指を絡ませるようにして、しっかりと繋いでくれている。
そして、私の歩幅に合わせてゆっくりと歩き出した。
階段を上ると、広場が開けていた。
その向こう側に、大きな展望台が聳え立つ。
政宗はひゅうっと口笛を吹いた。
「Cool!あの上から夜景を眺めたら綺麗だろうな」
「きっと夕陽も綺麗だと思うよ。今から行ってみる?」
展望台に上って。
夕陽を眺めて。
そのまま夜を待って。
夜景を見て帰る。
そうしたら、この想いを封印して、傷付くこともない。
龍恋の鐘に行かなくて済む。
政宗を見つめているだけで。
こうして手を繋いでいるだけで。
想いが溢れ出して、胸が苦しくなるけれど。
こうして触れられなくなるというならば。
政宗に振られて、この生ぬるい優しい空気が消えてしまうというのなら。
私の恋心なんてどうでもいいように思えた。
きっと、政宗が帰ってしまった後でも、私は政宗を忘れることなんて出来ない。
それほどに、胸の奥で渦巻く激情は熱くて。
身を焦がして。
胸を締め付けるけれど。
でも、政宗の温もりを永遠に失ってしまう痛みよりはましに思えた。
じっと政宗を見上げると、政宗も私を見つめ返す。
政宗は少し思案した後、空を見上げた。
「まだ日暮れまで時間があるだろう?竜宮大神に行ってみてぇな」
「竜宮大神?」
「ああ。竜神を祭っているんだろう?俺は独眼竜だ。少し挨拶して行った方がいいだろ?」
政宗は視線を私に戻すとニヤリと笑った。
「上杉謙信が毘沙門天を信仰しているみたいに?政宗も竜宮大神にお祈りするの?」
「まあ、そんなところだな。行こうぜ」
竜宮大神のすぐそばには龍恋の鐘がある。
出来ればそこに行きたくなかったのに。
でも、私にはそこに行けない適切な理由などなかった。
理由を言えば、この恋心も打ち明けなくてはならない。
政宗にこの気持ちを打ち明けるのが怖い……。
でも、政宗がぎゅっと手を握って。
眩しいほどの笑みを向けてくるから。
私はそんな政宗の隣りにいつまでもいたくて。
歩き出す政宗についていくしかなかった。
展望台前の広場を抜けると、そこは岩屋洞窟までほぼ一本の道だ。
途中、誰が泊まるのかわからないような旅館や、民家がまばらに道沿いにある。
淡いオレンジ色だった太陽の光は少しずつ、濃いオレンジ色へと色を変えて行った。
多分、日没まであと30分もないだろう。
「Shit…。日没まであといくらも時間がねぇな。竜宮大神まではあとどれくらいだ?」
「歩いて15分くらいだと思うよ。ごめんね、歩くのが遅くて」
「いや、構わねぇ。日没まであと30分くらいあるから間に合うだろ」
丁度展望台のところが、江ノ島の中で標高が一番高い。
そこから、少し階段を下って、また上っていく。
ここから先はエスカーもない。
前に岩屋洞窟まで行って戻ってきた時は、もうくたくただった。
息を切らせながら歩いていると、政宗がフッと表情を和らげて私を見下ろした。
「Sorry。無理をさせたか?この時代で祈ったからと言って、俺の時代にご利益があるかは分からねぇ。だがな……」
政宗は表情を引き締めて続けた。
「俺は天下取りの戦に出るところだった。基本的に戦は力と知略で勝つものだ。でも、戦は運に左右されることが多分にある。それは俺にはどうすることも出来ねぇ。上杉謙信が毘沙門天の加護を得るなら、俺は竜神の加護を得てその運を引き寄せる。おかしいか?」
それは、運が悪ければ政宗も負けてしまうということ。
いくら頑張ったって、実力があったって。
命を賭した戦は、実力だけに頼ることは出来ない。
それに、自分自身を神にまで昇格させることによって人臣の心を繋ぎとめるのは戦国武将にはよくあったことだ。
織田信長然り。
上杉謙信然り。
政宗の気持ちはよく分かる。
これほど竜神の伝説が根付いた所は、なかなかないだろう。
「ううん。おかしくなんかないよ。政宗の気持ちは分かるから……。私も政宗に天下を取って欲しいもの」
そう言うと、政宗はふわりと笑った。
「Thanks」
すっと端正な顔が近付いて。
そして頬に柔らかな唇がそっと触れた。
軽く触れられただけなのに。
政宗の唇が触れたところが、熱を持ったように熱い。
胸がドキドキとして、この動悸が外に聞こえてしまいそうだ。
間違いなく私の頬は紅く染まっている。
政宗にこの想いを気付かれてしまう。
気付かれたら、もう、こうして一緒にいることは出来なくなる。
私が不安げに政宗を見上げると、政宗は優しくフッと笑った。
「あんたの加護もあれば、俺は負ける気がしねぇな。行くぜ」
政宗は私のこの頬の赤さに気付かなかったのだろうか。
普段と変わりがない。
政宗を見つめると、政宗の頬も紅く染まっている。
ああ、そうか。
もう夕暮れだから。
陽の光で紅く見えるんだ……。
私はホッと吐息を吐き、政宗に手を引かれてまた長い階段を上り始めた。
階段を上りきると、お社がいくつか集まっている広場があった。
その一番奥に、竜神をかたどったお社が見えた。
「あれが竜宮大神か」
お社自体は小さいけれど、紅い夕陽に照らされた竜のモチーフは異様なほど迫力があり。
私は息を詰めて見上げた。
政宗に手を引かれて賽銭箱の前に立つ。
政宗は腕組みをして竜を見上げた。
その横顔が凛々しくて。
私は政宗に見蕩れた。
「伊達軍に加護を……」
政宗がそっと呟く。
私は財布の中から5円玉を2個取り出した。
「はい、お賽銭」
「何で5円なんだ?」
訝しげに政宗が問う。
「ご縁がありますように、って言う意味らしいよ」
「Ha!なるほどな。5円じゃしけてると思ったが、そういう意味なら5円の方がいいな」
政宗はくすりと笑って5円玉を受け取ると、賽銭箱に放り投げ、手を合わせて祈り始めた。
私も竜神に祈る。
政宗が傷付かないように。
決して負けることがないように。
天下統一の夢を果たせるように。
万感の想いを込めて祈ると、本当に政宗が天下を取れそうな気がしてきた。
ふと顔を上げると、政宗も祈り終わった様子だった。
「じゃあ、戻るか」
「うん」
龍恋の鐘への道は、竜宮大神のお社の正面にある。
一見分かりづらい小道だが、さっき、竜宮大神に来る時に、立て札があったから、間違いない。
このまま想いを告げずに戻るの……?
折角美紀が後押ししてくれたのに。
でも、私は政宗が誰かを好きなことを再確認してしまったから。
想いを告げて、こうして手を繋げなくなるのなら。
触れられなくなるのなら。
政宗の温もりを失うのなら。
この恋心を政宗と別れるその日まで封じ込めても構わないと思った。
二人で手を繋いで、お社を出る。
左に曲がれば元来た道を戻ることになる。
お社を出たところで、政宗は空を見上げた。
「日没まであと15分もねぇな。どこか海辺に出られねぇか?Wait。あの小道は?潮の音が聞こえる。あそこに行こうぜ」
政宗が私の手をぐいと引いた先には、龍恋の鐘へと通じる小道があった。
どくんと胸が一際大きく脈打つ。
あそこに行ったら、私はこの想いを告げなければならない。
そうしたら、政宗を失ってしまう。
思わず立ち止まった私を、政宗は振り返った。
「Come on, 遙。綺麗な夕焼けだぜ。きっと、夕陽も綺麗だ」
ふわりと笑う政宗の笑顔が眩しくて。
胸がドキドキと高鳴る。
その笑顔をいつまでも見つめていたい。
政宗が望むのなら、夕陽を一緒に眺めても構わない。
その笑顔が一層甘く艶っぽく輝くのなら。
でも……。
「Sorry, 遙。実力行使させてもらうぜ」
躊躇い立ち止まったままの私を政宗は強引に抱き上げた。
「きゃあ!」
「つかまってろよ」
ニヤリと笑った政宗の端正な顔がすぐそばにある。
政宗の温もりを全身で感じて、どうしようもなく身体が熱くなっていく。
うるさいほどに心臓は脈打ち、政宗に掴まった手が震える。
「政宗、下ろして…。一人で歩けるから……」
「Rejection」
震える声で言うと、政宗は驚くほどきっぱりと拒絶した。
「今離したら、お前は逃げるだろう?」
その後に囁かれた声は、甘く切なく。
初めて『お前』と呼ばれたことにドキリとする。
「まさ…むね……?」
何故こんな状況になっているのか飲み込めず。
何故政宗に逃げると思われているのか分からず。
何故私の呼び名が変わったのか分からず。
それを理解するには私は混乱しすぎていた。
政宗の温もりに包まれて。
どうしようもなく胸が高鳴って。
この状況から抜け出さなくては。
少しもがいてみても、政宗は一向に気にした様子もなくどんどんと小道を進んでいく。
「暴れるな。言っただろう?お前と夕陽が見たいんだ」
私がもがくと、政宗は一層強く抱き締めてくる。
政宗の身体に自分の身体を押し付けられ。
政宗の力強い鼓動がTシャツ越しに伝わってくる。
いくらもがいても、まるで政宗の腕の中で暴れる子猫のようにしか自分が思えず。
やがて、私は観念して、政宗の腕の中に身体を預けた。
「いい子だ」
政宗の低い声がすぐ耳元で聞こえると、額にそっと口付けられた。
その優しい感触に。
政宗の温もりに。
胸の奥で押し殺していた想いが溢れそうになり。
胸の奥が熱くなって。
それが涙となって零れ落ちそうで。
私は政宗の腕の中で震えるしかなかった。
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