指折り数えて、もうすぐ5度目の夏だという事に気付き、時の流れの速さの無情さに愕然とした。
長いような短いような、そんな年月だった。
目まぐるしく過ぎて行った遙との日々に比べて、こちらの世界で流れる時間はのんびりしている。
ずっと夢見ていた天下統一に5年もかかってしまった。
俺は新緑溢れる皐月の城下を見下ろし、目を細めた。
さらさらと髪を揺らすそよ風が吹き、柔らかな陽射しが温かく心地よい。
遙との日々は、いつも真夏の容赦ない太陽と共にあったけれど、この季節が訪れる度、遙の優しさと儚い恋を思い出す。
着物の襟の下に隠していたロケットを取り出し、蓋を開けると、あの頃と変わらない遙の笑顔が現れて、胸の奥が苦しく切なくなる。
何度、こうしてお前の動かない笑顔を見ただろう。
何度、夢の中でお前を抱き締めて、目が覚めた時にそばにその温もりがない事に気付いて嘆いただろう。
もう詳細な会話は思い出せないくらい、遠い昔の話だ。
それでも俺はまだ思い出に出来なかった。
優しい春のそよ風と太陽は、そのまま記憶の中の遙の優しさと温もりに重なった。
求めればいつでも傍に温もりがあった。
抱き合って、好きだと囁きながら、何度もキスを交わした。
温かく柔らかい身体を抱き締めたら、それだけで言い様がないくらいの幸福感で胸が満たされた。
こうして思い出すだけでも温もりがまだ感じられるようで、愛しくて堪らない。
「遙、愛している」
そう呟いた言葉は春風にさらわれ掻き消えた。
どれだけ声を張り上げても、俺のこの声は遙にもう届かない。
胸の奥で渦巻く熱い想いはあの頃と変わらないのに、記憶が遠ざかっていく。
それに抗うように、幾度も遙の写真を人知れずこっそりと眺めた。
目を閉じて、温もりを、優しい声を、何度も思い浮かべた。
それでも、時の流れには勝てそうもなかった。
段々と面影が薄れて行く。
記憶がぼやけていく。
俺は、遙との思い出を塗り替えられたくなくて、全ての女を遠ざけた。
周りからは執拗に縁談を勧められるけれども、政が落ち着くまでと先延ばしにした。
その代わり、後ろ指を指されないように、以前のようにはお忍びも控えるようになった。
誰もが幸せに過ごせる世にするため、政務に戦に打ち込んだ。
天下を統一して1ヶ月経った今日、各地の大名がこの奥州を訪れ、会議が行われる事になっている。
遙の教えてくれた平和な未来を思い浮かべながら、なるべく血を流さないような戦をした。
大名達とは伊達優位の形で停戦調停を行った。
今日の会議で、皆でこの国の未来を考えて行きたい。
遙…。
俺は上手くやれているか?
平和な世が作れているか?
お前と共に、今日という日を迎えたかった。
「俺は間違ってねぇよな?」
遙にふわりと笑って、優しい声で「間違っていないよ」と言って欲しかった。
「いいえ、政宗様は間違ってなどございません」
小十郎の声が背後から聞こえて俺は振り返った。
「小十郎、聞いていたのか」
苦笑いを浮かべて問うと、小十郎は何も答えず、ただ優しく微笑んだ。
「政宗様は奥州の誇りにございます。会議の準備も整いました。そろそろ参りませんか?」
「ああ、そうだな」
答えをはぐらかす小十郎の脇を通り過ぎて、天守閣を出て行こうとすると、小十郎は、哀しそうな痛ましげな表情を浮かべたが、すぐにそれを消した。
頑なに俺が縁談を断る時にも浮かべている表情だ。
その時はいつもの事だと思って気にも留めなかった。
今思えば、あの時から運命の歯車が動き出していたんだ。
でも、俺はそれに気付いていなかった。
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