決壊したかのように、想いが溢れ出して。
遙から離れられない。
親指でそっと柔らかな唇をなぞると、遙は甘い溜息を吐いた。
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