Because I love you -1-

トンネルを抜けるとそこは雪国だった…んなわけねぇだろ!!
だって、今は夏休み真っ盛り。
英語の塾講師にだって夏休みはちゃんとあるのだ。
生徒の皆さん、夏は天王山、天下分け目の関が原だから頑張ってね。
アデュー!!とばかりに私はボストンバックに荷物を詰めて、草津に向かう予定だったのだ。
ああんっ!?誰だババくさいって言ったやつ。前出ろ、前だ!!!
いやね、あの仕事、意外に腰にくるんですわ。立ちっ放しだから。
いいじゃん、温泉でのんびりしたって!!
私はうきうきとタクシーを呼んで自宅を出たわけです。
自宅から駅までの道のりにはトンネルがあって。
そこを抜けたら、何故か広い庭園の真中にボストンバックを持って突っ立ってました…orz。
はっ!?何これ、何?
いや、雪国じゃないんだけどさ。
私がいた関東よりもいくらか涼しくて。
白い玉砂利がすごい綺麗な庭で。
正直夢だと思いました。うん、多分夢だろうな。
でも、夢にしたらやけに詳細にくっきりと夢の中の人や景色が見えるわけで。
温度まで生々しく感じられる。
こんな夢見たことないよ。
庭に面した廊下では、20代半ばと思われる、眼帯のものすごく綺麗な顔立ちの青年が煙管を咥えたまま驚いたように座ったまま固まっていて。
バチっと目が合った私も固まりました。はい。
目が合ったまま固まる事数十秒。
ビジュアル系ばりの美青年が先に口を開きました。

「Who are you?」

おっ!英語だ!英語なら任せろ!

「I am 紗夜歌。Nice to meet you. And could you tell me who you are and where I am, please?」
「あんた異国語がわかるのか!?」
「Yes, I do!というか、質問に答えて頂きたいんですけど」
「悪ぃ…。異国語まだ勉強中であんたがなんて言ったか聞き取れなかった。あんた発音いいな!」
「それはどうも。あなたのお名前とここがどこか教えて頂きたいんですけど?」
「Oh, I see。俺は奥州筆頭伊達政宗だ。そして、ここは俺の城の中。正確には俺の部屋の前だな」
「はっ!?」

伊達政宗ぇえええええ?!それって独眼竜の!?
そういや眼帯してるな!
伊達政宗が英語しゃべるなんて聞いたことがねぇええええええ!!!!
それに、関東にいたのに何故私は東北にいるんだ!?
やばい、疲れてる。私、疲れてるんだ。
タクシーの中で寝ちゃってそのまま夢見てるんだ。
夢なら早く覚めろ!!ってかお願い、タクシーの運転手さん!起こして!!
まさか寝ている間にメーター回してぼったくろうってんじゃねえだろうなあ!!
くそう、起きろ、私、起きるんだ!!!

「あんた、紗夜歌って言ったか。さっきから百面相してて面白いやつ。見たことねえ格好しているがあんたどこから来た?っつーか、庭眺めてたら突然現れたから驚いたぜ。あれか?神隠しの逆versionってやつか?」

政宗は綺麗な形の唇の端を吊り上げてくすくすと笑っている。
Ha!!まあ、これが本当に伊達政宗だったら400年以上前ということになるし。
何が悲しゅうてこんな酔狂な夢を見ているんだ、私。
しかも笑われてるし…。こいつムカツク!!
私ははぁっと溜息をついた。

「ダメだ…。疲れてる。私、夢見てるんだ。何で伊達政宗が英語しゃべってるの?しかも400年以上前だし…」
「Hey, 今、何つった?400年以上前?」
「だって、伊達政宗って1600年くらいの人でしょう?私、日本史苦手だからよく知らないけど。私が来たのは2006年。400年以上前だよ」
「Really?あんた未来から来たのか?」
「だーかーらー、これは夢なんだってば。私、もうすぐ起きるから、消えるから、気にしないで」

ひらひらと手を振る私に、政宗は意地の悪い笑みを浮かべた。

「夢かどうか、試してやってもいいぜ…?」

政宗は草履を履いて庭に下りると私のすぐ目の前にやってきた。
何か、嫌な予感がする…。
私は、冷や汗をかきながら後ずさった。

「Hey, 逃げるんじゃねえ!!」
「逃げるなと言われて逃げない人間がいるわけないでしょう!!」

私はボストンバックを地面に置いて、政宗に背を向けて走り出した。
後ろからものすごい勢いで玉砂利がざっざっと音を立てている。
ひぃいいいいいい!!!捕まる!!!
後ろから物凄い勢いでタックルされた。

「ギャーーーー!!!」
「もっと色っぽい声出せよ!」

顔面から地面に激突するぅううう!!!と思いきや、倒れる寸前に身体が反転させられ、政宗に覆い被さる形で私達は地面に倒れ臥した。

「何すんのよ!!」
「夢かどうか確かめてやろうっていう俺の親切がわからねえかなあ?」

ニヤリと笑みを貼り付けたまま、政宗は手を伸ばし私の頬をつねった。
腰をしっかり抱かれていて逃げ出す事も出来ない。

「痛い痛い痛い痛い!!Hey!!What the hell are you doing!!You such a fuckin’ bastard!!!!」
「ああん!?何かよくわからねえが、すげえ不愉快なこと言っただろ、あんた。覚悟は出来てるんだろうな?」
「ナニモイッテマセーン。気のせいです」
「ほう…。じゃあ、なんて言ったのか教えてもらおうじゃねえか…」
「政宗様カッコイーって意味ですよー」
「………嘘だな…」
「(ギク!!)」
「あんた、今、ギクっとか思っただろう。顔に出てんだよ!!この顔になぁあああああ!!!」

そう言うと政宗は私の頬をつねる指に力をこめた。

「いやぁあああああ!!!痛い痛い痛い痛い!!!!」

涙目でじたばたと暴れる私を政宗は至極楽しそうに眺めていた。
くそう、このサディストめ!!
力では敵わないけど、英語で罵ってやるわ!!
ウワーッハッハッハッハ!!!わかるまい!!!

「God damn it!!Fuck off!!Son of a bitch!!」
「……それの意味も後でじっくり聞かせてもらうぜぇえええええ!!!」
「はーなーせぇえええええええ!!!!!」

私達がぎゃあぎゃあと騒いでいると、廊下から凛とした低い声が庭に響いた。

「政宗様!!!何をしておられますか!?それにその者は!?城の警備は万全だったはず!!てめえ、何者だ!?政宗様から離れやがれ!!」

その声はあまりにも渋くて、格好よくて、耳に心地よくて。
私は政宗に抵抗することすら一瞬忘れた。
玉砂利を踏みしめながら近付いてくる気配がする。
すっとその人物は地面の上でもみ合っている私達のそばに片膝をついた。
ようやく政宗が私の頬から手を放してくれたので、私はその人物を見上げた。

きりりと吊り上った眉とは裏腹な少したれ目の双眸はとても鋭くて渋い。
すっきりとした鼻筋に、男らしいしっかりとした顔の骨格。
とても身体が大きくて、その肩幅は広く頼もしい。
怪我の痕なのか、左頬から首にかけて大きな傷がある。
私はその人物のかもし出す雰囲気に圧倒された。
………ダメだ!!超好みのタイプだ!!!
渋い!!格好いい!!声も素敵!!

声を失い見蕩れていると、政宗が身体を起こした。
そして、私を引っ張り上げて立たせる。

「Hey, 紗夜歌。夢じゃねえってわかっただろう?」
「政宗様。この者は?」
「こいつは紗夜歌。400年後の未来からやってきたらしいぜ」
「面妖な格好をして…。いずれの刺客とも限りませんぞ!!」
「いいや、小十郎。こいつは刺客じゃねえ。刺客だったらあっさり俺に捕まって顔抓られるなんて醜態さらすはずがねえ。それにな、こいつは俺の目の前に突然現れたんだ。それまで何もなかった空間に。いわゆる神隠しの逆ってやつだ」
「政宗様は勘が鋭いお方。疑うわけではございませんが、一応検めさせて頂きます」
「それなら俺も立ち会う。さあ、紗夜歌、来い」
「……やっぱり夢だ……」
「はぁっ!?あんたまだそんな事言ってんのか!?」

だって、だって!!夢じゃなかったらこんな格好いい人いるわけないじゃないか!!
私がポーっと小十郎に見蕩れていると、政宗が今度は私の両頬を引っ張った。

「いひゃい、いひゃい!!!」
「痛いか?なら夢じゃねえだろう?わかったか!!」

私はこくこくと頷いた。とりあえず早く放して欲しい。
小十郎がくすりと笑う気配がした。

「政宗様の仰るとおり、刺客ではないようですね。まるっきり隙だらけだ、クックックッ」

わ、笑われた!!
きっと私の顔は横にみっともなく引き伸ばされ、見るも耐えない顔になっているだろう。
くそう、政宗め!!
好みのタイプの男に笑われてしまったじゃないか!!
この落とし前、どうつけてくれる!!!
政宗はニヤリと笑って私の顔から手を放した。

「さあ、来い…。逃げられると思うなよ…」
「に、逃げませんよーだ」

私は政宗に引き摺られるように政宗の部屋の中に入っていった。
小十郎が私のボストンバックを持って後をついてくる。
政宗の部屋に入ると、政宗はどっかりと腰を下ろした。
私はその前に座らされ、小十郎が私の背後に座る。
政宗は私のボストンバックをしげしげと眺めていた。

「これ…どうやって開けるんだ?」
「うん?ファスナー引っ張れば開くけど…?」
「ファスナー?」
「うん」

私がバッグに手をかけると、小十郎が刀の鯉口を斬る音がした。
怖ぇええええええ!!!!!!
背中に冷や汗がどっと流れる。

「き、斬らないで下さいよう。武器なんて入ってませんから」
「おかしな真似をしたら斬る」
「早まらないで下さいよう…」

政宗が目で促すので私はファスナーを開けた。
中に入っているのは一週間分の着替え。
わ、悪いか!!温泉に一週間も逗留して。
ジーンズとキャミソール、化粧道具、カメラ、携帯電話、音楽プレイヤー、電子辞書、ライター、タバコなどが出てくる。
政宗は巾着袋に興味を示した。

「だ、ダメ!!それは!!」
「ああん?見られて困るようなものでも入ってんのか?……武器とか?」
「違います!!!それは下着!!乙女の下着なんて見せるわけに行きません!!」

私は慌てて政宗の手から奪い返した。

「チッ、仕方がねえなあ。この道具はなんだ?」

カメラ、音楽プレイヤー、ライター、携帯電話、電子辞書、ライターなど、一つずつ用途を説明していく。
政宗は興味深げに溜息をついた。

「あんた、未来から来たってのは本当なんだな…。こんな道具見たことねえ。特に、このライターってやつ、便利だな…」
「でしょう?私、ライターすぐなくすから、いくつも持ってるんだ。一つあげるよ」
「Really?Thanks!!」

政宗と和気藹々と話していると、小十郎が私のすぐ後ろにやってきた。
殺気がびんびんと伝わってくる。
私は表情を強張らせ固まってしまった。
政宗が不機嫌そうに小十郎を見遣る。

「政宗様。身体に暗器を仕込んでいるやも知れません。この小十郎が検めます」

言うが早いか、小十郎は大きな掌で私の背中を撫でた。
何もないのがわかると今度は身体の前面を触られる。

「ちょっ!!!止めて下さい!!」
「すぐに済む。大人しくしてろ!!」

ドスの利いた声で凄まれて、私は動けなくなった。
小十郎が私の胸を触る。
ぞくりとした感覚が背筋を駆け上った。
そういうつもりじゃなくても、こういうのは意識してしまうんだからね!!
と、小十郎の眉が吊り上った。

「中に、何か固いものを仕込んでいるな!?これは何だ!?」
「えっ?固いもの!?そ、それはブラジャーのワイヤーですから!!」
「何のことかさっぱりわからねえ。検めさせろ!!」

小十郎は私のキャミソールの裾から手を差し入れ、ブラジャーのワイヤーを鷲づかみにした。
ちょっと!!!直接胸に手が当たってるんですけど!!!
小十郎はワイヤーをくまなく触って検分している。
唇を噛み締めびくりびくりと震える私を、政宗は楽しそうに眺めていた。
くそう、あとで覚えていろよ!!

「よし、どうやら武器ではなさそうだな」

小十郎は今度は私の下半身に手を伸ばした。

「ちょっと待った!!!こんなにぴたぴたのジーンズの中に何も隠せるわけないじゃないですか!!お願い!!ポケットの中だけにして!!」
「おい、小十郎。そいつの言う通りにしてやんな。確かにそんなぴたぴたの装束の中に隠せるわけがねえ」
「はっ、心得ましてござりまする」

小十郎は私のジーンズのポケットの中を探った。
出てきたのは家の鍵とライター。
一通り検分すると、納得したのか、小十郎はまた後ろに控えた。
ううっ…。触られた…。一目惚れの人に触られた…。
ダメだ…。私、もう目を合わせられない…。
私は小十郎が私の後ろに控えている事に安堵した。
前じゃなくてよかった…。見なくて済む。

「小十郎、納得したか?」
「はい。確かに何の武器も持ってはおりませんでした」
「Okay。じゃあ、これから紗夜歌をどうするかだが…。元の世界に戻れるまで俺のそばに置くことにする。異国語のteacherになってもらうぜ。紗夜歌、異論は?」
「ないです。というか、お世話になります」

私は深々と頭を下げた。
とりあえず、見知らぬ土地だが面倒を見てくれるというのは助かる。
それに私は英語教師だ。政宗に英語を教える事など造作ない。

「私はあちらの世界でも英語の教師でしたから」
「Really?そいつは好都合だ。あんたは俺のteacherだからな。俺の事は政宗って呼べ。敬語もなしだ」
「政宗様!!それはあんまりにも!!」
「小十郎、野暮なことはなしだ。こいつにまで様づけで呼ばれたくねえんだよ」
「……承知致しました」

小十郎は溜息をつきながら承諾した。
こうして、私は政宗の隣りの部屋を与えられ、政宗の居城で過ごすことになったのだ。
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