今日は、焔に聞きたい事があるから。
「ねぇ、焔、いる?」
「はい」
「右目の旦那の言付け、紫苑に任せてくれる?紫苑に言付けたら、また戻って来て」
「承知」
焔の気配が消えて、またすぐに戻って来て、焔は俺の部屋に入って来た。
「何かご用でしょうか、佐助様」
「うん…。前にも話したけど、俺、やっぱり恋とか愛とか分かんない。そんなんで美紀を大切に出来るのか不安なんだ」
そう言うと、焔は思案顔になった。
「恋と愛、ですか…。佐助様が、遙様に抱いておられた感情が、恋と愛でございます」
「遙に…?」
「左様でございます。遙様に抱いておられた憧れが恋心。真田幸村に遙様が穢された事にあれほどお怒りになった感情は、遙様への愛でございます。佐助様は、すでに恋心と愛情をご存知ですよ」
「そうなんだ…。じゃあ、美紀に対してそういう感情がないって事は、俺は美紀に恋してない…愛してないって事?」
「佐助様は、美紀様を愛しておられますよ。そうでなければ、命を懸けてまで、愛情を貫き通すはずがございません。しかし、恋心とは違うかと存じます」
俺は、深い溜息を吐いた。
確かに美紀は大切だけど、遙に抱いた感情とは何か違う。
焔は、柔らかく微笑んだ。
「恋は時には報われないもの。醜い感情を抱く事もあります。涼風のように。美紀様とは、心も身体も結ばれ、とても穏やかな愛を育んでおられます。それではいけませんか?」
「美紀は…友達付き合いの延長で、前の旦那と結婚して、浮気をされて離縁したんだ。俺とも友達関係の延長じゃないかって悩んでる。政宗様と遙の恋愛に憧れて、羨ましくてたまらないって言ってた。だから、俺は不安なんだ。美紀を幸せにしてあげられるかって」
「なるほど…。そんな経緯があったのですね」
焔は、また言葉を切って何か思案していた。
「佐助様…。俺の憶測ですが、美紀様を佐助様のお部屋に初めてお連れになった時、何かございましたね?」
俺は痛い所を突かれて、また溜息が零れた。
「焔は、何でもお見通しだね。俺、最低な事を美紀にした。美紀と遙が重なって見えて、美紀を抱いたんだ。美紀は美紀で、淋しさから俺を受け入れた。それが全ての始まり。やっぱり、俺は、身体の関係からしか物事を始められないのかな。はぁ…やっぱり最低だ」
「やはり、そうでございましたか。しかし、俺が把握している限り、佐助様は、お部屋で美紀様と4回は逢瀬をしていらっしゃいます。ただ、身体を求めるだけならば、今までの佐助様では考えられません。それに、命を懸けた事も考慮すると、美紀様を愛したいという気持ちを持ってらっしゃる事は確かです」
「そうなんだよね。美紀を愛したい。前の旦那から受けた傷を癒して大切にしてあげたい。でも、どうすればいいのか分からないんだ…」
焔は、いったん言葉を切って、そしておもむろに話し始めた。
「佐助様、姫様の恋を思い出すのです。身体から始まった関係とはいえ、もう一度、恋から始める方法もございます。真田幸村が姫様にどう接していたか、姫様がどんな時に嬉しそうなお顔をしていらしたか。佐助様も恋仲だと勘違いするほどに、あのお二人は恋仲のように振舞っておりました」
「そうだねぇ。でも、俺、いい年だし、あんな事は流石になぁ…」
「では、俺のやり方を真似ますか?身体を使わずに、女を落とす方法を」
「焔の方法かぁ。確かに女を惚れさせて、諜報するって、女に恋をさせて落とすって訳だから、美紀が恋に落ちてくれるかも知れないね。でも、俺は?君みたいに冷静だったら、俺が恋出来ないよ」
「そうでしょうか?佐助様は、すでに美紀様を大切に思ってらっしゃいます。美紀様が、恋に落ちれば佐助様も美紀様のお心に応えると俺は思いますが?」
「そうかなぁ…。焔の方法は知ってるつもりだけど、どこが女を惚れさせるツボなの?」
焔は苦笑いをした。
「俺の場合は、全て演技です。でも、佐助様は、演技ではなく、本気で美紀様と向かい合って下さい。まずは手始めに、何らかの方法で信頼を得ます。美紀様は、佐助様を信頼してらっしゃいますから、ここは飛ばして構いません。次に、親密になるために、手を繋いで街を歩き、時には贈り物をして、折を見て、耳元で愛の言葉を囁きます。それは、女が折れるまでずっとです。女が陥落しそうな頃合いを見計らって、最後に人気のない場所で抱き締めて、頬に口付け耳元で愛の言葉を囁きます。それをまた繰り返すのです。諜報の最後の武器は優しい接吻です。それで女とは別れです。大抵の女はこの方法で落として参りました」
「なるほどねぇ。焔の武器は、その顔と声だもんね」
「佐助様も十分その素養がございます。後は、冷めた気持ちではなく、本気でそれを実行するのです。そうすれば、佐助様も美紀様と恋に落ちるでしょう」
「何か真田幸村と重なるね。なるほど、よく分かったよ」
「鍵になる言葉は、人の温もりです。夜伽ではなく、遙様のお言葉をお借りすれば、スキンシップでございます。手を握る事も、髪を撫でる事も、唇以外に口付けるのも、抱き締める事も、全てスキンシップでございます」
「夜伽以外かぁ」
確かに美紀との逢瀬は、全て身体の関係だった。
遙とは決してそんな関係にはならずに恋い焦がれてた。
もしかしたら、そういう事なのかも知れない。
「美紀様の気配が近付いて参りました。俺は、護衛につきます」
「ああ、頼んだよ」
焔は、風のように窓から外へ飛んで行った。
「佐助、遅くなってごめーん。遙、ほとんど元の身体に戻ったよ。これで安心して、明日は江戸に行けるね」
「そっか!良かった!本当、君がいなかったら、遙は危なかったからね。君は本当にすごいよ」
「そう?ありがと。…ねぇ、佐助?」
そこで、美紀はほんのりと頬を染めた。
また温泉?
ああ、夜伽じゃなくて、恋したいんだけどなぁ。
「あのね…佐助と一緒に出かけたいな。だって、紅葉が綺麗でしょ?佐助なら穴場を知ってるかなって思って。凧は寒いから、馬がいいな」
まさか美紀からそんな誘いがあるなんて思いもしなくて俺は驚きながら、これは好機だと思った。
「いいよ。江戸は開けてて、山の紅葉は見られないからね。最後の機会だし、出かけよっか?」
「うん!あ、でもどうしよう。小袖じゃ馬に乗れない」
「お姫様抱っこしてあげるから大丈夫。馬もゆっくり歩かせれば危なくないし、俺の首にしがみついていれば、落馬なんてしないよ。てか、絶対に君を守ってあげるから大丈夫」
そう言うと、美紀の表情がぱあっと明るくなった。
「わぁ…!楽しみだなぁ!」
俺は、よしよしと美紀の頭を撫でて、頬に掠めるようなキスをして、耳元で囁いた。
「俺も楽しみだよ、美紀」
美紀はその瞬間固まり、胸の辺りを押さえて、ほんのりと頬を染めて、俺を見つめた。
何だか俺までドキドキとしてくる。
美紀がとても愛しくなって、その頬を両手で包んで、額にそっとキスをした。
「君は本当に可愛いね。何かすごくときめいちゃった。紅葉デート、楽しみだよ。行こうか」
俺は美紀の手を取り、宿の外へ出て、厩から馬を出して、先に乗ると、美紀を引っ張りあげて横抱きにした。
美紀は怖がるように、俺の首に両手を回して抱き付いた。
「大丈夫、怖くないよ。そのうち慣れるし、ゆっくり歩くから。そうしたら、景色を見る余裕も出ると思うよ」
「うん…。でも怖い…」
「怖くない、怖くないよ…」
また耳元でそう囁くと、美紀は少し顔を離して俺を見つめた。
「わざと?」
「何が?」
「何でもない。佐助の声、好きだなって思って。政宗も小十郎もいい声してるけど、私は佐助の声が一番好きだよ」
「嬉しいな。じゃあ、ご褒美」
美紀に掠めるようなキスを何度か繰り返して、また囁いた。
「俺は、君の全てが好きだよ」
「佐助…」
美紀は、耳まで真っ赤に染めて、俺を見つめた。
そんな顔、見た事がなくて、胸がキュンと疼いた。
何て言うか、すごく可愛くて、愛しくてたまらない。
「そのまま手を離さないでね。行くよ」
俺は、馬をゆっくりと歩かせ始めた。
焔の言う通り、何かが変わって行くような気がした。
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