そして、目を開けると、政宗が優しい笑顔で私を見つめていた。
「Good morning, 遙」
「政宗、おはよう。いつから起きてたの?」
「半刻ほど前だな。久しぶりに、お前が優しい顔をして眠るのを見ていた。俺の好きな表情をしてたぜ?お前は、相変わらず綺麗で可愛い」
「政宗だって綺麗だよ?久しぶりだな、こんなに幸せな朝は」
「そうだな」
「もう、別れに怯えなくてすむなんて、余計に幸せ。政宗、愛してる」
「俺もだ、遙。愛してる」
政宗は、私を抱きすくめて、優しいキスを繰り返した。
「結局、お前、夕餉を食わずに寝ちまったな。朝餉はしっかり摂れ」
「うん。久しぶりにお腹が空いたな…」
「良かった…。明日の朝には八王子を通って江戸入りする。八王子の爺やに会ってたら、江戸に着くのが遅くなる。昨日、無理させちまったから、今日はゆっくり休め」
「うん…。今、何時?」
「10時半だな。昨日は寝たのが遅かったから、お前がゆっくり眠れて良かった」
そう言いながら、政宗は優しく私の髪を梳いていた。
それが気持ち良くて、私は政宗の背中に腕を回して抱きついた。
まだ、政宗の肌がすべすべして気持ちいい。
政宗も私の背中をそっと撫でながら、くすりと笑った。
「このままお前を抱きしめていたいが、そろそろ小十郎が痺れを切らすから起きるぜ。流石にこうしてたら、またお前を抱きたくなっちまう」
「あの夏、ご飯も食べずにそのまま政宗に抱かれた事もよくあったね」
「そうだな。江戸に帰ったら、ゆっくりな。でも、お前の十二単を選ばなきゃならねぇし、それなりに忙しいか」
「十二単…。憧れだったな…」
「良かったな。俺も楽しみだ。だから、今日はゆっくりしようぜ」
「うん」
私達は起き上がり、それぞれ小袖と袴に着替え、私は布団と浴衣を畳んだ。
「小十郎、いるか?」
政宗が声を張り上げると、すぐに小十郎がやって来た。
「はい、失礼致します」
小十郎は、部屋に入って来た。
「遅くまで眠っていて悪かった。朝餉の前に水差しを変えて、茶を申し付けろ。それから朝餉だ」
「はっ!遙様の朝餉はいかが致しましょう?」
「もう普通食で大丈夫」
「かしこまりました。ここまで回復なさって嬉しい限りです。では、すぐに手配致します」
小十郎は、一旦下がり、間もなくお茶と水差しを持って来て、湯呑と水差しを変えて、お茶を入れてくれた。
私がお水を飲んでいる間に、政宗はタバコを吸い始め、小十郎をじっと見つめた。
「お前の朝餉は?」
「政宗様ご帰還の指揮を取っておりましたので、いまだ…」
「丁度良かった。お前と、帝への謁見の話がしたい。遙も一緒の方がいいしな」
「承知」
「それから、朝餉が終わったら、朝風呂だ。もう昼だけどな」
政宗が苦笑いをすると、小十郎も相好を崩した。
「ぐっすりお眠りになったようで何よりでございます」
「小十郎、昨日は夢も見なかったの。こんなの久しぶり」
「それだけ、お疲れになっていたのでしょう。明日は、八王子経由で江戸入り致しますから、ごゆっくりとお休み下さい」
「うん、そうする」
私もお水を飲んで、タバコに火を点けた。
そして、KOOLの箱をもてあそんでいると、小十郎は不思議そうな表情で見つめていた。
「その箱ですが…政宗様も甲斐に来てから、その箱をよく眺めていらっしゃいました。クールと読むのですか?」
「うん。クールで合ってる。これは、Keep Only One Loveの略で、たった一つの愛を貫けっていう意味なの。鎌倉で政宗と結ばれた時、政宗が選んでくれたタバコだから、思い入れがあるの」
「前に話したじゃねぇか」
そう言うと、小十郎はにっこりと笑った。
「左様でございますね。政宗様も遙様も、ずっと一筋に思い合っていらしたんですね」
「俺は信じたかった。瀬をはやみ 岩にせかるる滝川の 割れても末に 会わんとぞ思うってな。そして、こうしてまた巡り会えた。婚儀の事を思うと幸せで堪らねぇよ。小十郎、目一杯張りきれ」
「もちろんでございます。十二単につきましても、早文にて江戸に手配してございます」
「流石だ、小十郎。江戸に帰るのが楽しみだぜ」
その時、朝餉が運ばれて来た。
政宗は、それをゆっくりとつつきながら、小十郎に話しかけた。
「式部卿宮と公卿への文を今日は早文で送るつもりだ。十二単選びと、船旅でしばらく時間がかかるから丁度いいだろう。江戸でゆっくりしている間に、返事が届くように手配しろ」
「はっ!真田幸村の件で遅れましたが、信玄公はすでに動き始めているでしょう。そこに政宗様ご自身の文が届いたら、万全の体制でございます。信玄公の実の娘とあらば、帝も納得なさるでしょう」
「そうだな。信玄の意図は、既に前から決まっていたからな。もう既にやり取りしててもおかしくねぇな。後で猿飛に確認させるか」
「それが良いと存じます」
私は始終感心しながらその会話を聞いていた。
でも、船旅って?
東海道を通れば京都には着くのに。
「ねぇ、政宗。船旅って?東海道を通るんじゃないの?」
「他の大名の領地を巡ってたら、挨拶で面倒だ。それに、護衛を乗せるのも船の方が楽だ。長曾我部の領地で馬を借りる方が便利だし、あちらの軍勢も使える。一石二鳥だ。東回り航路は、伊達と長曾我部が押さえているからな」
「元親の船で行くの?」
「尾張までは、伊達の水軍だな。その後、長曾我部と合流する。長曾我部への文も、今日のうちに早文を使うつもりだ。江戸からよりここからの方が近いからな」
「わぁ…。船旅は初めてだし、元親に会うのも楽しみだなぁ」
「お前、長曾我部に惚れたら許さねぇからな」
「惚れないよ!政宗一筋7年だもの」
「そうだったな」
政宗は嬉しそうに私の頭を撫でると、また食事を再開した。
私も胃の痛みがもうほとんどなくて、少なめの食事が丁度良かった。
小十郎は、ホッとしたように笑った。
「やっとお食事が出来るようになり、ホッと致しました。お膳をお下げ致しましょう」
政宗も小十郎も食事を終え、小十郎がお膳を下げてくれた。
しばらく食後のお茶を飲みながら、タバコを吸っていると、小十郎が美紀を伴って部屋に入って来た。
「遙、診察に来たよー。まずは問診から。朝食は?」
「普通に食べられたよ」
「そう、良かった!あと、触診させてね」
美紀は、触診を始めた。
もう、ほとんど痛みがない。
美紀はホッとしたように笑った。
「まだ薬はあと1週間は続けた方がいいけど、食事はそのまま普通食で。なるべく栄養たっぷりでね」
「それは任せろ。遙の食事はよく知ってる」
「そうだったね。じゃあ、政宗に任せるよ」
美紀は、そのまま佐助の所に戻るのかと思いきや、そのまま憂鬱そうに、何だかもじもじとしていた。
「美紀、どうしたの?元気ないよ?」
「うん…。遙に聞きたい事があって…。あ、政宗にも聞きたいな」
「俺は席を外した方がいいか?」
「そうだね…。うん、悪いけど、席、外してくれる?」
「分かった。政宗様、何かございましたらお呼び下さい。俺は猿飛に、信玄公へ使いに行くよう申し付けて参ります」
「Thanks, 小十郎」
小十郎が下がって行くと、美紀は深い溜息を吐いた。
「お前らしくねぇな。猿飛と何かあったか?」
「いや、特にないけど…。むしろ、特にないのが不安っていうか…。佐助とは、何だか友達付き合いみたいで、前の旦那との関係を思いだしちゃうんだ…。恋って何なのかよく分からない。遙と政宗は、いまだに恋人同士みたいで、遙はずっと政宗に恋してた。私にはそういうのがないから、遙と政宗に、恋って何なのか聞きたくって…」
「恋なぁ…。確かにお前ぇら、よく似てるから、友達感覚ってのは分からなくもねぇな」
「やっぱり、政宗もそう思う?私の理想は、政宗と遙の恋なんだよ…」
そこで、美紀は、大きな溜息を吐いた。
「そっか。恋、か…」
私は、遠い昔に政宗に恋について聞いた事を思い出した。
そのせいで、私達はすれ違ってしまったけれど、政宗の愛が欲しくて欲しくて焦がれていた気持ちは、今でも心の中に残っている。
「7年前に、政宗に恋した事ないの?って聞いた事があるの。ただ見つめ合うだけでドキドキして、手が触れ合うだけでも意識しちゃって、その人の事を思うだけで焦がれる気持ち、みたいな感じ。手を繋いだら、胸が苦しいくらいに高鳴って、でも幸せなの。思いが通じて、抱き締めたら幸せでたまらなくて、安らかな気持ちになって、愛しくて堪らなくなるの。少なくとも、私はそうだよ」
「同感だな。俺はそれで遙に触れられなくなったくらいだ。一人淋しく寝る時は、遙が恋しくて、焦がれて堪らなかった。遙が同じ気持ちだと知った時は、胸がいっぱいになって、絶対に離したくないと思った。それが、俺にとっては恋だったな」
「なるほどね…」
美紀は、腕を組んで考え込んでいた。
「そういう気持ち、体験してみたいな…。確かに佐助が自害するって聞いた時はすごく悲しかったけど、遙や政宗みたいな気持ちにはなった事がないんだよね」
「でも、美紀は佐助の事、好きでしょう?」
「うん…。でも、遙の恋とは違う気がする。遙は、今でもドキドキする?」
「政宗に耳元で囁かれたら、ドキドキするし、朝起きて政宗の綺麗な顔を見たら、やっぱりドキドキするし、見つめ合ったら幸せで、キスしたら幸せだし胸がキュンってなるよ?」
政宗は、堪えきれないように笑い出した。
「お前は相変わらず可愛いな。いまだにそう思ってくれて嬉しいぜ。俺は…そうだな。夜、遙の幸せそうな寝顔を見て、いつまでも俺のものだって思ったら幸せで堪らなくて、眠るのがもったいなくなるほどだ。遙をこの腕で抱き締める瞬間が、永遠に続けばいいと願う。そんな感じだな」
「やっぱり、政宗と遙はいまだにラブラブだよね…。どうしたら、佐助とそうなれるのかなぁ」
私と政宗は、思わず顔を見合わせた。
どうしたらいいのかなんて、説明しようがない。
政宗も考え込んで、やがて口を開いた。
「お前、初めから恋をしたかったら、まずは手を繋ぐ事から始めたらどうだ?よくよく考えたら、遙を抱き締めて眠って、外を歩く時はいつも手を繋いでた。想いが通じる前からな。お前、猿飛と遠乗りでもして来い。そこで手を繋いで散歩でもしたらどうだ?」
「うん、それがいいかもよ?宿場町を、手を繋いで歩いて冷やかすのもいいと思うし、でも、二人きりになるのもいいよ?」
「そっか…。すごく参考になった。ありがとう。やっぱり永遠の恋人達に聞いて正解だったよ。私も頑張ってみるね」
美紀はようやく笑顔を見せて、部屋を出て行った。
私はその後ろ姿を見ながら、美紀の恋を切に願った。
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