違う誰かを愛しても
別れの日まであと3日。
眠りに落ちる前に、小さな声で囁いた遙の表情が忘れられない。
寂しそうに。
少し悔しそうに。
でも、精いっぱいの笑顔を浮かべて。
お前はどんな気持ちでそう言ったんだ?
お前は……俺がお前と別れた後、他の誰かを愛するとでも思っているのか?
俺は帰ったら姫を娶らなければならない。
遙もいずれは他の男と結ばれなくてはならない。
でも、この心だけは。
いつも、いつまでもお前だけのものなのに。
遙は……俺と別れたら、いつの日か、他の男を愛するのだろうか。
隣で眠る遙をじっと見つめる。
寄り添うようにして安らかな寝息を立てて幸せそうに眠る遙を。
こんな姿を他の男に見せるなんて耐えられねぇ。
他の男のものになるというのならいっそ……。
仄暗い思考に取りつかれて、俺は遙の首筋に手を伸ばした。
そっと撫でると、遙は心地よさそうに軽く呻く。
いっそこのまま縊り殺してしまえば、遙は永遠に俺だけのものになる。
そう思うと止められず、俺は伸ばした手に少し力を込めた。
苦しそうに遙の眉が顰められ、薄っすらと目が開けられる。
「政宗……?」
どうしたの?というように、困惑の色が瞳で揺れていた。
そっと手が重ねられ、首から俺の手を離そうとする。
俺は思わず一層手に力を込めた。
苦しそうに遙はもがいていたが、やがてフッと身体から力を抜いた。
「…いい…よ……」
掠れた声に手の動きを止め、遙の言葉を聞こうと少し力を緩める。
「政宗に殺されるなら。他の誰のものにもならないで済むから。政宗が私を殺せば、政宗は永遠に私を忘れないでくれるでしょう?」
殺して…。
遙は手を俺の手に重ねて促す。
さっきまでの苦しそうな表情ではなく、切ないほどに穏やかな表情で目を閉じる遙を殺すなんて俺には出来なかった。
俺のそばにいなくてもいい。
遙がそうして俺を想って優しい笑顔を浮かべているのなら、それでいい。
今ここで遙を縊り殺してしまえば遙は永遠に俺だけのものになる。
でも、俺は望みを捨てられなかった。
いつかまた会える。
これだけ想い合っているのなら、例え運命ですら俺達を引き離すことは出来ない。
離れていても想い続ける。
遙はそう言っていた。
その表情には諦めが見え隠れしていた。
俺は……。
遙と同じように俺達の未来は哀しい別れしかないという想いに捕らわれる事の方が多いけれど。
それでも、またいつか会える。
何の根拠もないけれどそう信じていた。
どうか諦めないで欲しい。
お前が誰かに心を許し、誰かのものになるのなら、俺は迷いなく殺すだろう。
でも、生きていれば、いつか、また会える。
俺は遙の首筋から手を離し、遙を抱き寄せた。
「これは永遠の別れじゃねぇ。『違う誰かを愛しても』なんて哀しい事言うんじゃねぇよ。お前は、俺と別れたら、いつか俺を忘れて他の誰かを愛するのか?」
遙は俺の腕の中で小さく首を横に振った。
「こんな風に愛されたら、他の誰かなんて愛せない。政宗と別れたら、私は心を閉ざして、政宗との思い出の中だけで生きていくの」
温もりを求めるように寄り添う遙をきつく抱き締める。
「お前が違う誰かを愛するんじゃねぇかって思ったら、他の誰にも渡したくなくなった。いっそ殺してしまえばって。遙、望みを捨てるな。俺達はまた会える」
「でも……」
不安そうに言葉を重ねようとする遙の唇に俺はそっと手を当てて制止した。
「一度目の出会いは偶然のように見えたけど、俺にはそう思えない。It was a destiny. だから、俺は姫を娶らない。俺はお前を待っている。例え、他の誰かが何と言おうとも。理解されなくてもいいんだ。俺は信じてる。お前だけを愛し、待ち続ければ、いつか必ずお前は俺の下に戻ってくる」
だから、お前も諦めるな。
少し身体を離して、真っ直ぐに遙の瞳を見つめて言うと、少し逡巡するように揺れていた瞳がやがて真っ直ぐに俺を見つめ、遙は頷いた。
「私も諦めない。いつか、政宗と会えるって。ずっと政宗だけを想って、政宗と再会するのを待ってる。もしかしたら、政宗が帰る時、私も連れて行ってくれるんじゃないかって信じる」
私を離さないで。
遙はきつく俺を抱き締めた。
3日後の別れの日が、俺達の永遠の別れになるのか。
遙を連れて帰れるのか分からない。
それでも、俺と遙が結ばれるのが運命だとしたら。
俺達が離れ離れになることなんて絶対にない。
離れてしまっても、想いが俺達をまた出会わせる。
抱き合った温もりから、俺達の永遠が伝わってきた。
誰にも理解されなくてもいい。
それでも、俺は、お前だけを待っているから。
永遠に。
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