遙が龍恋の鐘に一緒に行きたかったのは……。
この俺……?
ずっと期待していたのに。
それを裏切られるのが怖くて。
何度も鎌をかけてみては裏切られ。
傷付くことに疲れ果て。
だからにわかには信じられなかった。
遙が俺と同じ想いだということを。
一体、いつから?
どうして?
いや、これも俺の思い違いかも知れない。
血が沸き立つような喜びと。
心の底に根付いた不安と。
気持ちがない交ぜになって、頭が混乱する。
「Sorry, 遙。少し席を外すぜ」
「どうしたの、政宗?」
「いや、顔を洗ってくるだけだ。I'll be right back」
洗面所で眼帯を外し、顔を洗うと、俺は鏡の中の自分を見つめた。
「よく考えろ。見誤るな。遙が俺と同じ気持ちだということに間違いはないのか…?」
このところの遙の様子を思い返す。
花火の日まで明るかった遙の笑顔が消えた日。
それは、俺が別れの日の夢を見て、遙を無理矢理抱こうとしてしまった日だった。
いや、正確に言うと、遙はその後も普段通り振舞っていた。
だけど、俺が遙を意識してしまって。
遙に触れられなくなった。
遙と指先が触れ合って、俺はそれを避けてしまった。
思えばあの瞬間から遙の笑顔が消えたんだ。
そして、ずっと遙はふさぎこんでいた。
2週間もの間。
昨日大学から戻った遙はどこか吹っ切れたような表情をしていた。
おそらく美紀と話をしたから。
その時に、龍恋の鐘に行くことを決意した……?
それならば、何故、鎌倉に来てから遙は沈んだ表情をしていたのだろう?
思い出せ。
よく考えろ。
いつから遙の笑顔が曇り始めた……?
『あんた……恋をしてるんだな。前の男か?』
『ううん、今は別の人。情が薄いって…。気まぐれだって思う?あんなに前の彼のことが好きだったのに』
『いや、そうは思わねぇ。あんたの想い……その男に届くといいな』
遙ははっきりと、恋をしていると言った。
そして……。
俺がそれを祝福すると。
目を瞠った後、寂しそうな切なそうな笑みを浮かべた。
それから、鎌倉に着いてからも、遙は同じような表情を何度も浮かべていた。
何故だ?
もし、遙が俺と龍恋の鐘に行こうとしていたのなら……。
俺は遠回しに遙を振ったことになるのか?
遙の恋を祝福することによって。
俺ではない誰かと幸せになれと言ったのと同じことをしたのか?
遙は自分の想いを仄めかしたのに。
俺は、遙に他に愛する男がいると思ったから。
それを無理に笑って祝福して……。
……遙は……俺を試していたのか……?
「Shit!!」
思わず、壁を拳で叩いてしまう。
「何故気付けなかったんだ……」
遙が俺と同じ想いだというのなら、遙のここのところの様子の説明が全てつくように思えた。
俺の想いが遙にはないと思っているから。
俺が遙を想って。
遙には他に愛する男がいると思って胸の奥が苦しくなったように。
遙も切なそうな哀しそうな表情を浮かべていたに違いない。
このレストランに来る前に、江ノ島とは知らず、あの島の展望台に行きたいと言った時の遙の表情を思い出す。
ドキリとしたような、そして、寂しそうな笑みを浮かべていた。
遙にとって、あの島は、想いを告げる場所であり、そして、俺の気持ちを知らない遙は、あの島で振られると思っているに違いない。
「遙……気付いてくれ……。俺もお前を愛しているんだ……」
でも……。
俺たちには別れがある。
遙を無理矢理抱こうとしてしまった日に見ていた夢を思い出す。
遙と別れるのが辛くて。
想いが届かないのが哀しくて。
胸が張り裂けそうで。
もし結ばれたら、きっと離れがたくなる。
俺はいい。
でも、遙は?
遙を泣かせたくはない。
そう思い当たったところで、遙の言葉が記憶の中から蘇ってきた。
『家を継がなければならないのは事実だけど。でも、それまでは……。束の間だけ……。精一杯恋をしたいの。もう一度……。きっと、必ず別れが来るけど。でも、もう一度、精一杯恋をして、その思い出があれば…。その思い出を一生胸に抱いて、私は過ごすの。多くは望まないけれど、それだけ…。例え添い遂げられなくても。人の心は自由だから…。想い続けるのは自由だから……』
遙は……。
すでに覚悟を決めている……?
遙が家を継がなければならないのは事実だ。
例え、俺とは別の男と恋に落ちたとしても、家柄が釣り合わなければ、遙はその男と別れなければならない。
だから、すでに覚悟を決めている?
別れを哀しむよりも、愛しい男と過ごした想い出を胸の奥に大切にしまって、一生を過ごして行く覚悟を。
「Ha!情けねぇ。臆病なのは俺の方だ……」
遙が覚悟を決めているというのなら。
俺との想い出を一生胸に抱いて過ごそうというのなら。
俺は遙に……。
この想いを告げよう……。
俺も同じ気持ちだと。
遙を愛していると。
『龍恋の鐘の前で愛を誓い合った恋人同士は永遠に結ばれる』
そんなものはただの迷信だ。
でも、俺は迷信でもいいから縋りたかった。
いつか、そう遠くない未来、俺は遙の前から消えてしまうけれど。
この想いだけは。
なくしたくないから。
いや、俺は遙をきっと忘れられない。
こんなにも胸が熱くなって焦がれて苦しくなるほどに誰かを愛したことなどない。
こんなにも欲しいのは遙だけだから。
遙と結ばれるのなら。
遙の心に俺を刻み付けて。
遙の心の中にずっと咲いていたいから。
俺達の想いを永遠にしたいから。
出来るなら今すぐに想いを告げたい。
遙をかき抱いて口付けて、溢れる想いをぶつけたい。
でも、俺たちには別れがあるから。
俺が遙を忘れられなくても。
遙は俺を忘れてしまうかもしれない。
だから、迷信でもいいから縋りたかった。
俺は、龍恋の鐘の前で、遙に想いを告げる。
そして、永遠の愛を誓おう。
俺はもう一度顔を洗うと、遙の待つテーブルへと戻って行った。
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