Countdown to extinction -2-

海岸沿いをゆっくりと歩いて行くと、少し遠くに見えていた江ノ島が段々と近付いてくる。
江ノ島は確かに竜を祭った島だけれど。
それ以上に、カップルだらけの島で。
私は気が重くなった。


政宗に想いを告げるまであと僅か……。


隣りを歩く政宗は、指を絡ませるようにしっかりと私の手を握り、時折目が合うと、優しく微笑む。
私はその微笑にどう反応していいのか分からない。
政宗は、まるで恋人に対するように、優しげに愛しげに微笑む。

その笑顔は本当に私に向けられているものなの?
それとも、私に似ている誰かを重ねて見ているの?

「ここの海は活気があるな」

ふと政宗が呟いた。

「あの格好はcrazyだと思うが、海で遊ぶのも楽しいだろうな。俺が小十郎とたまに遠乗りに出かけた浜辺は人が誰もいなくてな。寂しい浜だぜ。でも、あんたと眺めるのなら楽しいだろうな」
「政宗……?」


私は政宗の隣にいていいの?
政宗がそばにいて欲しいって思ってくれてるって。
そう思っていいの?

わからない。
政宗がわからない。

だって、政宗には愛する人がいるはずなのに。

でも、それを確かめるのが怖くて。
私は聞けなかった。


「すっかり遅くなっちまったな。日没まであと1時間くらいか?海で遊ぶ時間がなくなったな。Sorry」
「ううん、いいよ。そんなに遠くないからまた遊びに来れるし」

その時は、きっとただの友達として。
政宗をただの友達として見られるようになるまできっと時間はかかるけど。
政宗が変わらずその優しい微笑を向けてくれるのであれば。
隣りで微笑んでくれるのであれば。
例えこの想いが実らなくても構わないと思えた。


江ノ島の桟橋の入り口には龍の石像が立っていた。
政宗が軽く感嘆の声を漏らす。

「入り口から龍が祭られてるぜ」

周りには外国人の観光客が写真を撮っていたりカップルが仲睦まじく手を繋いで歩いていたりする。
私達も傍から見ればカップルに見えるのだろうか。

「行こうぜ」

政宗に手を引かれて私は歩き出した。

とうとう江ノ島に着いてしまった。
龍恋の鐘まであと僅か。
この長い長い階段を上っていって、さらにその奥の道を歩いていけば着いてしまう。
政宗をそこに連れていくか。
それともいっそ想いを告げずにこのまま恋心を閉じ込めて。
政宗が帰るその瞬間に。
ずっと好きだったと。
愛していたと。
そっと想いを告げようか。

弁天様への参道を歩いているうちに。
段々と島の階段を上っているうちに。
それに比例するように心の中が重たく苦しくなっていく。

はぁっと溜息を吐くと、政宗は私を引き寄せ、頬に手を宛がって私の顔を覗き込んだ。

「疲れたか?」
「うん、少し」
「抱き上げて歩いてやろうか?」

政宗が悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言うので、私は慌てて首を横に振った。

「いやいや、いいよ。私、重たいし」
「俺をなめるなよ。あんたくらい片腕でも抱けるぜ」
「本当に大丈夫だって。それに、楽して登りたかったらエスカー使えばいいから」
「エスカー?」
「うん、ほら、あれ」

私はエスカー乗り場を指差した。

「お年寄りとか、参拝するのが大変だから、有料のエスカレーターが設置されているんだよ」
「Crazy……。まあ、便利そうだけどな。使うか?」
「ううん。歩くよ」

エスカーを使ったら、あっという間に展望台に着いてしまう。
展望台から龍恋の鐘まではそう遠くはない。
私は最終宣告を受けるのが怖くて。
出来るだけ先延ばしにしたかった。

もう、いっそ、龍恋の鐘には行かなくていいかも知れない。
ゆっくり歩いて、夕暮れを待って、展望台で夜景を眺めて。
そして、家に帰って、ゆっくりお風呂に入っていっぱい泣いて。
恋心を政宗と別れるその日まで封印してしまおう。


途中、息を切らせながら、休み休み階段を上っていく。
それまで、私を支えるように手を引いてくれていた政宗が手を離した。
弁天様まであと僅かという距離のところで。

「政宗……?」

政宗を見上げると、少し頬を染めているような、困ったような表情をしていた。
太陽は大分西に傾き、その光は淡いオレンジ色をしている。
頬が染まって見えるのはそのせい……?

「何でもねぇ。後で教えてやるよ」

そう言うと、政宗は私の腕を掴み、引き上げるようにして階段を上っていった。


階段の上には縁結びの弁天様のお社が見えた。
巾着の形をした賽銭箱の左奥には絵馬が所狭しとかけられている。
その前に、絵馬を二人で幸せそうにかけているカップルがいた。
私も、かつて、前の彼と一緒にここで絵馬をかけたことを思い出す。

じっとカップルを見つめていると、政宗の視線を感じる。

「前に来たことがあるのか?」
「うん…。前にね、一度だけ」
「そうか……」
「ここね、縁結びの神様なの。だから、絵馬の柄もハートの形をしていて、そこに二人の名前を書くの」

政宗はふと真顔になった。

「今日、車の中で、恋してるって言ってただろう?その男と来ないのか?」

政宗は……。
私が政宗に恋してるって知らないから……。
政宗の何気ない一言がぐさりと胸に突き刺さる。


私が恋しているのは政宗なのに……。


私は目を伏せ、聞こえないように溜息を吐くと、政宗を見上げた。


「いつか、その人と結ばれることがあれば来るかも知れないね。でも……」


無理かも知れない……。


聞こえるか聞こえないかの小さい声で呟くと、政宗がそっと私の頭を撫でた。

「何故そう思う?」
「だって……」
「何だ?」

酷く優しいけれど。
でも、言い逃れを許さない声音で政宗が聞く。

「その人には、きっと、好きな人がいるから……」

政宗は軽く目を瞠った。

「そいつに聞いたのか?」

私はこくりと頷いた。

あの花火の日。
政宗に好きな人がいるか聞いたら、政宗は頬を染めた。
政宗に好きな人がいることは間違いない。

政宗は言葉を切り、少し思案した後、また口を開いた。

「あんたの想いは伝えたのか?」
「ううん。まだ。だって望みがなさそうだし……。その人には好きな人がいるのに……」

政宗は再び私の頭をくしゃりと撫でると、口元を綻ばせてフッと笑った。

「諦めるな。あんたほどの女を振る男を見てみてぇな。No worries。大丈夫だ。俺が保証する。あんたは、その男と一緒にここに来ることになるぜ」
「無理だよ……」

政宗は知らないからそんな無責任なことを言えるんだよ。
だって、本人を目の前にしているのに。
伝えられないのに。
本人を目の前にして恋の相談だなんて馬鹿げている。
情けなくて、涙が出そうになる。

私が俯くと、政宗は、両手で頬をそっと包んでくれた。
そして、額に口付けながら囁く。

「遙……。言葉にしないと伝わらないことってあるんだぜ……」
「政宗……?」

私に向かって囁いているはずなのに。
まるで、それが自分自身へ言い聞かせているように聞こえて。
私はハッと目を上げた。
政宗はすっと離れると、展望台へと続く道を歩き出した。

「行こうぜ。夕陽が見られなくなる」
「うん」

私は政宗の背中を追いかけた。
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