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塾が終わるのは10時。
朝8時には登校だから塾が終わる頃にはぐったりだ。
国立大学を目指している私は、科目数が半端じゃない。
こんな生活が週に4回。
うち、土曜が1回だからまだマシだけど。

それでも耐えられるのは、彼氏である政宗も同じ大学を目指しているから。
学校でも塾でも席は隣り。
だけど甘酸っぱい気持ちに浸っている場合じゃない。
授業に集中しないとすぐについていけなくなる。
私は政宗ほど頭が良くないから。
塾の後、政宗と別れた後はいつも魂が抜けたようにぐったりだ。

家の鍵を開けて、真直ぐリビングに入ると私は疲労から、フローリングの床の上にうつぶせに寝そべった。

すると2階から階段を降りて来る足音がした。
あの足音は元親アニキだな。

「おー、遅くまでご苦労さん…って、大丈夫か!?どっか具合でも悪いのか!?」

アニキは慌てて私に近寄り、私を抱き起こした。

「あー、アニキただいま」

ぼんやりとアニキを見上げると、アニキは心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「ただいまじゃねぇ!どうした!?熱でもあんのか!?」

すぐに大きな手のひらが額に当てられる。
アニキの手、ちょっとゴツゴツしていて好きなんだよな。
政宗と似ている。

「熱じゃないよ。疲れただけ。今日の数学しんどかった」
「そうか…」

ホッとしたようにアニキが微笑む。
しかし、すぐにアニキはまた表情を険しくした。

「そんなヘトヘトになるまで無理するんじゃねぇ!お前ぇは文系なんだから、数学止めて私立狙えばいいじゃねぇか」
「ダメだよ。私、政宗と一緒に国立行くもん」
「同じ大学じゃなくても近くの私立でいいじゃねぇか」
「ダメなの!」

私はアニキをキッと睨み付けた。

そう、国立じゃないとダメなのだ。

この間、お父さんとお母さんが夜遅く話しているのを聞いてしまった。
私達にはあと2人弟がいる。
私が私立しか受からなかったら、弟達は大学に行けるかかなり怪しい。
しかも弟達も公立高校しか行けない。
アニキが大学受験に失敗して私立大学に通っているから。
それも浪人して。
私は兄弟の中でも一番出来が良く、両親も国立に受かるのを期待している。
だからこそ多少苦しくても超進学塾に通わせてくれているのだ。
両親の期待に応えるため、そして弟達のためにも私は現役で国立大学に受からなくてはならないのだ。

私の真直ぐな視線から逸すようにアニキは視線を泳がせた後、溜め息をついて私の頭をくしゃりと撫でた。

「悪い。俺のせいだな。弟達の事を考えると、お前ぇ、どうしても国立行かなきゃならねえって思ってるだろ」
「アニキのせいじゃないよ。うちにお金があってもどうせ政宗と同じ大学行くし。プライドにかけてね。医学部は失敗したらヤダから、法学部行って資格取るよ」

アニキは文系からっきしだったから私立理系だ。
だからお金がかかるんだけど。
それでも機械系は潰しが効くから両親も何とか大学に通わせている。
高校では遊びまくってたアニキも大学では真面目で授業の後も遅くまでバイトをしている。
アニキとこうして話をするのは何だか久し振りだ。

「まあ、お前ぇがそういうならいいけど。無理すんなよ」
「無理しないで大学受験なんかに勝てないよ。まあ、あと1年半の辛抱だし頑張るよ」

アニキはやれやれとまた溜め息をついた。

「全く頑固な妹だぜ。プリン買って来たけど食うか?」
「プリン!?」

私は目を輝かせたがすぐにうなだれた。

「こんな夜遅くに甘いの食べたら太るもん」
「馬鹿言え。お前ぇなんて痩せてる方だ。少しくらい太ったって問題ねぇ」
「でも!政宗、痩せてる子が好きだもん」

アニキは呆れたように笑って頭を振った。

「独眼竜はまだまだ青いな。女はな、この辺とこの辺に肉が付いてる方が丁度いいんだぜ?」

そう言ってアニキは私の胸とお尻から太腿にかけて触った。

「な!何すんのよ馬鹿アニキ!!」

私はアニキを殴ろうと手を振り上げたが掴まれてしまった。

「はっ!お前ぇの行動なんて見え見えだ。何年お前ぇのアニキやってると思ってる」

そう言ってニヤリと笑う。
悔しい!!

「まあ、胸はそんだけあれば合格じゃねぇか?」
「嘘。Cカップしかないもん。ねぇ、アニキ。やっぱり男ってさ、Fカップくらいないとダメかな?大きい方がいいよね?」

拗ねたようにアニキを見上げる。

「あ〜?まぁ、そりゃあ好みによるんじゃねぇか?俺だったら惚れた女なら大きかろうが小さかろうが気にしねぇ」
「そっか…」
「独眼竜が大きいのが好みだったらあいつが大きくしてくれるだろうぜ。流石の俺も妹の胸でかくするのには付き合えねぇからな」

そう言うとアニキはからからと笑った。
トンだ破廉恥発言だが何故かうちのアニキが言うとどこか爽やかだ。
だからアニキについ相談をしてしまう。

「ふーん。今度政宗に聞いてみようかな」
「止めとけ」
「何で?」

アニキはうっすらと頬を染めた。

「まだお前ぇを誰にも食われたくねぇんだよ」

そう言うとアニキは私を引っ張りあげてギュッと抱き締めた。

「さあ、この話は終わりだ。疲れてんだろ?プリン食ったら元気出るぜ、きっと」
「うん、じゃあ食べる」

アニキは眩しいほどの笑顔を浮べるとキッチンへ入って行った。
私はソファに腰掛けた。
さっきはソファまで辿り着けないほど疲れていたのだ。

すぐにアニキは二つプリンを持って戻って来た。
アニキもソファに座るとテレビをつけた。
そしてDVDをかける。
疲れてどうしようもない時、私がイルカのドキュメンタリーを見る事をアニキはよく知っている。
元々はアニキがプレゼントしてくれたDVDだ。
リビングの明かりを落として二人で真っ青な海の中を気持ち良さそうに泳ぐイルカを見ながらプリンを食べた。
身体を浸蝕していた疲労がふわりと軽くなり、心地よい睡魔が訪れる。
ふわぁと欠伸をした私の頭をアニキが撫でてくれる。

「もう部屋に行って寝たらどうだ?」

久々のアニキの隣りは心地よくて、私は離れがたかった。
プリンを食べ終わって所在なさげにカラメルをスプーンの先で掬う。
そうしている間にも段々と眠くなり私はアニキによりかかった。

「どうした?」
「眠い」
「だから部屋に行って寝ろって」
「ヤダ。アニキともうちょっといたい」

アニキが苦笑いをした。

「しょうがねぇなあ」
「ねぇ、アニキ?」
「おう、何だ」
「膝枕して」

私は言うが早いかアニキの膝の上に頭を乗せ、ソファに横たわった。
温かくて気持ち良い。
単調なナレーションとどこまでも青い海の色が心に染み渡っていく。
疲れと力がすうっと抜けて行くのを感じながら私はうとうとと眠った。

「やれやれ。まだまだ独眼竜にはくれてやりたくないぜ…」

そう言うアニキの声が遠くで聞こえた。

ずっと頭を撫でていてくれるのが心地よくて、とても嬉しかった。


すうすうと寝息を立て始めた妹の頬を元親はすっと撫でた。
あと何年、妹はこうして自分を頼ってくれるのか。

「あー、くっそ。まだまだ誰にも渡したくねぇな」

元親は愛しげに妹の寝顔を見つめ続けた。
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