兄妹流スキンシップ

「アニキ〜、疲れた〜」

隣りの部屋で勉強していた妹が何の前触れもなしに俺の部屋に入ってきたかと思うと、俺のベッドの上にダイブした。

「お前ぇ!これからそこで漫画でも読もうと思っていたのに勝手に寝るな!」
「アニキはいいよね〜、気楽で」

非難の声を上げると逆にじとっとした目で見上げられて言葉に詰まった。
妹は受験生。夏は天王山。天下分け目の関ヶ原。
家族の期待の星である妹は毎日勉強漬け。
まぁ、それでも彼氏である独眼竜としょっちゅう一緒に勉強しているようだから、それなりに受験生生活も謳歌しているのだろう。
こうして家にいることなど久し振りだ。
何でも、独眼竜が盆休みで色々と忙しいらしい。

「あ〜あ、つまんない〜。飽きた〜。肩痛い〜。背中痛い〜」
「痛かったら部屋で寝てろ」
「やだ〜。折角アニキ家にいるのに別々の部屋でクーラーかけたら電気代かかるもん」

ようやく我が家にも全ての部屋にクーラーがついたが、成長過程で養われた貧乏性はなかなか払拭されないようで、妹が何だか不憫になった。
そういう事に俺が無頓着だったから尚更だ。
俺は深い溜息を吐いて、ベッドに腰掛けた。
髪の毛を梳いてやると、妹は気持ち良さそうに口角を上げて微笑んだ。

こうして笑ってりゃ可愛いんだけどな。
いや、いつでもこいつは可愛いけど。

「あ、そうだ!アニキ!マッサージしてよ!頭と首と肩と背中と腰と脚」
「全部じゃねぇか!断る。面倒くせぇ」
「アニキのケチー。いいじゃん、暇そうだし。久々の家族のスキンシップだよ!」
「得するのはお前ぇだけじゃねぇか!」

ふいと顔を逸らし、机に戻ろうとすると、妹はわざとらしく携帯をいじりだした。

「アニキのケチー。いいもん。マッサージしてくれる人、心当たりあるもん」
「はっ!?」

カチカチとメールを打つ音に俺は振り返った。
こいつの心当たりと言えば、独眼竜しかいねぇ。
もしかしたら、小十郎すら手玉に取ってるかも知れねぇ。

「政宗だったらこういうの詳しそうだよね。小十郎さんもいるし。今日は忙しいって言っていなかったから、二人とも家にいるかも。今日は家でアニキとちょっとのんびりしようと思ったけど…」
「待った、待った!!!止めろ!!!分かった、家族のスキンシップだな!」

わざと聞こえるようにぶつぶつ呟く妹の言葉を遮って俺は声を上げた。
やっぱり思ったとおりだった。
プロのマッサージ師ならまだしも、独眼竜とそんなことをして、ただで済むわけがねぇ。
俺が止めるのを分かっていてわざと声に出して言うなんて、なんてひねくれているんだ。
可愛いと言ったのは前言撤回だ。
こいつはとんでもない策士に成長している。
妹は目を輝かせて俺を見上げた。

「アニキ!マッサージしてくれるの?」
「おうよ」
「流石アニキ!大好き!」

いつからこいつはこんなにずる賢くなったんだか。
昔は「お兄ちゃん」と呼んでカルガモの子のように後をちょろちょろついてきて可愛いもんだったが、いつの間にか妹に振り回されっ放しだ。
俺は面倒くさいと思いながら、ベッドにうつ伏せになる妹の隣りに腰かけて、マッサージを始めた。

「おお、アニキ!上手い上手い!分かってるねぇ、私の凝ってるところ」
「褒めても何にもこれ以上出ねぇぞ」

軽口を叩きながら、正直妹の肩こりの酷さに俺は内心唖然とした。
とても十代の身体じゃない。
そこまで根を詰めて勉強をしていたのだと思うとかわいそうになる。

「お前ぇ、あんまり無理すんなよ」
「今しか無理出来ないもん。だから、マッサージ!」
「はいはい」

背中も肩も硬く凝り固まっていて、指が痛い。
強く押すと痛がる妹とぎゃんぎゃん言い合い、スキンシップなのかどうなのか分からない触れ合いの中、こうして触れ合うのも久し振りのような気がした。

しばらくすると、妹は気持ち良さそうに緩んだ表情になった。
心を許しきったその表情を誰にも見せたくないなんて、やっぱり俺はいわゆるシスコンなんだと改めて自覚する。
やっぱり独眼竜のところに行かせなくて良かった。

「ねぇ、アニキ」
「なんだ」
「アニキ」
「おう」
「……お兄ちゃん」

ふいに幼い頃の呼び方で呼ばれてドキリとした。
こいつに「アニキ」って呼ばれるのも好きだが、あの頃は可愛かったなんて思っていたから余計に「お兄ちゃん」という響きにくすぐったい気持ちになる。

「な、なんだよ、急に」
「へへっ、なんかお兄ちゃんって呼びたくなったの。今日のアニキ、何か優しいし」
「馬鹿野郎。いつも俺は優しいだろ?」
「ん〜、そうだけど。でもね、こうしてマッサージしてくれるほど優しいお兄ちゃんなんていないもん、きっと。私、幸せだ〜」

へらっと笑って妹はまた俺を「お兄ちゃん」と呼んだ。

馬鹿野郎!
そんな事言われたら、損な役回りなはずなのに、何かすげぇ幸せな気持ちになるだろっ。
思わず顔がにやけそうになって、俺は妹の頭を乱暴にがしがしと撫でた。


ああ、やっぱりまだ誰にも渡したくねぇ。


いつに増して妹が可愛く思えて、俺は飽きることなく妹の頭を撫でた。


Fin…
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