「小十郎……」
小十郎がそんな風に思っていたなんて知らなかった。
いや、いつか想いを伝えられた事もあったけれど、私が幼過ぎて受け入れられなかった。
私は、いつでも政宗のことばかり見ていて。
小十郎は、幼馴染の大好きな頼れるお兄さんとしか見ていなかったから。
小十郎とこうして手を繋がなくなったのは、私が思春期を迎えたせいだと思っていたけれど。
それは、小十郎が私を意識し始めていたから……?
「お前ぇが政宗様に想いを寄せていることは知っている。だからどうこうするつもりもねぇ。ただな、政宗様を想って傷付いているお前ぇが見ていられなかっただけだ」
小十郎の想いをずっと忘れたままだったから。
政宗のいないところで、小十郎に政宗への恋心を打ち明けたり。
話を聞いてもらっていた。
そんな時でも、小十郎はいつも優しくて。
私が逆の立場だったら…?
想いを寄せている人から恋の相談を受けて……。
私だったら、きっと耐えられない。
一人きりになった時に、きっと、哀しくて泣いてしまう。
「小十郎……ごめん……。私、無神経だったね……」
「ああ、そうだな」
小十郎は悪戯っぽくフッと笑った。
「冗談だ。気にするな。お前ぇは今のままのお前ぇでいい。ただそれが言いたかっただけだ。さあ、賽銭箱の前に着いたぜ」
私の手と繋いだまま、小十郎は、ポケットの中から手を出した。
それが離れていく。
それまで温かかった手が、身を斬るような冷たい空気に晒されて身震いをする。
小十郎は、私の知らないうちに、こうして私をいつも包み込んでいてくれたんだ……。
そう思うと、心の奥が、甘く切ない思いでいっぱいになっていく。
小十郎はコートのポケットから小銭入れを取り出し、私に5円玉を手渡した。
「いいよ。お賽銭くらい自分で出すから」
「いいから、もらっとけ」
優しく笑う小十郎の好意を無駄にしたくなくて。
私は5円玉を受け取った。
「うん、わかった。ありがとう」
5円玉をお賽銭箱に放り投げて、私は目を閉じて手を合わせた。
隣りの小十郎もお賽銭箱に小銭を投げ入れる気配がした。
どうか、今年も政宗と小十郎と、いままで通り仲良く過ごせますように。
二人がどうか傷付かないように。
いつまでも元気で。
今年もどうぞ見守って下さい。
そして、出来るのなら、この政宗への想いが捨てられますように。
政宗の恋を温かく見守って…。
私も新たな気持ちで過ごせますように…。
出来れば小十郎と一緒に……。
お祈りを済ませて隣りの小十郎を見遣ると、丁度お祈りが済んだところのようだった。
「さあ、行くか。このまま帰るか?それとも俺と飲みなおすか?新年早々愚痴を聞いてやるぜ。いくらでもな」
「小十郎の意地悪…。でも、私、もう少し小十郎と一緒にいたい…。飲みに行こうかな…」
政宗のことを愚痴りたいとか。
そういうことではなくて。
あともう少しだけ、小十郎の温もりに包まれていたくて。
私は小十郎の腕に自分の腕を絡ませた。
カシミヤのコートの滑らかな手触りが心地よい。
政宗よりもがっしりとした体躯は頼もしくて。
先ほど、小十郎の秘めた想いを打ち明けられたせいもあるのか。
こうして腕を組んで歩くとドキドキとする。
小十郎は私を見下ろしフッと笑った。
「手が冷たいんだろう?ほら、手を貸せ」
小十郎は、再び指を絡ませるように私の手と繋ぐと、ポケットの中に手を入れた。
小十郎の手が温かくて。
こうして恋人のように手を繋ぐことにどうしようもなくときめいてしまって。
顔が火照っていく。
「私…。小十郎を好きになればよかったのかな…。あ、小十郎のことを好きじゃないとかそういうのじゃないよ?小十郎のことは大好きだもん。でも、私、今まで政宗のことしか見てなかったから…」
「ああ、知ってる。お前ぇが政宗様に惹かれる気持ちは分かるからな」
「でも……。こうして手を繋ぐと、何だかドキドキするよ……。小十郎はいつでも私のお兄ちゃんみたいな存在だったのに…」
じっと小十郎を見上げると、小十郎は艶っぽい笑みを浮かべた。
いつも私に向けられるのは優しい笑みだったからドキリとする。
「じゃあ、こうすれば、お前ぇはもっと俺のことを想ってくれるのか…?」
繋いでいた手が離れたと思ったら。
次の瞬間には、小十郎にきつく抱き締められていた。
微かに煙草の香りのする、肌触りのよいコートの胸に顔が押し付けられる。
政宗と戯れにハグをしたりしていたけれど。
小十郎の身体は政宗と比べ物にならないほど逞しくて。
頼もしくて。
ドキドキとする。
そして、途方もないほどの安心感に包まれていく。
小十郎のそばにいたら、いつでもこうして抱き締めてくれるの……?
「小十郎……」
政宗には恋人がいるのだから。
きっぱりと諦めて。
私は小十郎と一緒に幸せになるべきなの…?
じっと小十郎を見上げていると、小十郎は私の頬をすっと指先で撫で。
優しい目をして私を見つめた。
「おい、小十郎。抜け駆けはなしだって言ったはずだ」
すぐ背後から、よく聞き知った、地を這うような不機嫌な声が聞こえて私はびくりとした。
「政宗様…」
でも、小十郎が私を放す気配はない。
「貴方がいけないんですよ。こいつを哀しませたら許さないと、そう申し上げたはずです」
「はぁ!?何の話だ!?おい、小十郎から離れろ。ったく、携帯は繋がらねぇし焦ったぜ」
「政宗は彼女がいるじゃない。私のことは放っておいて」
小十郎と一緒にいて安心しきっていたせいか。
いつも姉ぶっている私の口から、拗ねたような台詞が飛び出して、私は慌て。
取り繕うように、小十郎の胸に顔を埋めた。
元親が冷やかすような声を上げる。
政宗は心外だと言うように声を上げた。
「彼女だァ!?おい、それは誤解だ」
「誤解って何よ?」
私は政宗を振り返った。
政宗は隣りに立つ彼女を指差して、私を睨みながら言った。
「こいつは市。れっきとした彼氏がいるが、今、あいつは海外だ。寂しいだろうと思って、みんなで集まることになったんだ。俺はお前と二日参りに行きたかったのにな」
「政宗様が怒ってる…。これも市のせい……」
政宗の隣りに立つ、ものすごく可愛い女の子は、期待を裏切らない可愛らしい声で寂しそうにそう言った。
「政宗!そういうことは早く言ってよ!!」
「言っても誤解されそうだから黙ってただけだ!!」
ああ、新年早々喧嘩だなんて先が思いやられる。
小十郎は隣りでくつくつと笑っている。
「さあ、どうする?俺と一緒に飲みに行くか、政宗様とお帰りになるか」
私は、今までの誤解が恥ずかしくて。
とても政宗と一緒にいられそうになかった。
「うーん、小十郎と飲みに行こうかな」
「仄香!!お前、帰ったら覚えておけよ!!」
「知らないわよ、そんなの!小十郎、行こう?」
小十郎の手を取ると、小十郎は私としっかりと手を繋ぎ、またポケットの中に手を入れる。
政宗の眉がつりあがる。
「小十郎!!てめぇも覚えてろよ!!」
「ははは、しかと心得ました」
「お前、わかってねぇだろ!!」
「仄香を哀しませたら許さないと申し上げたはずです。では、御前を失礼致します」
後ろから「破廉恥でござる!!」という雄たけびが聞こえてきた。
私と小十郎はくすくすと笑いながら一行を後にした。
今年は、政宗と、小十郎との間の関係が少し変わるかも知れない。
それがどう変わるのかまだ分からないけれど。
でも、変わらないことが一つだけある。
それは、二人とも、私にとってとても大切な人達だということ。
いつまでもいつまでも大好きだから……。
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