04. 月だけが知っている

やや色素の薄い艶やかな髪。
右目は眼帯で覆われていて、隻眼は優しい鳶色。
抜けるような白い肌に、凄絶なほどの美貌は、人では有り得ないほど浮き世離れしていた。

吸血鬼を見つめてはいけない。
その美貌に魂を奪われるだけでなく、命すら奪われ、永遠に神から呪われるから。
そう幼い頃から言い聞かせられていた。

でも、私は美貌より、その優しい瞳から目を離せなかった。

「俺は伊達政宗だ」

政宗は静かな声で名前を告げた。

「私は…」
「知ってる。遙だろう?」

驚き目を瞠る私に政宗が口許を綻ばせて笑いかける。

「俺はこの地に400年以上も住む吸血鬼だ。お前の事は知っている」
「そう…なんだ…」

何と言って良いのか分からず彼を見上げる。
政宗は腕を伸ばし、指先で私の頬に触れた。

「こんなに冷えちまって。こんな夜中にうろつくんじゃねぇ。吸血鬼に襲われるぞ。屋敷まで送ってやるから帰れ」

吸血鬼は自分の事なのに、まるで他人事のように話す政宗がおかしくて、何だか笑みが零れた。

「何、笑ってやがる」

政宗は眉を顰めた。

「だって…貴方、吸血鬼なのに」

そう答えると、政宗は困ったように少し哀しそうに視線を彷徨わせた。

「そう…だな…」

それっきり言葉を切って、二人の間に沈黙が訪れる。

「私…政宗になら血を吸われてもいいよ」

政宗は弾かれたようにハッと顔を上げた。

「私の人生は、操り人形みたいなものだもの。知らない人と結婚して、子を産むだけの道具なの。そんな生活から抜け出たいと思っていたけど…好きな人と結ばれたいって思ってたけど…それももう無理だから…優しい吸血鬼の手にかかるなら、そんな最期もいいかな」
「そんな事言うんじゃねぇっ!」

急に怒鳴られて私は身体をビクッと震わせた。

「頼むからそんな事言わないでくれ…」

政宗は腕を伸ばして私を抱き寄せた。
そして、私の瞳を哀願するように覗き込む。

政宗の切なげな瞳に何故か私は既視感を覚えた。
初めて会ったはずなのに、以前どこかでこうして見つめ合ったような気がする。
とても懐かしくて、切なくて、恋しい想いで胸がいっぱいになっていく。
何故か哀しいような切ないような想いが込み上げて来て、涙が溢れる。
政宗は私の頭を抱き寄せた。

「Sorry, 泣くな。怒鳴って悪かった」

ふるふると頭を振ると、政宗は私の顔を覗き込んだ。

「あの男の事か?」

彼に裏切られた事は哀しかった。
でもこの涙は違う。
説明する事が出来なくて視線を落とすと、政宗は溜め息を吐いた。

「前の男の事なんて俺が忘れさせてやるよ」

悔しげな政宗の台詞に胸がドキリとした。
いつかどこかで政宗に同じ事を言われたような気がする。
そんな記憶、どこにもないのに。
私が吸血鬼に会うのはこれが初めてなのに。
胸の奥がざわめく。


私はこの人を知っている…。


私の心を知ってか知らずか。
政宗も切なげに懐かしそうに私を見つめた。
政宗の顔が近付く。
初めて会った人とキスするなんて、なんてはしたないと思うけど。
以前、こうして政宗と抱き合ってキスを交わしていたような気さえして、私は目を閉じた。
唇に落ちると思っていた口付けは、額に優しく落とされた。

「屋敷まで送る。掴まってろ」

政宗は私を抱き上げると、木々の間を飛ぶように駆け抜け、テラスから私の部屋に入った。
ベッドの上に私を降ろすと、背を向けようとする。
私は政宗のマントをくいと引いた。

「どうした?」
「さっきの約束、本当?前の彼の事、忘れさせてくれるの?」

政宗は僅かに迷った表情を浮かべたが、やがて頷いた。

「また会いに来てくれる?」

自分でも何故こんな事を言っているのか分からない。
人間と吸血鬼は相容れない存在。
吸血鬼は忌むべき魔物だ。
それでも私は政宗にまた会いたかった。
自分の想いが錯覚なのか確かめたかった。

いや…。
私は政宗と離れてはならないと思った。
もう、あんな思いはしたくないと。
記憶にはないのに、政宗との別れを私はまるで経験してるかのように感じていた。

「毎日は来てやれねぇ。それでもいいか?」

言葉はぶっきらぼうなのに、声音が優しい。
政宗は、あやすように私の頭を撫でた。

「それでもいい。政宗が来てくれるなら」

縋るように政宗を見上げると、政宗は驚いたように目を瞠り、そしてふわりと笑って頷いた。

「分かった。じき、夜が明ける。遙、またな」

政宗は、私の額に口付けると、窓から飛び出して行った。
政宗の姿は掻き消え、漆黒の蝙蝠が一匹、空を飛んでいた。


こうして政宗と私の、心もとなくそして優しい逢瀬が始まった。


私はもう二度と貴方を離したりしないから。
もう後悔なんてしたくない。
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