Confession -2-

鬱蒼とした木々の間を抜けていくと、潮騒が聞こえてくる。
小道の先には小さな鐘があった。

あれが……龍恋の鐘……。

私の想いが終結する場所……。

私はぎゅっと目を瞑り、政宗の胸に頬を寄せた。


政宗に拒絶されるのがものすごく怖い。
この温もりを失ってしまうのが怖い。

出来るならあの鐘には行きたくなかった。
逃げられるものなら逃げ出したかった。



政宗にぎゅっとしがみついて、あの鐘に永遠に辿り着かなければいいと願っていると、政宗が立ち止まった。
そして、私をそっと下ろす。
目を開けると、鐘の向こう側にオレンジ色に輝く海が広がっていて。
紅い雫のような夕陽がゆっくりと水平線に向かって沈んでいくところだった。

「間に合ったな。綺麗な夕陽だな……」

政宗の隻眼が眩しそうに細められている。
フッと笑ったその表情に見蕩れ、頬が染まっていく。
ふと政宗から視線を外すと、鐘の下にはその謂れが書いてあった。
HPで読んだのと同じ、五頭の竜が天女に恋をした伝説……。
そして、ここで鐘を鳴らした二人は決して別れないという伝承が……。

どうすればいいの?

私は……。
このまま恋心を封印して?
そして、何事もなかったかのように過ごして行くの……?
胸の奥を焦がすようにちりちりと燃える恋の炎を隠して。
いつ、その炎がこの身を焼き尽くしてしまうのか分からないのに。


それならばいっそ潔く振られて……。


私が口を開こうとすると、政宗が低い声で呟いた。

「天女に恋をした龍か……」

ハッと隣りの政宗を見遣ると、じっと目を落とし、鐘の謂れを読んでいる。
政宗が鐘の謂れを読んでいる時間が永遠のように長く思えた。


この想いを伝えないと……。
きっと今を逃したら、ずっと伝えられない……。


説明を読み終わった政宗が視線を上げる。
そして、私にフッと微笑みかけた。

「政宗……」

口を開きかけた私の唇に政宗がそっと指を当てる。
まるで制止するようなその仕草に、私は言葉を飲み込んだ。
政宗の指がゆっくりと私の頬をなぞっていく。

政宗の隻眼は優しい色を湛え。
愛しげに細められている。

私はその視線に絡め取られたように動けなくなった。

政宗の甘い視線に。
頬を滑っていく暖かな指の感触に。
どうしようもなく魅入られて。
身体中の血がまるで沸騰したかのように、身体が熱くなっていく。

政宗はそっと手を私の頬に添えると、親指で私の唇をなぞった。

「龍は天女に恋をした……。天女は、遙。お前だ」


え……?


私は政宗の言ったことが理解出来なくて。
いや、信じられなくて。
私は目を瞠って政宗を見上げた。


「まさ…むね……?」


政宗がフッと寂しそうな表情になる。

「近いうちに別れが来るのは分かっている。それでも……。この気持ちに嘘はつけねぇ。遙。俺はお前を愛している。お前だけだ。今までこんな気持ちになったことはねぇ。お前は?お前の気持ちを聞かせてくれ」

政宗の言葉が少しずつ心の奥まで浸透していく。

政宗が……。
私のことを……好き……?
政宗が恋していた人は……私……だったの……?

「遙……please……tell me, please……」

政宗は甘い声でねだるように囁き。
ゆっくりと私の頬に指を滑らせ、そっと指を髪に差し入れた。

「私は……。私も政宗のことが……」

熱い想いが込み上げてきて言葉にならない。
ずっと堪えてきた想いが、涙となって頬を伝っていく。
その涙は酷く温かかった。
政宗がそっと親指で涙を拭ってくれる。
しゃくりあげそうになり、言葉にならず。
それでも、政宗はゆっくりと私の髪を梳き、涙を拭ってくれながら私の言葉を待った。
私は震える声でやっと囁いた。

「私も政宗のことが好き……。愛してるの……」

次の瞬間。
私は政宗にきつくきつく抱き締められていた。
Tシャツ越しに政宗の鼓動が伝わってくる。

「遙……」

政宗は私の額に口付けるとそっと身体を離した。
そして、大きな手のひらでそっと私の頬を包み。
ゆっくりと髪に指を差し入れ。
すっと目を閉じた。
私も目を閉じると、すぐに優しく政宗の唇が私の唇に重ねられた。
先ほどの激しい抱擁とは裏腹にその口付けは酷く優しく甘かった。

壊れ物を扱うかのように、そっと触れるような。
ゆったりとした口付けに、身体の芯が蕩けていく。
柔らかなキスに。
優しいキスに。
とても一人では立っていられなくなって。
私は政宗の首に両腕を回した。
政宗も私の背中に両腕を回し、きつく抱き締める。

唇を重ねるだけで。
抱き締められるだけで。
こんなに幸せな気持ちになったのは随分と久しぶりだった。

ううん。
前にも似たような事はあったけれど。
確かに前の彼氏と付き合っていた頃も幸せだったけれど。
こんなに身体が蕩けるほどに幸せな気持ちになったことは今までにない。

言葉に出来ないくらい。
胸の奥が温かくなって。
切なくて。
幸せで。

このまま政宗と一つになって溶け合ってしまいたかった。
そうすれば、別れなくて済むのに。

永遠とも思える、長い長い口付けは、二人が同時に吐いた甘い溜息によって遮られた。

「遙…。愛してる……永遠に……。例え、この身が朽ち果てようと、お前への想いは永遠だ……」
「私も……。例え、違う誰かと添い遂げるとしても……。政宗への想いはずっとずっと変わらないから…。ずっと、政宗とこうして抱き合いたかった……」
「遙っ!!」

先ほどは軽く唇を重ねるだけだったじれったい口付けが段々と深くなっていく。
唇を食むように。
幾度も幾度も唇を軽く吸われているうちに。
身体の芯が蕩け切って膝からかくんと力が抜けた。

政宗は片腕で私の身体を支えると、私の頬を指でなぞりくすりと笑った。

「Sorry, 夢中になりすぎた。Ah……夕陽が沈んでいくぜ」

政宗が見遣った方を見ると、紅い雫のような陽が水平線の向こうに沈んでいくところだった。
その紅い陽を私は一生忘れないだろう。
胸の奥に燃える熱い想いと同じくらい紅いあの夕陽を。


「この鐘を恋人同士で鳴らすと永遠に結ばれるんだろ?」

政宗がそっと身体を離し、鐘を見上げる。

「俺たちには別れがあるから…。迷信だってことは分かってる。それでも、俺はお前の心が欲しい。例え別れがあるとしても。お前の心を永遠に手に入れることが出来るなら、俺は……」
「うん、いいよ……。政宗が望むなら……。ううん、政宗が望まなくても……。この心はもうとっくに政宗のものだから……。永遠に政宗を想い続けるよ。私は政宗を絶対に忘れない。私も政宗の心が欲しい……。政宗の記憶の中でずっと生きていたいの」
「遙……」

そっと引き寄せられ、もう一度深く唇が重ねられると、すっと政宗が身体を離した。
そして、私の手をそっと握り、鐘についているロープを握らせる。
政宗の手がその上から重ねられた。
政宗がロープをぐいと引く。
思ったよりも高く耳を劈くような大きな鐘の音に私は驚き、そして噴出した。
政宗もくすくすと笑っている。

「鐘の謂れはcoolだが、音はいただけねぇな」
「そうだね」

私達はくすくすと笑いながら頬を寄せ合い、またキスを交わした。

「なぁ、遙。さっきから気になってたんだが、この金網にぶらさがってるの、何だ?何か、名前が書いてあるが」
「ああ、それ?南京錠」
「南京錠?」
「鍵のことだよ。南京錠に、二人の名前を書いて、そこにかけると、二人は永遠に結ばれるんだって」
「What!?鐘よりよっぽどrealityがあるじゃねぇか」

政宗は悔しそうに南京錠の群れを睨みつけている。

「あのね、政宗……。実は私、南京錠を今持ってるんだ。美紀に言われて持ってきたの……」

バッグの中から南京錠と油性ペンを取り出す。
政宗は目を瞠った後、ふわりと微笑んだ。

「あいつ。生意気だけど、粋なことするじゃねぇか」
「美紀はいい子だよ」
「ああ、知っている」

私は油性ペンで自分の名前を鈍色をした南京錠に書くと、ペンと南京錠を政宗に手渡した。
政宗も南京錠に名前を書く。
政宗の字は、やはり達筆で、とても綺麗だった。

「何だか恥ずかしいな。政宗、字がすごく上手いから。私の字の下手さが際立っちゃう」
「そんなことはねぇ。お前の字、俺は好きだぜ?」

政宗に南京錠の使い方を教えると、政宗は、それを外れないように金網にかけた。
そして、外した鍵をポケットにしまう。

金網に所狭しとかけられている南京錠はどこか滑稽だったけど。
それでも願いを託さずにはいられなかった。
私達には避けられない別れがあるから。
離れていても、お互いを想い続けると。
その誓いは永遠だと。

美紀……。
勇気のなかった私の背を押してくれてありがとう。
政宗に……。
私の想い、通じたよ……。



日が沈むと、急に辺りが暗くなってきた。
こんなに暗いのは初めてで。
私は辺りをきょろきょろと見回した。
ああ、そうか。
この辺りは電灯がないから暗いんだ……。

「暗くなってきたな。展望台に行くぞ」
「うん」

政宗はゆっくりと歩いてくれたけど。
帰りの道は、少し下り坂で、道も舗装されていない。
落ち葉や小枝が積もった土の地面に、丸太で階段らしきものが作られている。
私は躓き、政宗に支えられた。

「ごめん…。暗くてよく見えなくて……」
「じっとしてろ」

言うが早いか政宗は私を抱き上げた。

「政宗、危ないよ」
「Ha!!俺をなめるな。独眼竜は伊達じゃねぇ、you see?これくらいの道、悪路にすらならねぇ。それに月明かりで道が見える。No problem」

私の目には、ただの闇にしか見えないのに。
政宗には道が見えているのか、その足取りは確かだった。

政宗の腕の中で揺られるのが酷く心地よい。
ここに来る時はその温もりを離したくなくて。
あの鐘の前で失ってしまうと思っていたから。
それに怯え、居心地が悪かったけど。
今はもうそんな心配をする必要もない。
政宗が帰るその時まで。
きっと私がねだれば政宗はその温もりをいくらでも与えてくれるから。
ずっとずっとこのまま政宗の腕の中にいたかった。
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