それでも最後の瞬間まで私を愛してくれて、心に残された気持ちは、寂しさもだけど、優しくて幸せな気持ちの方が大きかった。
誰かにあんなに愛された事はなかった。
私は結婚指輪をバッグから出すとそれを左手の薬指に嵌め、研究室を出た。
開放された渡り廊下の喫煙所で煙草を一本取り出し、火も点けず口に咥えたまま夕闇に染まる月を見上げた。
今日は三日月だった。
最後に見た政宗の弦月の前立てと重なる。
政宗と別れてから、日常に戻るのに必死だった。
やっぱり大学病院は忙しくて、考える余裕がなかったのはありがたかったけど、私は笑顔すら失ってしまったような気がする。
こうして政宗に想いを馳せる時間が何より大切で私の心の拠り所だった。
周囲に人がいないのを確かめてからまた三日月を見上げてそっと呟く。
「私、もう泣かなくなったよ。約束したから。政宗と過ごした日々を思い出して幸せな気持ちになるって。忘れないって。頑張ってるよ。もっと強くなるよ。政宗が悲しまないように...」
電話も通じない遠い世界にいる政宗。
この思いが伝わるか分からない。
記憶も段々薄れていく。
それでもこの三日月が伝えてくれるような気がした。
ようやく煙草に火を点け、ゆっくりとふかしている と、美紀が私を探しに来た。
「もう、遙。研修医なのに煙草吸っちゃダメでしょ?ここにいると思ったけど。今日は三日月かぁ」
「ねぇ、美紀、私、上手く笑えてるかなぁ」
美紀は小さく笑って困ったように口を噤んだ。
「ずっと悲しんでたら政宗が悲しむかなって。あんなにたくさん愛してくれたから。だから政宗に伝えたいの。頑張ってるからって。強くなるからって。温もりが恋しくてまだ夜一人で泣いてしまう事もあるけど、目を閉じればやっぱりまだ政宗に抱き締められてるような感覚が肌に蘇るの」
「遙は十分強いよ。きっと政宗も同じ事を思っているよ。約束したんでしょう?空に海に願うって。遙の想い、きっと届いているよ」
優しい慰めの言葉に胸が熱くなった。
本当は頑張れてるか分からない。
強くもない。
ただ、政宗を悲しませたくないだけ。
いつか偶然再び現われるかも知れない彼のため。
もう 後悔しないよう、彼を信じてこの想いを貫き通すしかない。
私は願いを込めて沈み行く三日月を眺め続けた。
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