潮騒が聞こえる波打ち際を本当は歩きたかったけれど、砂浜は人で溢れかえってそうすることも出来そうになかった。
海が見えるだけでも、こんなにも心がうきうきとしてくる。
私は上手く笑えていただろうか。
そんな心配をしていたけれど、政宗から視線を外すようにして、海の方を眺めていると、少しずつ心が穏やかさを取り戻していく。
真夏のぎらぎらとした日差しが肌を焼いて気持ちいい。
海から吹く風が心地よい。
「あんた、海が本当に好きなんだな」
政宗に声をかけられて我に返った。
政宗を見上げると、口元を綻ばせて、でも少し呆れたように笑っている。
「あ、ごめん。別に政宗を無視してたわけじゃなくて……。後で、二人でもっと空いてる浜辺で海を眺めようね」
「ああ、いいぜ」
政宗は目を細めて笑った。
その笑顔が眩しくて。
もしも叶うのなら、心に一生焼き付けて。
色褪せないように。
ずっと大切にしまっておきたかった。
海沿いの道を少し外れて長谷駅へ向かう。
途中、アクセサリーショップが軒を連ねる、私の好きな道だ。
ガラス張りのショーウィンドウから少し中を覗く。
「どうした?欲しいのか?」
「ん?ちょっと見てみたいかな…」
「じゃあ、寄って行こうぜ」
中は狭いが、店の両サイドに所狭しとたくさんの可愛らしいアクセサリーが並んでいる。
この店の品物は一点ものが多いので、来るたびに品揃えが違う。
店の奥の方の、深いワインレッドのガーネットが私の目を惹いた。
驚くほど透明感を帯びているのに、吸い込まれそうなほど深い色をして輝いている。
ガーネットの宝石言葉は、勇気・真実・貞節。
これを身に着けたら、私は勇気を出して政宗に告白出来るだろうか。
そっと手にとって、見事な紅い輝きの宝石をじっと見つめてみる。
でも……。
政宗はきっと私のことを同居人以上とは思っていないんじゃないだろうか、という考えが頭から離れない。
振られてすっきりしようと思うのに……。
胸の奥でちりちりと燃える恋の炎はこの石と同じくらい紅いのに。
「お客様、そのピアスが御気に召しましたか?ガーネットの宝石言葉は、勇気・真実・貞節・勝利などプラスの意味が色々ありますよ。これ、綺麗な色ですよね。一点ものなんですよ」
政宗が振り向く気配がした。
「Oh〜、garnetか。綺麗じゃねぇか。こんな見事なgarnetは俺もあまり見たことないぜ。買うのか?」
「ん〜、迷い中」
こんな中途半端な気持ちで、勇気の欠片もない私になんか相応しい宝石ではない。
違う棚を見ていた政宗が、手に取ったペンダントをしげしげと眺めていた。
「これ…。飾りの部分が蓋になってて開くようになってるけど中身が空っぽだぜ」
「ああ、それはね、ロケットって言うんだよ」
政宗が手に取っているロケットは、片翼の形をしていた。
棚を見ると、対の片翼のロケットがある。
恋人同士でペアでつけるのだろう。
「中にね、写真……pictureを入れるの」
「Really?Cool……。翼か……。いいな……」
「政宗は、それが欲しいの?」
じっとロケットを眺めているので、聞いてみると、政宗は小さく首を横に振った。
「いいや。片翼じゃ飛べねぇからな。I need the other wing to fly」
政宗はロケットをそっと棚に戻した。
政宗は……。
BASARAの世界に、二人で対でアクセサリーをつけるような人がいるのだろうか…。
いけない。
深く考えないようにしよう。
想いだけ告げて。
そして潔く振られて。
政宗とはただの友達になるんだから。
だって、政宗が他の誰かに恋をしているなんて考えるだけで。
哀しくて哀しくて。
胸がつぶれそうな想いがするから。
ああ、やはりこの石は私には相応しくない。
私も手に取っていたピアスを棚に戻した。
「ありがとうございます。また遊びに来ます」
店を出て長谷駅へ向かう。
頭の中で、勇気を出さなきゃという言葉がぐるぐると回る。
あの紅い輝きのように、胸の奥で燃えるこの想いを伝えなきゃ…。
「どうした?そんなにあの石が欲しかったか?」
きゅっと政宗が手を握ってくる気配を感じて私は顔を上げた。
「うん。綺麗だったから。でも、ちょっと様子見。どうしても欲しかったら、後で買いに来るよ」
欲しかったのは、石の持つ力。
勇気……。
今の私に一番必要なものだ。
でも、その勇気を振り絞って、その後、やはり傷付いて。
いくら勇気を振り絞っても、その後受けるであろう傷に耐える自信は私にはなかった。
だから、こうして先延ばしにしてしまう。
もしかしたら、勇気より諦めの方が必要なのかも知れない。
もしくは、慈愛。
政宗の恋を応援できるほどの広い心を……。
思案する間もなく、長谷駅に着いてしまった。
ここから、腰越と江ノ島の間のレストランへ。
政宗の誕生日を祝ってしまった後、私はどうすればいいんだろう……?
「遙、腰越まででいいのか?」
「うん」
「なぁ。腰越に着いたら寄ってみてぇ場所があるんだが」
「ん?どこ?」
政宗は表情を引き締めて静かな声で答えた。
「源義経が鎌倉入りを許されず、留め置かれた場所だ。確か満福寺と言ったか……」
何故政宗はそんなところに行きたがるんだろう?
確かに、満福寺は腰越駅から割りとすぐのところで、私が行こうと思っているレストランへの途中の道にある。
源義経……。
後白河法皇から平氏追討の功績から左衛門少尉に任じられ検非違使となった。
この任命は源頼朝の許可がなく行われた。
そして、兄、頼朝の怒りを買い、目通りすら叶わず、満福寺にて腰越状を書いた。
今も、満福寺には腰越状が展示されている。
自分には、謀反の意などなかったことを切々と訴えかけている、切ない書状だ。
結局それは頼朝に届けられることはなく。
義経の思いは頼朝に届かなかった。
まさか……。
政宗は、義経と頼朝を弟小次郎と自分に重ねて見ている……?
「別に構わないけど…。でも……」
「でも、何だ?」
「私……政宗が傷付くのは嫌」
不安げに政宗を見上げると、政宗は柔らかく微笑んで、私の頭をくしゃりと撫でた。
「大丈夫だ。そんなんじゃねぇよ」
政宗は笑っているけど。
とても優しい人だから。
きっと、腰越状を読んだら義経と小次郎を重ねて見てしまう。
そして、自分への戒めにしてしまう。
小次郎は政宗様を暗殺しようとした。
そして、政宗様に斬られた。
情けをかけたら、政宗の命が危ないかもしれない。
義経と小次郎は違うのだから……。
嫌……。
政宗が死ぬのは、嫌……。
じわりと涙が滲みそうになって、私は政宗の手をきゅっと握って俯いた。
「遙……。Don’t cry」
政宗が私を引き寄せてそっと抱き締めてくれる。
耳元で政宗の低い声が鼓膜を震わせる。
「俺と小次郎のことか……?」
私はこくりと頷いた。
「何故泣く?」
今の政宗はきっとまだ家督を継いだばかりのはずだから。
政宗様が小次郎を斬るのはもう少し後のことだから。
私は言えなかった。
小次郎が政宗を暗殺しようとするなんて。
私がふるふると首を横に振ると、政宗は、ぎゅっと抱き締めてくれた。
「俺の……未来のことか?」
静かだけれど、有無を言わせぬ声に私はこくりと頷いた。
「政宗……。小次郎には気をつけてね……」
政宗が身体を強張らせるのが分かった。
政宗はゆっくりと私の頭を撫でると、耳元で囁いた。
「ああ、大丈夫だ。死ぬ覚悟はとうに出来ているが、俺は死のうと思ったことは一度もねぇ」
だから、泣くな……。
そう言って、政宗は私の頬にそっと口付けた。
抱き締められて。
その温もりに包まれて。
頬に柔らかな唇が触れて。
想いがあふれ出す。
やっぱり、私は政宗が好き。
政宗を失いたくない……。
こんなにも恋しくて、愛しくて。
胸の奥が苦しいの……。
政宗は私の頬をそっと撫でると、身体を離した。
「電車……もうすぐ来るんだろ?」
「うん」
離れていく温もりが酷く恋しい。
ずっとずっと抱き締めていて欲しかった。
腰越の駅で江ノ電を降りて、海の方へ歩いて行く。
その途中を左に曲がった、丁度江ノ電の腰越駅のすぐそばに満福寺はある。
源義経が留め置かれたお寺。
ものすごく小さくて、質素な感じのするお寺だ。
政宗も満福寺がこれほど小さいとは思っていなかったようで驚いている様子だ。
二人で満福寺の階段を上って行こうとすると、寺の門の前にカップルがいた。
どうやら、二人で写真を撮りたいようだった。
写真を撮るように頼まれて、ファインダーを覗く。
階段の上に彼女の方が立ち、後ろから、彼氏の首に両腕を回して、頬を寄せ合い、幸せそうな表情になる。
私がまだテレビの上に飾っている、元彼との写真と同じポーズだ。
二人があまりにも幸せそうで。
羨ましくて。
溢れる想いを隠さずにお互いに注げることが羨ましくて。
震えそうになる手をぐっと堪え、私は何とか写真を撮った。
「あ、もし良かったら、お二人の写真も撮りましょうか?」
カメラを受け取った男性が私達に声をかける。
私は政宗と顔を見合わせた。
「Ah……」
「えっと……」
目の前のカップルの仲の良さに当てられて、私はどうしようもなく恥ずかしくなった。
政宗と私は付き合っているわけではないのに。
あんなに幸せそうに微笑むことは出来ない。
政宗と寄り添って写真を撮ったら。
後で見た時に、一層辛くなるから。
私と政宗は結ばれたわけではないのに、まるで想いが通じ合ったかのように振舞うなんて。そんなこと出来ない。
政宗も困惑している様子だ。
視線を彷徨わせている。
「あ、お構いなく。お寺を見に来ただけですから」
「そうですか。ありがとうございました」
カップルは階段を下って、駅の方へ向かっていった。
「政宗…、行こっか?」
じっとカップルの後姿を眼で追っている政宗の手を私は引いた。
「ああ、そうだな」
政宗はハッとしたように私に視線を移し、微笑んだ。
カップルを見送っていた政宗の横顔は何故か切なそうだった。
政宗にも好きな人がいるから……。
その人のことが恋しいの……?
早く二人でああして仲良さそうに歩きたいの……?
まるで政宗が早く帰りたいと無言で言っているような気がして。
それがどうしようもなく哀しかった。
拝観料を払って、お寺の中に入ると、政宗は目を丸くした。
「Oh, my God dude!あんまり寺って感じがしねぇな…。何つーか、市のようでもあるし……I can’t explain……」
政宗の言いたいことはよく分かる。
お土産物などが中で売っている。
元からお寺にある鎌倉彫の襖とか見事だけど。
中は少し資料館のようにもなっている。
あまり参拝するために来るような感じではない。
「義経は今の世でも有名だから、テレビドラマにもなっているし。ここは、資料館も兼ねているんだよ」
「Oh, I see。じゃあ、俺も死んだら、縁の地はこんな感じになるのか?」
「政宗様はこんなどころじゃないよ!!もうね、仙台の街は政宗様でいっぱい!!前にね、渋谷のハチ公見たでしょう?仙台の駅の前には政宗様の銅像があってね。私、政宗様の前でよく友達と待ち合わせしたな…。政宗様は仙台の誇りなの!」
私が力説すると政宗はくすくすと笑い出した。
「Hey, 俺のことは政宗って呼べって言っただろ?俺のことなのに、何だか別人の話を聞いているみたいだぜ。そんなに『政宗様』のことが好きか?」
きっと政宗は冗談で言っているのに。
『好き』という言葉に反応してしまう。
こんなにも政宗のことが好きだから。
頬が薄っすらと染まっていくのが分かった。
「政宗様は……私が小さい頃からの憧れの人だから……。うん……好き……だよ……?」
政宗の聞いている『好き』は、『love』じゃなくて、『like』だから。
冷静に答えなきゃ。
なのに、口が思うように動いてくれない。
ただ『好き』という言葉が。
うまく伝えられないのは。
本当に政宗のことが好き…ううん、愛しているから。
途切れ途切れにやっと答えると、政宗は軽く目を瞠って。
そして、何故か切なそうな表情になった。
……やっぱり……。
私のこの想いは政宗にとって、迷惑……?
目の前の政宗と、私の知っている政宗様が重なって。
どうしようもなく想いが募っていって。
もう、どう言葉で表現していいのかわからない。
憧れと。
恋しさと。
愛しさと。
切なさと。
全てが複雑に絡み合って、うまく言葉にならない。
ただ『好き』という言葉でなんて表せない。
それでも、この想いが政宗にとって迷惑というのなら……。
きっと時間はかかると思うけど。
涙と一緒に洗い流してしまおう……。
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