私はさっき言った言葉を少し後悔していた。
『今日は……帰るの止めようかな……二人っきりになれるところに行こうか……?』
政宗に抱き締められて。
唇を重ねているうちに。
どうしようもなく蕩けてしまって。
このまま政宗の腕に抱かれていたくて。
でも、人目が気になったから。
誰の目も気にせずに、二人で愛を確かめ合いたくて。
でも、それって……。
これから起こることを想像して、どうしようもなく恥ずかしくなる。
男の人と肌を重ねるのは初めてではないけれど。
よりによって政宗様と……。
奥州筆頭という地位。
頭脳明晰、容姿端麗。
伊達男の名の由来にまでなった人だ。
唇を重ねて分かる。
政宗は相当手馴れている。
唇を重ねるだけで、身体が熱くなって力が抜けていくほどに。
きっと数多の女性を抱いて……。
私が付き合ったことのある男の人の数なんてたかが知れている。
遠距離恋愛が長かったから、ほとんど、そういう意味での男性経験はないと言ってもいいほどだ。
政宗が抱いてきたであろう、女の人達を想像して引け目を感じてしまう。
きっと、綺麗で、スタイルが良くて、色気があって、話し上手で。
男の人を誘惑することに長けていたんだろう。
どんな人達だったんだろうと想像してみる。
歌舞伎の女形は、男の人だけれど、とても妖艶で気品があって美しくて。
そんな人達だったんじゃないだろうか。
とても太刀打ち出来ない。
あんな色気も気品も私にはない。
どうしよう……。
政宗に幻滅されるかも……。
はぁっと小さく溜息を吐くと、政宗がぎゅっと手を握ってきた。
「遙、無理しなくていい。お前には笑っていて欲しいんだ。お前が嫌なら、俺は、このままで構わねぇ。ただ傍にいて、抱き締めさせてくれればそれでいいんだ」
俺が欲しいのはお前の心だから……。
だから、そんな顔をするな……。
政宗は私の頬を包み込むと、額にそっと口付けた。
そして、ぎゅっと抱き締めてくれる。
頬に軽く口付けを落としながら政宗が囁く。
「遙、愛してる…。お前だけだ……。お前が嫌なら、俺はお前を抱かない」
啄ばむような口付けに。
政宗が囁く、低く甘い声に。
胸の奥が甘く疼く。
どうしようもなく幸せで。
どうしようもなく政宗が愛しくて。
私は政宗の首に両腕を回し、消え入りそうな声で囁いた。
「嫌なんじゃないの……。ただ、不安で……」
政宗はフッと笑うと、私の頬をそっと撫でた。
「不安なら、不安が消えるまで、ずっと抱き締めていてやる。だから、心配するな」
すっと目が伏せられて。
政宗の綺麗な顔が近付いて。
目を閉じると、軽く触れるだけのキスが唇に落とされ。
政宗が身体をすっと離す。
政宗の温もりにずっと包まれていたくて。
それが酷く寂しかった。
政宗は、こんなにも言葉を尽くして。
私を抱き締めて。
愛していることを告げようとしているのに。
もっと政宗が欲しくて。
でも、深く繋がるのが怖くて。
自分で、一体どうしたいのか分からない。
「さあ、遙、行くぞ」
政宗は指を絡ませるようにして手を繋ぎ、歩き出した。
階段の手すりの向こうに、街の明かりがキラキラと輝いている。
この階段を下りれば、弁天様まであと少しだ。
銭洗いが見えて来たところで、政宗は繋いでいた手を離した。
「政宗……?」
政宗の手を追うようにして、手を繋ごうとすると、政宗がそっとそれを押しとどめた。
そう言えば、ここに来る時も、弁天様が見えてきたら政宗は繋いでいた手を離した。
政宗を見上げると、政宗は困ったように笑った。
「It's just a superstition.(ただの迷信だけどな)」
「迷信?」
私が首を傾げて問うと、政宗はますます困ったように視線を彷徨わせる。
「ここって縁結びの神様なんだろ?」
「うん、そうだよ」
「でも、嫉妬深いから、ここの弁天様の前で手を繋いでるカップルを別れさせるって言うらしいじゃねぇか」
「え……?」
そんなの初耳だ。
思わずきょとんとして政宗を見上げると、政宗は目を逸らし、がしがしと頭をかいた。
「迷信だってことは分かってる。縁結びの神様なのにcoolじゃねぇ。そんなことは有り得ねぇ。でもな……やっぱり本当に別れさせられたらたまったもんじゃねぇだろ?俺は……お前を失いたくない」
困ったように、照れながら話す政宗は何だか可愛らしかった。
さっきまで緊張してガチガチだったのに、思わず笑みが零れる。
「そっかぁ。だから、私、前の彼氏と別れちゃったのかな。前に手を繋いで来たことあるから。美紀は知ってたのかなあ。教えてくれれば良かったのに」
次の瞬間。
強く腕が引かれたと思ったら、私は政宗にきつく抱き締められていた。
「お前は誰にも渡さねぇ!前の男にも、誰にも!」
「まさむ……」
名前を呼びかけて、途中で唇を奪われ。
言葉にならなかった。
政宗は、左腕で私の腰を強く抱くと、右手を私の後頭部に宛がい、角度を変えながら、何度も何度も唇を吸うように深く唇を重ねてくる。
言葉を発しようとしても、その隙すら与えられず。
後頭部を支えていた手が少しずつ、下に下がり、首筋をすっと撫でられて、ぞくりとする。
また身体から力が抜けてきて、政宗にしがみつく。
キスの合間に甘い溜息が漏れる。
僅かに唇が離れた瞬間、政宗が見せた眼差しは酷く真剣だった。
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